起業
せっかく宝くじを当てて会社を辞めて、悠々自適なニート生活になったはずが、気づけばいつの間にか起業していた。
まあ実際はハンコついたり書類書いたりはしたのでいつの間にかというのは大げさなんだが、本当にあれよあれよと言う間にスムーズにここまで来てしまった。
伯亜が無駄にやる気だったのも理由の一つだが、実際メディアからの出演依頼なんかの連絡も多過ぎて個人では到底処理できなかったこともあり、法人化して人を雇ってその辺りを楽にするってのはありだろうと許可を出した。
配信の利益も法人に計上すれば税金対策もできるしね。
そもそも金に困ってるわけでもないし、あくせく働きたい程の情熱があるわけでもないので、自分のペースでできればそれでいい。
株式会社とは言え、自分と伯亜で全株式を保有しているから、利益を追求しなくても責められるということはないし、緩くやっていければと思っている。
──そう思っていたんだが、求人募集の熱量はアッチアチであった。
応募総数が3万を超えたところで急遽ストップをかけたんだが、それにしても多すぎる。アホか。
志望動機やらをちらっと読んでみても情熱がありすぎる。こわい。
困った時のハクえもんに泣きついてみれば、自然言語解析AIだかなんだかで、応募書類を瞬く間に順位づけしてしまうという天才っぷり。
学歴や経歴だけでなく、応募フォームに用意していた複数の質問への回答から適性や素質なんかも考慮しているらしい。
応募フォームも伯亜のお手製だしたぶん最初から予測していてこうするつもりだったんだろう。
書類選考を自動選別など、情熱をしたためた応募に対して失礼であるのは承知の上で、上位50名までを面接させてもらうことになった。
なお、謎技術により経歴の詐称も高精度で弾いた上で、上位に至っては伯亜自身が手作業で調べてくれたらしい。
もうこいつ一人でいいんじゃないかなと思うが、俺が仕事を頼むと平気で徹夜とかしちゃうので、人は雇った方がいいだろう。
そんなわけで今日も朝からリモート面接をしている。
リモートなのだから自室でやればいいのに、何故か伯亜は俺の隣に座り一台のカメラで二人で参加しており、かなり密着していてちょっと間抜けだ。
これが会社のツートップってマジ?
伯亜によると「これから雇われる立場の人には、ハルくんの隣はわたしだって、今のうちからマウントを取っておかなきゃ」などという器の小さい理由を真剣な表情でぬかしていた。
時刻は夕方、3日かかった面接も次が最後の一人だ。
「ふぅ…ようやく次で最後だな。伯亜はここまでで誰が一番よかったと思う?」
「えっ? あっ、わたし? うーん…やっぱりみんな優秀だと思うけど、い、一番ならこの人かな? ハルくんの知り合いっていうのも加点ポイントだし…」
伯亜に差し出された紙を見ると、滝沢可奈と書いてあった。
彼女の応募用紙を見た時は、涼子さんの部下のはずなのにいいのかよと思ったが、まあ転職は自由だし咎めることではない。
学歴も職務経歴も優秀で、一流大卒で27歳にして男性管理局の中間管理職。
一見軽薄な態度なのが気にかかるポイントだが、ラインは見極めているようだし計算でやってると考えるとコミュ力が高くて人脈が広いのは、他者との折衝が多いマネジメント業務ではプラス評価と言ってもいいだろう。
「あとあと、性癖が実はマゾっ気があるっていうのも、ギャップとして評価ポイント、かな?」
いやそれはプラス評価なんか?
まぁ俺としても、既に知り合いでやり易いというのはあるし、これまでの候補者では確かに本命の一人と言える。
「まあ、結論は最後の面接を終えてからだな、繋いでくれ」
「はーい」
さてさて、最後の一人はどんな人だろうか。




