閑話 研究室の日常と約束の履行
閑話ですけど、今回はレティ視点です。
小型魔導変換器を使ったスライムの移動による魔物生息域の狭域化については、論文を添えて王城、国軍、そして魔塔へ報告した。大規模実験には、国の協力が必須だと思ったからね。
私達は、魔導変換器の改良と、量産の体制確立を進めている。
実験の規模、実施場所、動員人数、問題点の洗い出しなど、議論しなければならない事が山積していて、実行には時間がかかりそう。
特に実施場所については、魔物被害の多い地方貴族がこぞって手を上げて、収拾がつかなくなっている。私に配慮して、中立派から候補地を選ぶのが普通なのだけど、聖女様なら魔物に苦しめられる我々を放っておかない筈、なんて泣きついて来る他派閥領主も多かった。
これ、候補地に選んでくれるなら、派閥転換も受け入れますって事で、受け入れても断っても角が立つ。
だから、決定は王子達に投げた。
派閥のトップが決めたなら、どの貴族も受け入れるしかないだろうしね。私は魔導変換器の改良に集中させてほしい。
その代わり、候補地の議論が紛糾して、しばらく決まりそうにないんだけどね。
狭域化の論文はまだ一般公開されていないのだけれど、地方貴族の多くが動いたせいで、聖女様が魔獣を撲滅してくれる、なんて噂になった。
おかげで撲滅聖女なんて呼び名が増えた。
どうして魔物を浄化するとか、生息域を清めるとか、聖女にまつわる呼称じゃないんだろうね。それはそれでくすぐったいから、突っ込まないけど。
「でもレティ様、このタイミングで、魔塔の協力が得られるのは助かりますよね」
キャシーの言う通り、それは間違いない。
途上ではあるけれど、魔塔の正常化が間に合ってくれた。
「仕方ない、仕方がないとは分かっていても、アノイアス殿下に謀られた形になってしまいましたけどね」
うん、魔塔の体制が正されるのは良い事だけど、手放しで喜べないのも本当なんだよね。
大火の復興が軌道に乗った後、エッケンシュタイン導師が正式に解雇となった。
導師の選任が行われる事になって、私達中立派、各王子派からそれぞれ候補が擁立されたんだけど、第2王子派が推薦したのは、なんとアルドール先生。
先生が元伯爵家長子で、今も貴族、富豪、商会、職人に影響力を残しているのも、その人柄も、大勢が知っていた。おかげで、中立派の票と浮遊票が流れて、アルドール先生の就任が決まった。
第2王子派閥の人間を擁立した訳じゃないから、魔塔への発言力はほとんど得られなかったけれど、導師選に勝った事実は残る。益を最低限に抑えた代わりに、名を得たって感じかな。
人選に文句はないのだけれど、してやられた感は残ったよね。
勿論学院は辞めてしまったから、先生、もとい新導師の協力を得るのに、手続きが必要になった。この間まで、よくこの研究室に顔を出していたものだから、地味に面倒くさい。
「やっぱり少し、少しだけ寂しいですね。本来導師就任はおめでたい事なんですけど」
その思いは皆にある。
就任決定した時は、皆で祝って送り出したけど、空いた机を見るとしんみりしてしまう。専用の机が要るほどここに出入りしていた訳だし、基礎研究でよく相談に乗ってもらってたマーシャは尚更かな。
「それに最近、学院生組の参加率が減ってますよね。今日もオーレリア様とウォズがいませんし。だから余計に寂しく感じるんじゃないですか?」
「それは、それはキャシーもでしょう? 今日はいるけど、貴女も講義増やしてるじゃない」
「うん、まあ、新しい研究がない今の内に、少しでも進めておかないとね」
オーレリアは、強化魔法練習着の軍での試用が始まったので、その対応とプラウ蜘蛛の確保を任せている。研究室発の技術じゃないけど、別けていたら対応が回らない。
ウォズはキャシーと一緒で、講義が忙しそう。
そのせいもあって、お礼の件はまた止まっている。だからきっと、仕方ない筈、多分。
「キャシーの場合は、グリットさんへのアピールも要るしね」
「そ、そんなんじゃないですよ、ちゃんと研究も頑張ってるじゃないですか」
「ここに、ここに来ないと、グリットさんに会えないからじゃないの? 時々ここで、講義の予習もしてるでしょう」
「研究の時間が減ってるから、寮に帰る時間を省いてるだけです。公私混同はしません!」
キャシーの顛末は、おおよそ聞いている。
本人も満足しているみたいだし、13歳の女の子からの求婚を、大の大人が真剣に考えるって凄い事だとも思う。グリットさんが特殊性癖じゃない事は、あらかじめ確認済みだしね。
そのグリットさん達烏木の牙は、専属契約はしたものの、狭域化実験の目途が立たないから、素材集めをお願いしている。
王都周辺を狩場にしていて、1週間毎くらいで納品に顔を出す。
公私混同しないらしいキャシーが、週の頭には高確率で研究室に居るのは、まあ、そういう事だよね。
折角なら在学中に講師試験まで終わらせると、彼女が張り切るようになった源は明らかだけど、やる気になればそのくらいはこなせるほどには、優秀な子だからね。
背は押してあげられないけど、応援はしてる。
そうこう話していると、ウォズがちょっとすごい勢いで駆け込んできた。
走って血流が良くなったからか、興奮しているのか、顔が紅潮してる。実験が上手くいった時とか、こういうウォズを見るけど、今は何も頼んでいない。
自主的に動いてる時とかあるから、今回もそれかな?
