二条セツナ─即落ち
国内随一の武の名門とも評される我が二条家の現当主、二条スミレから珍しく呼び出しを受けた。
私─二条セツナ─が免許皆伝を受けて以来、おばあちゃんに呼び出される時はだいたい仕事の話だ。
表向きは二条流柔術の道場として教えを広げているが、その実はちょっと違う。
二条家の武術は300年以上も昔から連綿と受け継がれている暗殺術をその開祖としている。
直系の私も例に漏れず、私の免許皆伝はただの門下生としての柔術を修めただけのそれとは異なり、暗器の扱いや隠形術、毒や薬の調合術といった、裏の技術も全て修めた上での免許皆伝だ。
二条家の長い歴史の中で、史上最年少とされる18歳の時にその技術を修めたことは私の唯一の誇りであり、誰にも譲れないものだ。
そんな私に命じられる仕事というのも、まあ血生臭いものが多い。
…と言っても私たちは犯罪組織なんかではない。
歴史ある名家というものは、その成り立ちが善であれ悪であれ、国という柵とは切っても切れないものであり、依頼の大元は国や政府からのものが殆どである。
その見返りとして、これまで代々その時代の国で最も優秀な血を迎え入れては血を繋いできた。
人間のサラブレッドと呼んでも間違ってはいないだろう。
孫娘を呼び出しておいて、むっつり黙り込んでいるおばあちゃんの前でつらつら考えていると、おばあちゃんが口を開いた。よかった、ボケて座ったまま寝てるのかと思った。
「セツナ、仕事じゃ」
…おばあちゃんは基本的に口数が少ない。
訓練を受けていた時もほとほと他人に教えるのは向いていないと感じていた。
見て盗め、身体で覚えろという方針で幼少の頃はずいぶんと恨んだこともあったが、なんやかんや結局私はメキメキと腕を上げたし今は尊敬もしている。
まぁ今では私の方が強いが。フフン。
差し出された書類を読むに、今回は護衛の仕事のようだ。期限は無期限と書いてある。
は?最強の私を護衛で無期限に拘束?
「ターゲットはワシも調べた。こやつこそが現代で最も優れたオスに他ならん。セツナよ、こやつの護衛で信頼関係を築き、直接タネを貰い次代へと繋げるのじゃ」
驚いた。おばあちゃん急にめっちゃ喋るじゃん。
オス…つまり男のこと。
私も仕事を任され始めてから何度か目にすることはあったが、男というのは大概が贅肉まみれでろくに動けない愚鈍か、そうでない場合も頼りない細い身体でなよなよしたモヤシくらいしか見たことは無い。
そのくせ何故か自分の方が強いとでも錯覚しているのか、妙に偉そうではっきり言って嫌いだった。
とはいえ私もプロだ。
仕事として任された以上護衛は全うするつもりだが、血を継ぐに値するかは私が直々に判断してやろう。
◇◇◇
──と思っていた時期が私にもありました。
男性管理局の滝沢なる妙に馴れ馴れしい女に案内されて、今回の護衛対象の高梨春樹様を目にした私は、金槌で頭をぶん殴られたような衝撃を受けた。
服の上からでも分かる、なんと立派な筋肉か。
二条の武は力任せでは無く技を扱うものであるが、決して身体を鍛えないわけでは無い。
私も細身に見えながら、服の下はそれなりに筋肉はつけている。だが最早そんな比では無い。
以前に襲撃を予測された美術館の警護任務をした際に、私には芸術なんて全く分からないなと鼻で笑ったものだったが、今は分かる。
これこそが肉体の美であり、芸術品であると。
そして、少しばかりの恐怖を覚えた。
この男はもしや史上最強(自己評価)の私すら屈服させてしまう力があるのではないかと。
などと考えていると、筋肉が喋った。
「あなたがセツナさんですか。これから俺の護衛をしてくれると聞いています。頼りにしていますので、よろしくお願いしますね。」
腕を差し出してくる筋肉から目を上げると、これまた芸術品のようなお顔がにっこりと微笑んでいた。
「ハッ! この二条セツナ! 身命を賭してあなたを守護らせて頂く!」
自然と私の身体は跪いていた。




