貞操観念
「春樹くん、なんでまだみんなとヤってないんスか?」
CM公開から数日、次の仕事をどれにするかと可奈さんと二人で打ち合わせをしていた時に突然アクセル全開でぶっ込まれた。
「…むしろなんでヤってて当たり前みたいな態度なのか気になりますけど」
この人はこういうところがある。
きっと普段から軽薄な態度で話すことで、デリカシーのハードルを下げているのだ。
実際その作戦は成功していて、こちらもまぁそこまで不快には思わない。
さすがにちょっとジト目にはなるが。
「いや、あたしは前職の関係で知ってるっスけど、もう春樹くん向こう数年分の納精義務は達成してるっスよ? そもそもまだSランク精子の取り扱いも議論の最中だってのに保管庫パンクさせたいんスか?」
くっ…恥ずい…。
だって、そんな風に価値あるものみたいに扱われると、ティッシュにコキ捨てるなんて勿体ないじゃないか。
だからわざわざ搾精機と保管用凍結機もレンタルして、毎日カートリッジを満たしてはちょこちょこと納品していたのだ。
日本人はモッタイナイ精神があるからな。
「春樹くんが、常人とは比較にならないほど性欲が強いのは承知してるんスよ。だからなんでかなー? って思ったんスよ。性癖に合わないとかっスか?」
「いや…そういうわけじゃなくて…」
性癖と簡単に言っても、人間というのはそう単純な生き物じゃない。
もちろん世の中にはある特定のシチュでしか欲を満たせないような業の深い人間もいるだろうが、俺に関してはそんなことは無い。
かなりマニアックでもない限り幅広く興奮できる程度にはマルチ性癖であるつもりだ。
「トラウマ…とかっスか? …もし踏み込みすぎていたらごめんなさい…っス」
「ん? いや特にそういうのはないよ」
別段そういう行為になんらかのトラウマを抱えていたりはしないが、珍しく気遣わしそうに聞いてくるんだな。
「単純に、順序ってものがあるでしょ…動物じゃないんだから」
「結婚してからってことっスか?」
「いやー、そこまでは言わないけど…うーん」
自分でもよく分からなくなってきた。
例えば、行きずりの女性とテキトーに割り切った関係になれるかといったら、それなりにタイプの相手なら別に抵抗はないと思う。
そういう貞操観念が一般的かどうかは置いておいて俺はそういう人間だろう。
だけど、今身の回りにいる女の子たちを同じような考えで抱けるかといったらそれは違う…と思う。
お互いしたいならすればいい程度の軽い考えでしてしまうと、そこから先が無いと思うのだ。
ただでさえ十人との結婚を考えなきゃいけないのだから、最低でも気持ちを伝えあった上で進みたいなんて考えるのはロマンチストに過ぎるだろうか。
「あたしは別にいいと思うっスけどね、肉体関係から始まっても。なんならあたしとしては別にモノみたいに扱ってもらっても──」
いま性癖の話をされるとややこしくなるからやめてくれ…
「まあ、保管庫をパンクさせたい意図はないからね、ちょっと色々改めて考えてみるよ。もう少しちゃんとみんなと向き合って…そうだな、デートとか誘ってみようかな」
思えば集まって何かをすることは多くなってるけど、その分一人一人と向き合う時間はあまり取れていない気がしてきた。
「可奈さんも誘うから、楽しみにしておいてよ」
「ぅえっ!? な、わ、あたしっスか? べ、別にあたしはそういう──」
「嫌なの?」
「嫌じゃないっス! 楽しみにしてます!…っス」
可奈さんの少しだけ取り乱した珍しい姿も見れたところで俺たちは仕事に戻った。
「それにしても、春樹くんって本当に20歳なんスかね…なんかたまに年下とは思えないっスよ…」
まぁそうだな、実年齢は可奈さんと変わんないくらいだからな…
むしろ可奈さんこそ年相応に落ち着いたらどうだろうかと、そんな失礼なことを思った。




