閑話 商人見習いのひとり言
今回はウォズ視点です。
貴族なんて嫌いです。
偉ぶって文句ばかり言うくせに、まるで中身が伴っていません。
金回りはいいので、商売相手として外せない事は理解できますが、できるだけ関わりたくありません。
だから、王立学院、貴族の巣窟に通えと言われた時、憂鬱でしかありませんでした。貴族にものを売りつけるのに、貴族を知る必要も、貴族とのつながりを強くする必要も、理解できませんでした。
服飾や貴金属を売るなら、貴族の流行や好みを知っておく必要もあるでしょう。けれど、ビーゲール商会の扱う魔道具は、そんな努力をしなくても売れています。言い出した父は、学院になんて通っていないのですから。
そんな時間があるなら、外国へ留学したかった。
戦争以来関係が微妙なクーロン帝国とダイポール皇国は難しいとしても、海の向こうの知らない文化を見たかった。良いところは取り入れ、悪いところは改善点を考える。この国にはない魔道具を知って、王国の魔道具を売り込む方法を探す。そんな実習をしたかったのです。
東に身分制度のない国ができた話を、従兄のクラフトから聞いていたので尚更に。
再三の説得も応じてもらえず、12歳になった俺は学院に入学しました。
これからの4年間、灰色の日々が続くものと覚悟して。
実際は、最初の1日目で全て塗り替えられたのですが。
「実力で身分差を覆すくらいになってください。後に続く方々の指針になってください。貴方は商会の後継候補であっても、優秀さを証明し続けなければ外される。そんなふうに鎬を削る大商会の教育を乗り越えてきたのでしょう? ですから、そのくらいはできると信じています」
そう言って、差し延ばされた手を、決して忘れません。
子息令嬢の言われるままになっていた俺自身が、何より己の価値を貶めていた事。
一部を見ただけで貴族を知った気になって、商売とは、個人と行う取引だと忘れていた事。
諦めて灰色の日々を受け入れようとした俺は、4年間もの時間を無為にしようとしていた事。
多くを気付かせてくれました。
そしてあの日、俺には目標ができました。
講師試験を受ける事。
一般入学枠初の、講師資格取得者になれば、後に続く後輩たちの指針となれる。
差し出されたあの手を、自信を持って取れる。
必須科目を終えたら、経営や経済の講義は今更得るものも無いだろうから、言語や他国の文化学、魔術理論といった将来に繋がりそうな講義のみを受けようと思っていた俺は、いなくなりました。
知識に無駄はない。そう割り切って全てを受講する日々が始まりました。
目標は1年。
それが叶ったなら、あの方、スカーレット・ノースマーク様に会いに行こうと決めて。
まあ、その予定もあっさり崩れましたけれどね。
再会は本当に偶然でした。
講義の時間に穴が開いたので、支店の商品陳列状況の確認へ行った帰り、代替わりしてから良い噂を聞かなくなったペイスロウ工房から出てくるスカーレット様を見かけて、気付けば声を掛けていました。
貴族に阿る事しかしなくなった魔道具工房は、あの方に相応しくありません。
挨拶は、あの方の前に立てるだけの資格を得てからと思っていましたが、もし魔道具関係で協力者を探しているなら、きっと力になれる筈と、急遽方針を変更しました。
赤いチェックのスカートに、淡いベージュのカーディガン、お忍びなのか既製服なのに、気品があって綺麗なあの方に見惚れている場合ではありませんから。
助力を申し出るつもりが、差し出された資料を見て震えました。
軽量化に、大幅なコスト削減、付与技術自体が扱いやすいものとなり、応用できる幅はどこまでも広がる。一般流通魔道具に、特殊用途魔道具、大型の魔導武器に至るまで、全てをこの技術で塗り替えられる。
分割付与、後にそう名付けた技術にそれだけの可能性を感じた私は、すぐに商会の開発部門棟へ走りました。
実は、この時スカーレット様へ何と言って別れたのか、興奮のあまり記憶していません。失礼な事をしていないかと、後になって頭を抱えました。
突然飛び込んできた会長の息子に、驚く者はいましたが、あの資料を見て試作を渋る者は、幸いうちの技術者にはいませんでした。
複雑な構造は必要ありませんでしたので、動作確認を行う為の組み立ては、20分もかからずに終わりました。基盤が回転しながら僅かな熱を出すだけの単純なものでしたが、理論の確かさは証明できました。
次に走ったのは、父のところでした。
ノックの返事が返る時間も待てずに踏み込んだ俺に、父は小言を重ねましたが、資料を突きつけると静かになりました。ビーゲールの会長が、あの価値を理解できないなんてあり得ませんからね。
「この件、俺に全て任せてください」
宣言した俺に、2度目の驚き顔が応えました。
「馬鹿を言うな。どれほどの影響を引き起こすか、理解していない訳でもないだろう?」
「勿論です。これをものにできないなら、俺を家から叩き出しても構いません」
「その決意は認めてやる。だが、これだけの新技術の確立、侯爵家との取引を、見習いだけに任せる事はできん」
「ですから、補佐を付けるなとは言いません。ですがそれは、学院生の研究成果です」
貴族の周りには常に大人が控えているので、子供だけの研究はあり得ません。けれど、学院生が関わらない研究も、同じくあり得ないのです。
「許可が貰えないなら、俺が協力する気はありません。学院生の申請がなければ、部外者は敷地内に立ち入る事も出来ないのは御存知ですよね? 招待もされていないのに、どうやってスカーレット様と接触するつもりですか?」
「そんなもの、王都邸に面会状を出せば済む事だ」
「その資料は、ペイスロウ工房から出てくるスカーレット様と偶然お会いした際、お借りしたものです。幸い、あの間抜けな工房は断ってくれたようですが、のんびり面会依頼を出す余裕はあるのですか? 侯爵家の伝手なら、何処の商会とだって契約できますが」
「……脅迫するつもりか?」
「まさか。交渉しているのですよ。俺は商人ですから」
学院生である事を盾に無茶を言いましたが、あの方と共に仕事をする役目を、他に譲るつもりはありません。
あの方の信用を得る為に、誓約書と魔導契約の用意から始めると提案すると、父も渋々ながら頷いてくれました。当面は補佐の監視と、商会長直接の監督の下、事業を進める事となりました。
もっとも、スカーレット様が次々と開発を進めるものですから、その体制を保つ余裕は、すぐに無くなってしまうのですが。
最近ではすっかり聖女として定着されたスカーレット様ですが、俺にとっては出会った時から貴い女性で、金と利益を生み出し続ける女神様です。
平民なんかにも壁を作らず、親しげに笑いかけてくれる方です。奔放過ぎて、困らされる事もありますが、それも彼女の魅力です。
―――ありがとう。
そう言ってもらえる度、遣り甲斐を感じます。
―――ウォズがいてくれて良かった。
そう言ってもらう事が、俺の新しい目標です。
忙しい日々ですが、その分やる気も湧いてきます。おかげで、夏を待たずに全ての講義を終えられそうです。手を抜く事を知らない様子のあの方に触発されて、研究室の全員が頑張っている事も背を押してくれました。
漸く、あの時の約束を果たせたと、胸を張れます。
お読みいただきありがとうございます。
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今後も頑張りますので、宜しくお願いします。




