賑やかな食卓
随分と配信部屋で話し込んでしまった。
軽い気持ちで聞いてしまった質問と、ついポロっと出てしまった言葉で翔子ちゃんを泣かせてしまったのは控えめに言って大失態だった。
そして聞かされた彼女の半生は壮絶だった。
俺が受けていた虐待なんて、シンプルな暴力と育児放棄くらいのもので…まあ確かに命の危険があるレベルの暴力ではあったが、早々に見切りを付けて家を出て施設に引き取られた俺としては、親に愛情なんてものも無く、今では割り切ってさえいる。
だが翔子ちゃんの受けた傷は根深く、人格さえ歪められた呪いのようなもので、今でも男装配信者として活動を続けている限り忘れられるものではないだろう。
どうにかしてあげたい、助けたい、俺が養うから辞めちまえ、なんて思うのはエゴでしかないだろうと言葉を飲み込む。
そんなのは彼女への侮辱に他ならない。
それに、今の彼女が嫌々配信をやっているようには思えない。
きっかけがなんであれ、配信者としての彼女…ショータくんもまた彼女自身なのだ。
俺にできるのは、女の子として生きたかったと言った彼女に答えられるように、出来る限り一人の女の子として向き合うことだろう。
「そろそろ行こうか、もうみんな待ちくたびれてるかもね」
「はい、取り乱してすみません…急いで着替えますね」
そういえば着替えたいって言ってたなと思うと、その場で着替え始めたので慌てて背を向ける。
「あ…ごめんなさい。お目汚しを…」
「いやいやお目汚しとかじゃなくて…着替えを見られてたら普通に恥ずかしいでしょ」
「ボクとしては見てもらいたいですけど、ボクがちゃんと女の子だってことを…」
さっきまで聞いていた話がリフレインする。
女の子として向き合うと、誓ったことを思い出す。
意を決して振り向くと、下着姿の翔子ちゃん。
慎ましくも確かに存在を主張する胸も、丸みを帯びた体のラインも確かに女の子のものだ。
…っていうか、見てもらいたいとか言っておきながら顔真っ赤にして俯いてるじゃねーか。
「どうですかね…?」
顔を赤くしながらも上目遣いで尋ねてくる。
「くっそかわいい」
いやマジでかわいい。そしてえっちだ。
襲いかかりたくなる衝動をぐっと抑えて急ぐように促す。
「ほら、早く服を着てご飯にしよう」
急かされた彼女は少し不満気だったが、口元は確かに綻んでいた。
◇◇◇
「あ! 春樹お兄ちゃんお疲れ様! お邪魔してます」
リビングに向かうと、既に葵ちゃんも来ておりみんな食卓についていたので、軽く葵ちゃんに翔子ちゃんを紹介して席に着く。
ちなみに葵ちゃんは配信者のショータくんも知っていたらしい。
夕食は伯亜が中心となって作ってくれたようで、大人数で食べやすい鍋料理だった。
ぽんこつ風味だったのに料理はできるのか…と失礼なことを考えもしたが、理系の天才だしまあ料理くらいできるかと思い直した。
「えへへ、愛情込めて作りました♡」
「ほーん、あっホントに美味いね」
あっさりとした塩ちゃんこは食べやすく、伯亜の愛情はともかく本当に美味しかった。
「お兄ちゃんと翔子さん、さっきの配信すごかったです! 感動しました」
「おー、ありがとな。葵ちゃんも今度一緒にやってみよっか」
葵ちゃんは、セツナが早めに呼んで伯亜と三人で配信を見てくれていたらしく、既にだいぶ打ち解けていた。
三人で配信にコメントもしていたらしいが、さすがに気づけなかった。
「翔子ちゃん、今日もう遅いし泊まっていく?」
何気なく聞いてみると、わいわいとしていたリビングの空気がピシリと固まり注目を集めていることに気づいた。
「あー…いや、深い意味があるわけじゃなくてさ、時間も遅いし…あっ、そうだ、せっかくだしみんな泊まって行ったらどうかな? お泊まり会的な?」
「ボクとしては助かるけど…いいのかな?」
「と、泊まります! えへ、えへへ、ハルくんちにお泊まり…♡」
「いいんですか!? あ、でもあたしは明日も学校だし…うー…お母さんに聞いて見ます」
葵ちゃんが涼子さんに連絡を取ると、あっさり許可が出たらしく、涼子さんも仕事を切り上げてこれから帰るとのことだった。
夜遅くに仕事から帰って一人というのも寂しいだろうと、涼子さんも誘ってみればお目付け役として参加しますということだった。
えーと、何人だ? 俺も入れて6人か。賑やかな夜になりそうだ。




