桜木涼子─とんでもない検査結果
検査を終えた彼─高梨さん─を自宅へ送り届け、私はまた管理局へ戻る。
この後の諸々を考えると今夜は帰れないだろう。
娘にまた寂しい思いをさせてしまうと罪悪感を覚えながらも、一人で夕飯を取るように連絡する。
思えば忙しさを理由にしてあまり親らしいことを出来ている自信はない。
あの子は昔から素直でわがままも言わず、手のかからない子だったが、それに甘えてしまっているのではないかと思うと胸が痛くなる。
今回偶然にも、お隣りに素敵な男性が住んでいることが分かったが、もしも私が娘と彼の仲を取り持つことができれば娘に対する贖罪になるのではないかなんて妄想をしてみる。
──いえ、それも当人の意思を無視した親の傲慢な考えかしら…
ままならないものだ。
それにしても、高梨さんは本当に素晴らしい男性だった。
男性管理局の職員として、一般人よりは男性を目にすることの多い私だが、彼はこれまでの私の男性観を粉々に破壊した上で塗りつぶすような存在だった。
あんなにも自分の意思を強く持ちながら、それでいて傲慢に振る舞うこともなくこちらを気遣う様子も見せてくれる、なんならいっそ男性どころか淑女さえもかくあるべしと言えるような、人間として尊敬できる方だった。
それでいて恋愛漫画に出てくるような美貌と、成年漫画に出てくるような妖艶さを兼ね備えている。
なんだこいつ無敵か?
私がもう少し若ければ、分不相応にもどうにかお近づきになりたいと思うところだが、私は一児の母であり彼から見れば私なんてもう、とうの立ったおばさんだろう。
せめてお隣りさんの誼として、娘とお近づきになってくれればと願うくらいなら許されてほしい。
なんてことを考えていると、検査センターから検査結果に関するメールが届いた。
ずいぶん早いわね…。
本来、検査には数日かかる。血液や精液を専門の検査機関に送って分析する工程があるからだ。
メールによると、詳細鑑定はまだ済んでいないが既に前例のない数値が並んでおり、重大事になりそうだとのことで、とにかく目を通して欲しいと記載されている。
確かに彼は男性としてかなり異質ではあったが、まさか外見や性格だけでなく生殖能力まで異質だとでも言うのだろうか。いくらなんでも出来すぎな話だろうと、疑念を抱きながら添付ファイルを開く。
「──ンブフッ! ゴホッ、ゴホッ」
コーヒー吹いたわ…。
今日の検査だけで既に分かっている項目だけで、バカみたいな数値が並んでいる。
男性器最大長─21cm
我が国の平均の8cmと比べると2.5倍はある暴力的な数値だ。周囲径も相応に太い。デカすぎる。
射精量─24ml
平均の10倍以上…いくらなんでもふざけすぎだと思ったが、特記事項として4連続で射精を行ったと記載されている。
ふむふむ、一回の射精としては平均の3倍量程度?
いえ既に十分おかしいけど連続で4回?
そもそも搾精機を使って複数回連続で射精した事例など聞いたことがない。
確かに搾精室の外で待つ時間がやけに長い気はしていたけれど…
というか普通に元気な様子で出てきたように思うけどアレで4回も射精した後だったっていうの!?
女の身である私にその真偽は分からないが、一回の射精でも数百mを全力疾走した程度の体力を使うというのはあまりに有名な話だ。
確かに見るからに鍛えられた身体をしていたし、体力も優れているってことなのかしら…
精子の濃度や活動量に関しても、詳細検査に回す前の簡易検査時点で既に十分な数値が表れている。
既に既存の枠組みのAランクを大幅に超えることは間違いないだろう。
内線で部下の滝沢を呼びつける。
─コンコン
「失礼しまーす。滝沢でーす。なんすか涼子さん?」
ノックは一応しつつも、返事も待たずに入室してスタスタ歩み寄りながら挨拶してくるアホ。
部下にあるまじき態度だが、こいつは別に私を舐めてるとかそういうワケでは無く、もうそういう性格だと割り切って接している。
仕事に関しては優秀だし、誰とでも気さくに話すこいつは局内でも局外でも顔が広く使いやすい。
一通り資料を見せて事情を説明すると、こちらの意を汲んで動いてくれる。
「んー、じゃあまず急ぎでランク分類の新設会議手配しますね、後で招待送ります。局長には涼子さんから声かけといてください。それから護衛付けたいんスよね? 二条家の当主に面会申し入れておくっス。あと一応国防省の方にも連絡入れておきまーす」
今はこいつの存在が本当にありがたい。
「…助かるわ。この件が落ち着いたら一杯おごるわよ」
「えー? あたしとしては、奢ってもらうよりも、ハルくんを紹介してくれた方が嬉しいんスけどー?」
何言ってんだこいつ…
公私混同だと言ってやりたかったが、彼の住所の件で娘との仲を画策しようと考えていた私が言えることじゃないと思い直した。
「…考えておくわ」
「マジっスか!? いやー言ってみるもんスねー」
ニコニコ顔のこいつに少々腹が立つが、実際彼の件に優秀なこいつを関わらせておくのは悪くない。
「あっ、そうそう涼子さん、そういえばコレ見てくださいよ」
とりあえず話は終わったかと思ったが、何やらイタズラな顔で私にスマホの画面を見せてくる。
勤務中にスマホ触ってんじゃないわよ…
と思ったのも束の間、私は固まってしまった。
─Tmitter───────
貞操逆転超絶イケメン天才筋肉配信者ハル@Haru_saikyo
今日無事に男性ランクの検査受けてきましたー
確かに検査漏れだったかもしれないけど、
気が付かなかった自分にも非はあるし、
管理局の方が丁寧に対応してくれたので、
あんまり管理局を責めないであげてほしいな
検査結果は数日で郵送されてくるみたいだから、
届いたら開封配信しまーす
[画像]
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前半部分を読むと、既にネット上で管理局を叩くムードが出来上がってしまっていることに配慮してこちらを庇ってくれており、胸が暖かくなった。
──あぁ…やっぱり優しい人だな。
と感動したのも束の間、後半部分を読むと検査結果を配信するなどと書いてある。
──あぁ…頭おかしいのかな?
あのとんでもない核爆弾とも言える検査結果を全世界に公表する?待ってくれ。
そもそも検査結果にはかなりセンシティブな個人情報─性器サイズなど─が書かれているんだが、それを公開する?なんで?バカなの?死ぬの?
極め付けに画像を見ると、検査センターの搾精室で撮影していたようで、搾精機の挿入口を見せつけるように手で持ち、笑顔で自撮りしてる写真だった。
──あぁ…頭おかしいんだこの人。
呆然としている私の横で、イタズラが成功したように爆笑している滝沢の声が耳についた。




