閑話 男爵令嬢の想い 2
約束の日、港湾区にあるレストランの前で、グリットさんを待つ。
既に日が暮れてしまって海側を照らす明かりしか見えないけれど、魔導変換炉施設の近くにあたる。魚介料理と多国籍料理が楽しめると有名なお店を予約した。
今日の私の装いは、淡い青のチュールレース地を重ねたワンピースに、濃い藍色でリボンを重ねたようなケープタイプの付け襟を羽織っている。
ドレスコードのある店ではないので、気合を入れるより、気楽さを強調できるように気を配った。勿論、綺麗だと思ってもらえるよう心掛けたけれど、貴族らしさは控えている。
レティ様によると、ノースマークのお屋敷に招待されても、いつもの通りだったらしいので、あまり気を張らなくて済むよう配慮した。
けれど、少し遅れてやって来たグリットさんを見て、驚いた。
私がドレスで来ても自然に並べたくらいにきちっとした、濃灰色のスーツ姿だった。
「すみません、キャスリーン様。着慣れない服が動き難くて、少し遅れてしまいました」
今日の為に、着慣れない服へ袖を通してくれたかと思ったら、あたしの気遣いが無駄になった事なんて、どうでもよかった。勿論、後から来た事なんて気にしていない。
胸や腕の太さが合っていないのが惜しいけれど。
筋肉質な冒険者用に作られた服ではないみたいだから、仕方がない。
「折角の機会だからと新調してみましたが、柄じゃなかったですかね?」
黙る私が、呆れているとでも思わせてしまったのか、グリットさんは困り顔で頬を掻く。
「そんな事、ありません。冒険者でも、必要な席できちんとされている方は、素敵ですもの」
「そう言うものですかね? スカーレット様と正式に契約を交わして、今後は必要になるかもと、慌てて買いに走ったんですが……俺にはサイズが微妙でした。ひと回り大きいのを選ぶと、袖や裾が余って不格好ですし、今は今でパンパンですから、動き難いったらないです。……かと言って、オーダーメイドで作る時間も、金銭的な余裕もありませんし、ね」
そういう事なら、力になってあげたい。
「既製服であっても、サイズは仕立て屋に持っていけば直してもらえますよ。それに、中古服をばらして、仕立て直してくれるところもあります。中古と言っても、貴族が一度袖を通しただけのものが多いですから、良い生地で、一から注文するより、ずっと安く抑えられますよ」
「……仕立て屋なんて、一品物を誂えるだけの場所だと思ってました。そんな注文にも応えてくれるものなんですね」
「お店の方針次第、相談次第だと思いますよ。高級志向で、オーダーメイドしか扱わないところも勿論ありますけど、商人の方が通うところなんかは、融通を利かせてくれる場合が多いです」
前の人が使ったデザインそのままだと、中古品だとすぐ分かってしまうけれど、他の服と組み合わせて仕立て直せば、新品同然で着られる。
あたしの普段着の半分以上はこれになる。
正装用のドレスはともかく、普段着までオーダーメイドで揃える余裕は、我が家には無いので。
「冒険者の装備に通じるところがありませんか? 欠けた鎧を似た品で補ったり、剣の柄を使い慣れたものと換えたり、魔物に合わせて抵抗のある外套を重ねたりしますよね? 最終的に出来上がるのは、その人専用の一品物じゃないですか?」
「ははっ、そりゃいい」
思い付きを口にすると、笑ってくれた。
「そう考えると、貴族に会う時仕様の装備ですから、隙の無いものでなくちゃいけない訳ですね。それだけで俺達にも、関係ない場所じゃないって気がしてきました」
「あたしが使っているお店を紹介しますね。烏木の牙、対貴族用装備の手配、協力させてください」
そうこう話していると、約束の時間になったので、店に入る。
グリットさんは遅くなったなんて言っていたけれど、きちんと時間前行動だった。
このお店は貴族の利用も想定しているので、奥の個室へ通される。
服装の指定こそないけれど、グリットさんが正装していても浮くほどではない。
「ありがとうございます。俺が緊張しなくて済む店を選んでくれて」
席について早々、お礼を言ってもらったところ恐縮なのだけれど、お店の選択には、なるべく美味しいところをって以上の意図はない。
気を使って高級店を避けた、とか思われているみたい。
