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後編

 オスカーは御簾の向こうに足を踏み入れた。

 

 口元に微笑をたたえた大柄な男性が威風堂々と座っていた。


 想像していたより長身で、賢者というより、武人のような真正賢者は、立ちすくむオスカーに、返した手で、そこに座るように示した。


 オスカーが座ると、真正賢者は深々と頭を垂れた。

 息を呑んだオスカーもつられる。


 互いに頭をあげて、静かに向き合う。


「初めまして、殿下」

「殿下などと……。私は、隠された者です。兄もおり、私は生涯ここから出られない身でございます」

「いいえ、あなたからは隠しきれない王気が醸されております。今は小さくとも、いずれその王気は神殿から放たれ、天へと昇り詰めることでしょう」


 オスカーは身震いした。

 その言葉こそ、欲しかった言葉そのものだった。


「滅相もございません。私の存在は世を乱すものです」


 本心は違えど、オスカーは震える声で謙遜する。

 真正賢者は穏やかな表情で首を左右に振った。


「いいえ。あなたは、選ばれた御子です。神の加護を受け、今はまだ、芽吹きを前に大神殿にて、神の傍にて身を寄せていらっしゃるだけなのです」

 

 真正賢者の言葉にオスカーは身震いし、目を閉じた。



 

 再び目を開けると、オスカーの目には天井が映る。


(なぜ、ここに……。私は、真正賢者様とお会いして、お言葉をいただいていたのでは……。

 それともあれは、夢?)


「お目覚めですか、オスカー様」


 聞きなれた声に顔を横に向けると、フロリアンが座っていた。


「小神殿の最奥の間で、倒れられたのです。覚えていらっしゃいませんか」

「いや……。真正賢者様とお会いしましたあれは、夢でしょうか」

「真正賢者様の御威光にあてられたのですね」

「では、私は……」


 フロリアンはこくりと頷いた。


 オスカーは両目に片腕を乗せ、かすかな声を漏らし、泣いた。


 少年が、薬によって倒れ、ただ幻を見ただけであると、フロリアンは分かっていながら、なにも言わなかった。

 彼が見た夢だけが、彼の真実である。


 


 いつもの純真無垢な少年に戻ったオスカーはフロリアンにふもとまで送ってもらい、帰路に就いた。


 



 フロリアンは細道を急ぎ足で戻りながら、真正賢者と山間の小神殿に籠る直前の会話を思い出す。



『フロリアン、私はこれより、山間の小神殿に籠ることにする。これより、一切の俗世との繋がりを断たねばならなくなるだろう。

 お前には、私のすべてを伝えた。

 今後はお前だけが私の周囲に侍り、四季の言辞や預言をもたらしてほしい』

『仰せのままに。私のすべては導師とともにあります』


 未だ昨日のことのように思い出すフロリアンが、朱塗りの門をくぐった。


 玉砂利を踏み進む。


 砂利の間に草が生えれば、むしる。広い敷地を無心で整える。小神殿の雨どいがかたむけば、はしごをかけてなおし、雨漏りがすれば、屋根に上ることもする。食事も作り、掃除も洗濯もする。


 日常のあらゆることをフロリアンは一人でこなしていた。


 祈りを神にささげることはなくなった。

 祈らずとも神はそこにいる。


 小神殿の廊下を抜け、最奥の間に入ったフロリアンの歩調がゆっくりとなる。


 足を動かす筋肉。

 流れる血液。

 繰り返される呼吸。

 規則的な心音。


 歩むことで、流れる風。

 小窓から差し込む陽光。

 伸びる影。


 知覚は更に広がる。


 拭き下ろされる風。

 小枝を行きかうすずめ

 地を走るきつね

 擦れあう葉。

 

 小道に残した足跡に蠢く虫たち。

 その虫を食むねずみ。 


 木の実を集める栗鼠りす

 栗鼠を狙ういたち

 さえずる雲雀ひばり


 小道からふもとを抜け、道沿いに流れると、馬車の背が見えた。






 フロリアンが真正賢者を隠す御簾を開く。




 


 道を走り行く馬車の背を見送った。


 

  



 御簾の向こうにいた真正賢者は、半開きの口からよだれを垂らしながら、「あー、あー」と呻いていた。だらりと横たわり、赤子のようにまるまっている。

 片手をあげて、陽光に手を透かし見て、また「あー、あー」と言った。


 朝、フロリアンが着せた衣装はすでにはだけていた。

 胸元がきつく、苦しかったのだろう。


 真正賢者と目があったフロリアンが跪く。


「お着替えは、食事後にしましょう。

 今日はオスカー様がいらっしゃるので、正装を纏っていただきましたが、苦しかったようですね」


 手を伸ばしたフロリアンが厚手の祭服を脱がしにかかる。

 真正賢者の上半身は下着姿となった。


 御簾を出たフロリアンは洗濯場に衣類を置き、台所へと向かう。そこで夕餉を準備し、真正賢者の元へと戻り、食事の世話をした。

 食器類を片づけ、湯を沸かすと桶に入れて運ぶ。


 意志の灯を消した真正賢者の背を流す。

 一心不乱に真正賢者の身を清め、寝衣を着せる。


 その間、五感が研ぎ澄まされ、すべての動作が緩慢に見えた。


 小神殿に居ながら、フロリアンは祈ることをやめた。

 祈らずとも、すべての行為に神が宿るからだ。


 ただ一つひとつの行為を、ひたすらに、ひたむきに、丁寧に行うだけである。


 真正賢者を世話するフロリアンにとって、日常のすべての行為が神事にとなり、神と繋がる行為となった。


 言葉は不意に降りてくる。

 真正賢者が旅立った深淵から零れ落ちてくるのだ。



 





 数年後、国は荒れた。

 オスカーをかつぎあげた人々が、王妃とその実家を打倒したのだ。

 王も廃され、オスカーが新しい王となる。

 

 真正賢者を通して、真理とともにあるフロリアンは、大局を受け入れるだけであった。

 














最後までお読みいただきありがとうございます。


普段は恋愛物を書いてますが、たまに年1作ほど純文学も投下してます。

『三叉路の喫茶店』

https://ncode.syosetu.com/n5306hf/

『夜陰の鎮状』

https://ncode.syosetu.com/n4391hm/

よんでもらえると嬉しいです。


明日からは、

『勇者と名付けられ人間の国から追放された魔寄せ体質の第一王子は、魔物の国でも「一般人に被害が出る!」と問題視され、曰くつきの護衛三人と共に、問答無用で異世界へ飛ばされたのだった』

残99話最終話まで投稿します。

https://ncode.syosetu.com/n6609hj/


現在書いているのは、

第10回ネット小説大賞の一次通過作した『公爵令嬢に婚約破棄を言い渡す王太子の非常識をぶった切った男爵令嬢の顛末』を長編化した小説を書いています。

https://ncode.syosetu.com/n6459hd/


ブクマやポイント(★)で応援いただけましたら、励みになります。

さいごまで読んでいただきありがとうございます。

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