余韻
翌朝、普段よりかなり早い6時に起床しキッチンへ向かうと既に伯亜とセツナがスタンバイしていた。
特に時間を示し合わせたわけではなかったので少し驚いたが、セツナは俺の起床の気配で起きてきたとのことで、一方伯亜は一睡もできなかったため部屋を出たセツナについてきたそうだ。
部屋も離れてるのに起床の気配ってなんだよと思ったが、人類最強と呼ばれているわけだしそれくらい出来るかと謎の納得をした。
「伯亜は眠れなかったのか、大丈夫?」
「あっ、すみません、なんか大勢で同じ部屋で寝るのってなんか慣れなくて…えへへ…」
あー、分かるかも。
俺も寝る時は完全な暗闇の中で、無音で、一人っきりじゃないと眠れない。電車や学校といった公の場所で居眠りすらしたことはない。
まぁ俺の場合はトラウマが原因だから、さすがに伯亜は違うと思うけど。
しかし一睡もできてないのは辛かろう。
「じゃあ後で俺の寝室使う?そっちなら静かだし寝れると思うけど…あ、でもそもそも伯亜って──」
「いいんですか!? じゃあ寝室借ります!」
いや、伯亜ってすぐ近くに引越してきたんだから帰って寝た方がと思ったんだが食い気味に割り込まれてしまった。まあいいか。
「あっ、でもせっかくなので朝食のお手伝いだけしてから、し、寝室いきますね」
確かに昨日の夕食を思い出すに伯亜が手伝ってくれるのは助かるな。
それから三人で朝食を用意してから涼子さんと葵ちゃんを起こして朝食にした。
二人を見送ってからは伯亜も寝室に向かい、手持ち無沙汰になってしまったので、セツナと二人でトレーニングルームに向かう。
たまに空いた時間にここでトレーニングをしているが、セツナのポテンシャルは本当に高い。
単純な力比べでも、ぎりぎり俺が勝てるくらいで、明らかに筋肉量以上の出力があるように思える。
たぶん、氣みたいなの使ってるんじゃないかな…
力比べでなく技や瞬発力を競う場合になると完全に相手にならないレベルで軽くあしらわれてしまう。
2時間ほどトレーニングに付き合ってもらい、シャワーで汗を流してリビングに戻るとちょうど翔子ちゃんが起きてきた。
「おはよう、翔子ちゃん」
「あ…おはよ…す…」
めちゃくちゃ小声でふにゃふにゃ返ってきた。
どうやら朝は弱いタイプのようだった。
「─あっ! あの、ボク…ごめんなさい!」
と思いきや突然目が冴えたようで、何かを思い出したかのような様子で謝罪してきた。
なにが?
どうしたのかと聞いてみれば、俺がぽろっとこぼした過去を勝手にみんなに話してしまったと。
もちろん勝手に話したと言っても、俺を笑い話にしたとかそういうわけではなく気遣いとして話したのだというのは分かる。
…気遣いなんて別にいらないんだけどね。
「いいよいいよ、別に過去の話だから俺の中ではもう終わってる話だし。…それにさ、俺ってこう見えて結構自分のこと好きなんだよね。過去が良いものでも悪いものでも、今の自分の糧になったと思えば、悪いことばかりじゃないからさ」
願わくば翔子ちゃんもそんな風に、過去の自分と折り合いをつけて生きていければと思う。
そんな話をして、落ち着いてから遅めの朝食をとってもらい一息ついたところでまた話しかける。
「翔子ちゃんは今日はどうするの?」
「あー…うーん…夜から配信したいから、お昼過ぎくらいには帰ろうかな…」
「そっか、まあゆっくりしていってよ。伯亜もまだ寝室で寝てると思うから」
と話すと、コーヒーカップを持ったまま翔子ちゃんがピシリと固まってしまった。
「……え? 伯亜さんが…え? 春樹さんの、し、寝室? なんで? ももも、もしかしてもうえっちなことを──」
「いやいやいやいや、違う、違うから」
なんとか事情を説明すると誤解は解けたようで、ホッとしたような表情を見せてくれる。
◇◇◇
結局昼過ぎに帰って行った翔子ちゃんを見送って、夕方になってようやく伯亜は起きてきた。
…ずいぶんとすっきりした顔で出てきたが、まあよく眠れたのだろう。
その後もなんだかんだ居座り、帰ってきた葵ちゃんも交えて夕食を取って、葵ちゃんを迎えにきた涼子さんと共にやっと帰って行った。
寝室に入り、ようやく訪れた一人の時間。
俺は正直一人の時間が好きだ。
好きと言うよりは落ち着くの方が正確かもしれない。
チヤホヤされたいとも思うが、ふと一人になりたければいつだってなれる配信者という立場は俺に向いていると思っていた。
だけど、この2日間のみんながいる賑やかな生活は少しばかり俺の心をかき乱した。
静けさに一抹の寂しさを覚えながらも、ベッドに潜り込む。
ベッドは妙に甘い香りがして、いつの間にか眠りについていた。




