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戦場洋琴  作者:
3/3

02

 俺はその日、やけに浮き足立っていた。きっとそれは、初めて袖を通す軍服の感触と、左胸に掲げられた勲章のせいだろう。そうそう、黒い一つばに迷彩柄をした帽子と黒い頑丈そうなブーツも軍人のものだった。


「母さん、俺やったよ!」


 淡黄(クリーム)色をした卒業証書を片手に、足の不自由な母がいる部屋の扉を乱暴に開けた。車椅子の車輪がギシリと軋んだ音がする。母はこちらを振り向くと、満面の笑みを浮べる息子の姿、手に持たれているそれ、そして最後に鈍く輝く勲章を見てからこの世の終わりのような顔をした。


「何て顔をしてんだよ。俺は今日から軍人だぜ? この国の英雄だ!」

「……軍人は英雄じゃないよ。軍隊があれば戦争が起きる」


 母は息子である俺に背を向けるとまた指先をせっせと動かし始めた。父が戦争で死に、足を奪われた母は裁縫をして生計を立てていた。働けないことをいつも涙ながらに夜の星へ話す母の姿を知っている俺は母の手から縫い物を取り上げた。


「母さんはもうそんな事しなくていいんだよ! 俺がこれから生計を立てるんだからさ!」

「返しなさい。……お前は戦争に行ってはならない。お前は戦争を見た事がないでしょう」


 確かに俺は戦争を見た事がなかった。母の足を奪った戦争は俺がまだ赤ん坊だった頃に起きた。母は俺を抱いて逃げている途中、倒れてきた石柱に足を挟まれてしまったらしい。父は母と俺を逃がすために敵の的となり、機関銃で何度も何度も背を撃たれて死んだ。俺はまだ物心が付かない歳だったから、それについては何も覚えていなかった。


「もうすぐこの国は戦争が起こる。俺は銃の名手として活躍するんだ」

「……多くの人を殺しても良いというのかい」

「ああそうだよ。俺は国のため、母さんのために人を殺すんだ」


 次の瞬間、世界が左右に揺れた。

 じんじんと痛む頬に触れてから、母を見る。母は何食わぬ顔で俺から取り返した縫い物を見詰めていた。


「今に見てろ! 俺は英雄になって母さんを見返すからな!」


 乱暴に閉められた扉をちらりと横目で見てから、母は息子が落としていった卒業証書を拾った。上記に記されている名は間違いなく己の息子の名だ。軍事学校は死んでも通わせたくなかったのに、とある銃の名手に息子は連れて行かれた。学費は免除されたが、将来引き金を引くたびに人を殺していく息子の姿を想像したくはなかった。




 キスト・フィルという名の青年は、意味も分からず家を閉め出され不満だった。己は十八という若輩であるから、考えがどこか甘かったのかもしれない。と、ようやく分かり始めたのは、天高く上がっていたお天道様が沈んでいく頃だった。今日の夕日は綺麗だ。……昨日雨が降ったからかもしれない。

 水溜りに映る自分の相貌は少し童顔だった。短く刈り上げられた金髪に、青い瞳は自分の父の姿を彷彿させた。写真でしか見た事がなかったその姿は、凛々しくも男らしい。自分にとって憧れの存在だ。優しい顔立ちをした黒毛黒髪の母に顔立ちは似てしまったから、童顔なのかもしれない。タレがちな瞳は、大人になればキリッと引き締まるだろうか。

 ふと、胸元で輝く勲章に手をやった。この国で最も気高い生き物とされる竜が獅子に巻き付いている様を表したそれは、金と銀で装飾されている。獅子の瞳に嵌めこまれている宝石は紅玉(ルビー)のように紅い。そういえば卒業生には自動的に階級が儲けられ、それに見合った宝石が勲章にはめ込まれるらしい。下から、紫水晶(アメシスト)真珠(パール)緑柱石(アクアマリン)紅玉(ルビー)青玉(サファイア)金剛石(ダイヤモンド。俺の階級は高いんだ。と己の勲章を誇りに思ってみる。

 でも自分はまだまだだ。スミスは青玉(サファイア)だったし、ラフロも同じものだった。ああでもティストは紫水晶(アメシスト)だった。



 キストは玄関の階段から重い腰を上げると、家の呼び鈴を鳴らした。勿論母が出る。



 家に入れてもらった後。母には謝ったがそれでも軍人になりたい、と言ったらまた頬を引っ叩かれた。容赦ないビンタに少し涙目になりつつも、ひりひりと痛む頬を撫でていると、母は涙を流しながら俺の胸板を叩いた。何度も何度も叩いた。でも、最後には軍人になる事を許してくれたのだから、喜ぶべきだ。



 しかし、これはまだ始まりに過ぎない。

キスト・フィルの青年時代です。

ここからゆっくり過去・現在を何度も繰り返していって話を進めていきたいと思っています。

ご観覧ありがとうございました。

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