「え……と、レティ様が紹介してくださるようなお店を想像されていたなら申し訳ないのですけど、私の財力では、これが精一杯なんです」
レティ様がお気に入りの店つながりで、店長の友人を紹介してもらったのがきっかけだから、彼女も無関係ではないけれど。
「がっかりさせてしまいましたか?」
「あ、いえ」
寒々とした空気が流れる。
本当に気にしないでほしいです。失言を謝ってほしいとも思いません。こんな事で空気が悪くなるなんて、あんまりです。
「レティ様は侯爵令嬢、あたしは男爵令嬢、貴族として同じ括りにはできますけど、立場は大きく違うんです。彼女が奔放な方だから、壁を感じないで交流できてるだけなんです。ニュースナカへの待遇で驚いたグリットさん達と同じで、あたしもいろんな事で違いを思い知らされてます。侯爵令嬢は、あたしにとっても雲上の人で、あたしの立場は平民の方が近いです。……普段のあたしは、あちら側にいる事も珍しくないくらいですから」
と、あたしが指すのは、テーブルが並んだ一般席。
距離感は伝わっただろうか。
「それより今は、食事を楽しみませんか? 高級食材も、豪華な内装も用意できませんでしたけど、味は自信を持ってお勧めできる店を選んだんですよ」
「……すみません、余計な事言いました。確かに、レストランに入って、美味しいものを食べるより大切な事なんて、無いですよね」
良かった。
切り替えてくれたみたい。
気を取り直してメニューを受け取って、グリットさんが固まった。
原因には見当がつく。
料理人の方達が、上手くできた料理を次々メニューに加えているらしいので、隣国どころか、海の向こうの料理名がずらりと並んでいる。
どれを頼んでいいものか、悩んだ経験はあたしにもある。
「……え…っと……?」
こちらを見られても、残念ながら助けてあげられない。
「このお店、何度か来た事がありますけど、まだあたしも知らないメニューの方が多いんです。思い切って勘で頼んでしまいましょう」
前菜、魚、肉、サラダ、スープといった、最低限の分類別けはされている。その他と書かれたところは、全く見当もつかないけれど。
虫とか爬虫類とかゲテモノも食材に入っているので、その場合は、注文の際に店員の方が忠告してくれる。知らないまま頼んでしまう心配はない。
「あんまり運には自信が無いんですがね……」
「あたしもそうですよ。でも、シェフがお勧めできる料理しか提供していないそうですから、大きなハズレはないみたいです。それに、こういうところの失敗も、記憶に残っていいんじゃありませんか?」
「そういう事なら、本業らしく冒険させてもらいましょう」
と、適当に注文したグリットさんは見事に、芋虫、鰐、魚の目玉を引き当てた。運に自信がないのは本当みたい。
グリットさんが注文し直した後、色々な会話が弾んだ。
ニュースナカ周辺での強力な魔物の話、クラリックさんが酔って川を流れていった話、今のランクに上がるきっかけとなった魔物討伐の話、素材運搬用の車が壊れて町まで押して帰った話、張り切って魔物討伐に行ったら、とても敵わなくて逃げ帰った話、ニュードさん達が入る前のメンバーと大喧嘩した話。
様々な思い出を聞かせてもらった。
だからあたしも、できる限りを話した。
レティ様との出会いは失敗から始まった事、スライムで遊んでいたら新しい薬ができてしまった事、その時はあたしもいい助言ができた事、事故に遭った子供を助けて、火事現場で活躍して、聖女の立場を確立してしまった事、レティ様が嫌がるものだから、つい聖女呼びでからかってしまう事。
話題は尽きないのに、デザートが運ばれてきてしまった。
楽しかったまま今日を終わりにできればいいのだけれど、その場合は次の約束に続かない。楽しかったからこそ、またと言って別れたい。
「そう言えば、キャスリーン様。何か相談があるような事を言ってませんでしたか?」
奇しくも、グリットさんの方から話を振ってくれたので、それに乗ると決めた。
不安や恐れは勿論あるけれど、全て押し殺して言葉を紡ぐ。
ここで機会を貰えたのは、運命だと信じたい。
「……グリットさんは、貴族になりたいと思った事、ありませんか?」
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