滝沢可奈─マネージャーの仕事
入社してから聞いたところによると、春樹くんのマネージャーの募集は3万人を超えていたとのことで、自分のことはそれなりに優秀だと思っていても、果たして期待に応えられるだろうかと言う不安の方が大きかった。
当然だが、不安はもちろん表面には出さない。
いつものように、飄々としながらも結果を出す。
それがかっこいい女ってもんだ。
─そう、あたしは水面下でバタ足しながらも優雅に泳ぐ白鳥っス…
なお、最近では実際には白鳥も言うほどバタ足してたりはしないということが分かっている。そもそも白鳥は構造的に素で水に浮かぶので、ちょっと足を動かせばすいーっと泳げるのだ。
…まあ気持ちの問題、格言に突っ込むのはヤボっス
しかし春樹くんへの仕事のオファーはめちゃくちゃ多い。
業界人の春樹くんファンが自分の権力をフル活用してるんか?ってくらい節操なしにガンガンに依頼が来ている。
伯亜ちゃんのAIで自動仕分けをしてもらった上で、芽衣ちゃんと二人で数日がかりで確認して、ようやくある程度整理できたというものだ。
なお、その間も新規の依頼は止まないためエンドレスに続く模様。
唯一の救いとしては春樹くんが緩くのんびりやりたいと言ってくれてるので、それに甘えて大量のアポを取らずに一件ずつ対処できるところだ。
当然断る案件も多い。エッビデオなんてもってのほかだ。
それでもマネージャーの仕事は楽じゃない。
スケジュール管理、仕事の折衝や契約、キャリアやマーケティングの戦略に加えてタレントのパーソナルケアも仕事のうちだ。
ぶっちゃけ殆ど下心100%で転職を決めた自分を殴ってやりたいくらいにはハードだ。
特にパーソナルケアに関しては、"みんな"から聞いた春樹くんの生い立ちを考えると、神経質なくらい注視する必要があるだろう。
というか、その"みんな"について…
マネージャーに採用されたあたしが春樹くんに一番近い女になれたと思ったら、既にもう大量のメスに包囲されてるって…嘘やん?
─春樹くんち、もう女子の溜まり場みたいになってんスけど…
普通の男性なら発狂ものだと思うところだが、春樹くんは全くもって普通じゃない。
受け入れてるどころか歓迎しており、なんなら合鍵すら渡している始末。
─もうそれは結婚では?あたしは訝しんだっス
まぁ自分もマネージャーとしてちゃっかり合鍵は受け取ったんだけど。
事務所が春樹くんちだからね、必要なことだ。仕方ない。うん。
最初は不用心かとも思ったけど、春樹くんの一声で音もなく現れる人外を見て、強者の余裕だと思うことにした。怖いて。
さて、今日はいよいよ記念すべき初仕事であるCMのお披露目会を春樹くんのシアタールームで行う手筈であり、もちろんいつもの"みんな"も揃っている。
フットワーク軽いっスね…
「こうしてみんなに見られるのは、ちょっと恥ずかしい気持ちもあるけど…でも今の自分にできる限りは頑張ったと思うから…ってなんか見る前から保身みたいだね…もう再生するよー!」
あたしは撮影にも同行しているから知っているけど、春樹くんは本当に真剣に取り組んでいて、カメラが回るとスイッチでも入ったように、求められた動きとセリフ、雰囲気のような曖昧なものまで表現してみせた。
以前の配信で、誰かがコメントに春樹くんは天性のものがあると書いていたが、その気持ちもわかる。
でも、あたしはコレが天性のものというだけで語りたくは無い。真剣に向き合う姿勢とこれまでの経験があって今の春樹くんがあると思っている。
映像が始まった。
バスケコートにボールを突く音と、激しく動き回りキュッキュと足を鳴らす音が響く。
汗を振り撒きながら、真剣な表情で攻めるユニフォーム姿の春樹くん。
─うーわ、かっこよすぎる…っていうか汗だくで息を切らせてる春樹くんと、ユニフォームの合わせ技が相乗効果でエロさがヤバい……っス
バスケのユニフォームを男子に着せたらエロくなるって、これノーベル賞ものの発見では?
周りを見るとみんな内股でどこかそわそわしている。
スクリーンに目を戻すと、相対するはエキストラの女子たち…だがなんと彼女たち日本代表のチームである。
CMにタレントではないスポーツ選手が出ることはまあある話ではあるが代表選手を連れてくるとはメーカーの力の入り用がわかると言うものである。
ラストは春樹くんが次々とディフェンスを抜いてダンクを決めた瞬間にホイッスルがなり、スコアボードが映される。
劇的な逆転勝利の演出というやつだが、その迫真の演技から、本当にあった試合ではないかと錯覚させられるほどだ。
仲間からタオルとドリンクを受け取った春樹くんは、少しだけ汗を拭うと豪快にドリンクを飲む。
喉を鳴らしながら飲む姿は、女性には出せない扇情的なもので、口の端から少しだけドリンクが垂れているのもあざとい。
─メーカーは売るために手段を選ばないっスね…
『水分補給にはアクアレード』
最後に商品名を春樹くんが笑顔で読み上げて終了した。
ちなみに、メーカー側は最初は同社のビールのCMを考えていたようだが、せっかくの春樹くんの起用にターゲット層が絞られるのは勿体無いとして、スポーツドリンクのCMに切り替えることになったそうだ。
それに春樹くんがビールのCMなんかやったら未成年の飲酒とか絶対増えて問題になるよね…
それからは、この間春樹くんがアップしたバスケ動画から着想を得た広告代理店の指揮でこのようなCMとなった。
「えーと…一応これが初仕事ということで、どうだったかな? 俺的には完璧だったんだけど…」
一瞬自信が無さげかなと思ったら全然そんなことなかった。さすが春樹くん、強い。
「すっごくよかった! またお兄ちゃんとバスケしたいな〜」
「わっ、わたしもよかったと思います! なんというか、すごくえっちでした! わたし、毎日これ飲みますね!」
伯亜ちゃん糖尿病なるっスよ…
毎日飲むなら毎日スポーツもすべきっスよ…
それからは、あたしも含めてみんな絶賛の嵐で、春樹くんも分かりやすく喜んでいた。
実際本当によかったんだけど、こうやって気持ちよく仕事をしてもらえるように今後もマネージャーとして、頑張っていかなきゃ…っス。




