桜木涼子─お泊まり
終わりのない仕事をキリの良いところで切り上げて足早に帰宅する。
部屋に帰ると時刻はもう22時前。
いつもなら適当に買ってきたご飯でも食べてお風呂に入り眠るだけだが今日はそうもいかない。
手早くシャワーだけ浴びて部屋着に着替えると、お隣の春樹さんの家にお邪魔する。
時間的にチャイムを鳴らすのは憚られたので、春樹さんの携帯に連絡した。
「あ、涼子さんおかえりなさい。お仕事お疲れ様です」
まるで旦那様のように出迎えてくれる春樹さんに年甲斐も無くドキドキしてしまう。
だめだ…今日の私はお目付け役として来ている。しっかりしなければ…
護衛のセツナさんや自分の娘だけならともかく、今日は春樹さんの家に自分も含めると5人もの女性が泊まることになっているらしい。
春樹さんなど、控えめに言って猛獣ひしめく檻に放りこまれた哀れな子羊に過ぎない…はず。
娘から聞いた時には何を言っているか信じられなかったが…、このあっけらかんとした春樹さんを見るとますます信じられない。
男性管理局の職員としては、彼がたくさんの女性と交流を深めるのは歓迎すべき事なのは間違いないのだが、いかんせん性急にすぎるようにも思うし、もし彼が傷つくような事態になるのなら全力で助けなければならない。
「涼子さんご飯食べました?」
食べていないと伝えると、鍋の出汁と具材を使ったうどんを作って出してくれた。
春樹さんは今日あったことを楽しそうに話して聞かせてくれて、私の心配は杞憂だったかとにわかに安心させられた。
仕事から帰った私を出迎えて、晩御飯の用意をして、楽しくお話ししてくれる。
幸せな結婚ってこんな感じなのかな…なんて思ったけれど、知り合いの既婚者から聞いた話では殆ど顔も合わせてくれないと聞いたこともある。
たぶん"春樹さんとの結婚"が特別なんだろう。
「じゃあ俺は寝室で寝るんで、涼子さんはみんなと一緒にセツナの部屋でお願いします」
彼と別れてセツナさんの部屋へ入る。
「あ、お母さんおかえりなさい」
出迎えてくれた葵ちゃんにただいまと返して、部屋を見渡すとみんな若くて可愛い子ばかりで、肩身の狭さを覚える。
伯亜さんは…ちょっと野暮ったい前髪とだらしない格好さえ何とかすれば素材がいいことは知っている。
以前仕事でもお世話になったことのある天才IT少女が何故ここにと思ったが、春樹さんのことを独自に調べて半ば押しかけてきたということで頭痛を覚えた。
まぁ春樹さんがそれを分かって受け入れてるということなのだから何も言うまい…
セツナさんもよく知っている。
誰もが知る武の名門、二条家次期跡取りとも目される人類最強の女の子。
その、女なら誰しもが憧れたくなる強さに加えて、身長も高くキリッとした顔立ちはいかにもモテそうで、噂では、実際に男性から結婚を迫られたものの無碍に断ったこともあるそうだ。
彼女の家の成り立ちを知っている身としては、そんじょそこらの男性では、断られても仕方がないとは分かるが、このご時世で剛毅な話である。
最後に翔子さんは完全に初めましてだ。
春樹さんがコラボ配信をするとTmitterで呟いたのを見て少しだけ調べたところ、いわゆる男装配信者として活動しているらしいが、今はかわいらしいパジャマスタイルでむしろ一番女の子っぽい雰囲気だった。
この中の誰が、あるいは何人が春樹さんに見初められるのかと思うと、年齢差や単純スペックで考えてもちょっと娘には分が悪いかもしれないと考えてしまう。
そんなことを考えていると、宣戦布告でもするかのように翔子さんが口を開いた。
「──春樹さんについて、話をしましょう」




