歓迎会
結局マネージャーとして滝沢さん、事務員として雨宮さんを採用したけれど、滝沢さんの管理局の引き継ぎと退職、雨宮さんの前職の問題と引越し待ちで、全員が揃うには少しばかり時間がかかった。
とはいえ、雨宮さんの方は伯亜が証拠をガチガチに固めていたのもあって早々に示談で手を打つことになったようなので思ったよりは早かったのだが。
そんなわけで、無事二人とも揃った今日は歓迎会をすることとなった。会場は我が家である。
参加者は新人二人の他、俺と伯亜、護衛のセツナ、そして本来会社とは関係ないはずの桜木母娘と翔子ちゃんという8人での開催だ。
というのもこの間のお泊まり会以来、伯亜は基本的に毎日のようにうちに入り浸っているし、翔子ちゃんもかなり頻繁に通っている。
葵ちゃんも学校が終わって夕方頃に来るのがもうほぼルーチン化しているし、涼子さんも最近では仕事帰りにそのまま家に寄り、少しゆっくりしてから葵ちゃんを引き取って帰宅している。
なんというか、彼女たちはもはや俺の中でも友人や家族といった身内のカテゴリに入っているのだ。
…正直なところ、みんなが向けてくれている好意にも気がついているし、いずれきっかけ次第で本当に家族になるのかもしれないと考えていたりもするが、そのタイミングは掴みかねている。
たぶん俺は…、愛情というものが何なのか未だによく分かっていないのだと思う。
昔に読んだ本の中で、確か犯罪心理学者か何かの言葉だっただろうか、ある凶悪な殺人犯を例にして、「幼少期に親の愛を満足に受けなかったものは一生涯愛を知ることは無いだろう」などと言っていた。
それを読んだ俺は当時虐待を受けていた自分を重ね合わせて、何をふざけたことをと憤慨すると共に、どこか納得してしまう自分もいたことに気がついた。
俺が女性に好意を向けたとして、それがいわゆる愛情なのかどうか分からない。人恋しさや、ただの性欲なのではないかなどと思ってしまう。
人の頭の中なんて本人しか分からないのだから、世の中の恋愛をしたり結婚をしたりしている人たちがどう考えているかは分からない。
もしかしたら、俺以外の人々も性欲や他のどろどろした感情を愛情としてラッピングしているだけなのかもしれない。
考えすぎだという思いと、彼女たちに誠実に向き合いたいという思いの狭間で揺れている。
いかんな…せっかく楽しい歓迎会にするはずが、思考が脇道にそれてしまった。
「よーし、みんなグラスは準備できたかな? じゃあ滝沢さんと雨宮さんを歓迎して、かんぱーい」
今日はお酒を解禁している。
まだ中学生の葵ちゃんと19歳のセツナは当然ソフトドリンクだが、それ以外はみんな飲むようで、俺は今日は飲みやすいカクテルにした。
主役の二人の方を伺うと、滝沢さんがさっそく涼子さんに絡まれていたが、あまり意に介していないように見える。
「いやー、さーせんっス涼子さん。管理局のお仕事頑張ってくださーい──って、あっ、暴力反対っス!いてっ」
さっそくしばかれていたが、まぁ自業自得だろう。
雨宮さんは伯亜と話しこんでるようで、真面目にこれからの仕事について教えてもらっている。
伯亜は結構コミュ症かと思っていたのだが、割と俺以外にはすらすら話していたりする時もあるので、どちらかというとアガリ症の方が近いのかもしれない。
葵ちゃんは同じノンアル組のセツナと話しているようで、葵ちゃんの学校の話を優しげに聞いているセツナを見ていると、まるで本当の姉妹のようにも見える。
そんな風に全体を見ていると、隣の翔子ちゃんから心配そうに声をかけられた。
「あの…春樹さん、さっきまで少し浮かない顔をしていたみたいだけど…なにかあったの?」
どうやら顔に出ていたらしい。
「あー…ごめんね。別に大したことじゃないんだけど、…いつもうちに来てくれて、ありがとね。なんか、家族とかってこんな感じなのかなーとか思ったら、ちょっとセンチになったっていうか…まぁ忘れてよ」
アルコールのせいか口が余計に回る。
「家族…ですか…」
あぁ…翔子ちゃんまで浮かない顔にさせてしまってどうする。
「あー、ごめん違うんだよ。その…翔子ちゃんはさ、どう思う? 家族というか、結婚とかってどんな風にしてそうなるんだろうね」
「うーん…ボクもよく分からない…というか男性と結婚なんて出来る人の方が稀だし、男性と結婚した家庭っていうのも、ネットの知識だけど…ろくに顔も合わせてもらえずに、義務を果たすための書類上だけの結婚っていうのも多いみたい」
あー…そうか、ちょっとこの世界での恋愛事情を考えると、俺の悩みは少しばかりずれていたかもしれない。
「それは…なんというか寂しい話だね。俺としては、結婚したのなら、ちゃんとお互いに愛しあえたら…なんて思うけど」
なんか小っ恥ずかしいことを言っている気がする。
顔が熱いのは、きっと酒のせいだ。
「素敵な考えだと思います。ボクも…そんな結婚ができたらいいなって…」
そう言いながら少しずつ俺に身を寄せて、上目遣いでこちらを見上げる翔子ちゃん。
その幼い容姿ながらも、どこか妖艶な雰囲気を放つ翔子ちゃんから目を離せずしばし見つめ合ってしまう。
「あ! あーっ! ちょ、ちょっと、翔子さんだけなに良い雰囲気になってるんですかぁ! わたしも混ぜてくださいよー!」
と、伯亜が雨宮さんを引き連れて…いや引きずってこちらに来てしまった。
俺と翔子ちゃんはどちらからともなく笑って、賑やかな会話に戻っていった。
いつもお読み頂きありがとうございます。
ブクマや評価、感想等励みになっております。
今回はじめて活動報告を書いてみましたので気になった方は覗いてみてください。