ウォズは息を整えないまま、1枚のプレートを掲げる。
見覚えはあるけど、滅多に見ないそれ。
「講師試験、遂に突破しました!」
「「「おおっ!!」」」
研究室にいた全員から驚きの声が上がった。
入学早々獲得した私の例がおかしいだけで、これは本当に凄い事なんだよ。
講師資格取得者なんて、学院全体で数年に一人いればいい方。
何しろ私の前は、10年以上前のアノイアス殿下まで遡らないといけない。現役生には存在自体が、忘れられてたくらいだし。
過去の例を探しても、1年生での取得は、私含めて6例しかない。学院の歴史は、魔塔より古いのに、だよ。
その難関の7例目、しかも、一般入学枠では間違いなく初。
私が次々仕事を押し付ける中で、よく勉強の時間取れたよね。
前以って言ってくれたら、もう少し考慮できたのに。
「おめでとう、ウォズ」
「はい! ありがとうございます。これで漸く、約束を果たす事ができました」
「約束?」
「はい、身分差を覆すくらいの成果を出して、俺の後に続く人達の指針になれ、と」
あー、できたらビーゲール商会と伝手を繋ぎたくて、そんな事、言った気がする。
私が適当に言った事、覚えてたんだね。
え?
その為にこんな凄い事、やり遂げたの?
私に言われたからって、真面目過ぎない?
「もう一つの約束も、履行させていただけますか?」
顔を紅潮させたまま、ウォズが言う。
?
それは本当に記憶にない。
私、何言ったっけ?
ウォズは私の傍まで来ると、跪いて右手を差し出した。
跪くとか、この国のマナーに無い仕草で混乱する。
私、椅子に座ったままで、絵にならないけどいいのかな?
「俺と、友達になっていただけますか?」
?
私達、友達じゃなかったの?
少し壁は感じてたけど、友達扱いされてないなんて、思わなかった。
皆不思議そうな顔してるよ。
でも何となくわかった。
入学歓迎式典の件があったから、約束通り優秀さを証明できないと、私とは友達になれないって、思いこんじゃったんだね。
ウォズにとって、身分差の壁は、私が考えていた以上に分厚かったって事かな。前世の件もあるし、私は上位者側だから、ウォズの気持ちは、本当のところで分かってあげられない。
だけどはっきりしている事もある。
差し出された右手を素通りして、私の手はウォズの頭へ向かう。
「ふふっ、ウォズは可愛いね」
「え? は!?」
頭を撫でてあげたら、ウォズが訳が分からないって顔になった。
いや、撫でるでしょう、こんなに可愛い男の子。
こんなの、頑張ったから撫でてって得意顔の忠犬にしか見えないよ。
今更気付いたけど、跪いたウォズの体勢、あの日の再現なんだね。
そんなところも、いじらしくて可愛らしい。
「約束を果たしてくれたから、これでウォズにとっても、私は友達って事でいいんでしょう?」
「…………え? あ!」
私にとっては、ずっと前から友達だったって、伝わったみたい。
「あ、いや、一人で盛り上がってしまったみたいで、……その、すみません」
「いいよ、ウォズにとっては大切な事だったんでしょう? 私の何気ない一言が、こんなに立派で可愛い男の子を作ったなら、その思いは否定しないよ。よく頑張ったね」
「……は、はい。ありがとう、ございます……」
私が撫で続けているからか、ウォズの声が消え入りそうなくらい小さくなっていく。
「凄い事を成し遂げたウォズに、お祝いさせて。私もお礼を言いたい事があるし、2人で食事に行きましょう。受けてくれるよね?」
「え!? それは……はい、光栄ですけど……、お礼?」
うん、私にとってなんでもない一言がウォズを支えたみたいに、私にとっても大切な活躍があった。
感じ方って、等価じゃないよね。
今回の私みたいに、ウォズはお礼なんて言われても、不思議そうな顔をするだけだろうけど、きちんと伝えておきたい。
私にとってウォズは、ずっと前から凄い人だったって。
それに、これできちんと友達になれた訳だから、一人称が俺でもいいよって、言ってあげないとね。
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