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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
1年生編

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閑話 男爵令嬢の想い 1

今回は、キャシー視点です。

 部屋の前で帰りを待つ。

 今日帰って来るって事は研究室に届いた報告書で知った。だからおおよその見当を付けて待つ事にしたけれど、もう随分経ってしまった。


「約束もしていらっしゃらないお嬢様が、帰って来ると部屋の前で待っている状況は、殿方からすると重いかもしれませんよ?」


 私の侍女で、教育係でもあるネリーが言い難そうに告げる。


 そんな忠告はもっと早く言ってほしかった。


 烏木の牙の皆さんが王都に到着する日と、あたしの休日が重なっていると知った時、これだ! と思った。思い付いたまま行動してしまうのがあたしだ。


 王都で高名な冒険者パーティーとしては珍しく、彼等は共同の拠点を持っていないと聞いた。素材運搬車用の倉庫にそれぞれの装備品も保管していて、全員揃っての打ち合わせが必要な場合には、ギルド併設の酒場を使うとか。パーティー結成のきっかけが、そこでの喧嘩だった事の名残だって、コールシュミット領への道中で教えてくれた。いつまで新人みたいな事してるんだと、同業者には呆れられているって事も。

 幸い、依頼を受けてもらった時に、それぞれの居住場所は聞いていたから、グリットさんの部屋へは迷わず来られた。


 思い付いた瞬間に、他の選択肢が頭から消えるのは、あたしの悪い癖だ。

 その行動が周囲にどう見えるのか、どんな影響を与えるのか、あたし自身への不利益なんかまで、考えが回らなくなってしまう。


 レティ様の研究室に突撃した時も、そうだった。


 昔から魔道具の分解や組み立てが好きで、従姉のマーシャが魔道具についての研究室へ入ったと聞いて、居ても立ってもいられなくなった。


「マーシャばっかり、ズルい!」


 噂を聞いたその日に乗り込んだあたしは、そこが侯爵令嬢の研究室だと、直後に知った。

 迎えてくれたのがレティ様でなかったら、きっと今頃、あたしは学院にいない。

 侯爵家なんて、雲の上の人のところで何をしているんだろうって後悔したのは、考え無しに行動した後だった。


 今回も間違いなく同じ。

 グリットさんに誰よりも早く会えるというだけで、ここまで来てしまった。


 マーシャやレティ様なら、あたしの考え無しの行動を知っても呆れるくらいだろうけれど、グリットさんに悪い印象を与えてしまうのは、問題だよね。


 今なら気付かれずに帰れるから、そうしてしまおうかな?

 でも、1時間も待っているから、無駄にしてしまうのも、勿体無い気がする。


 なんて、迷っている余裕は残っていなかった。


 帰り道を行く、グリットさんが視界に入る。


 もう、なるようにしかならない。

 慌てる自分を抑え込む。

 レティ様ほどじゃないけれど、あたしだって貴族令嬢、感情を抑える訓練は受けている。彼女は人格を切り替えるみたいなところがあるから、比べてはいけないと思う。


「お帰りなさい、グリットさん! お疲れ様でした!」


 精一杯の笑顔を作って迎えると、グリットさんは驚いて手荷物を落としてしまった。狼狽えながら低頭しようとしたから、慌てて止める。

 あたしは感謝を伝えたかっただけで、畏まってほしい訳じゃない。


 グリットさんは労われる事に恐縮しているかもしれないけれど、私からすると当然の事だからね。

 治安維持ができる程度の軍しか持たないウォルフ領は、冒険者の皆さんの活躍で魔物被害を抑えられている。領軍の不足を補ってくれる彼等には、感謝しかない。


 ここがウォルフ領ではなくても、依頼を受けてくれた冒険者への感謝は勿論変わらない。


 そのあたり説明すると、グリットさんもなんとか分かってくれたみたい。


「そんなふうに冒険者との関係を築く領地もあるんですね」


 王都周辺で活躍するグリットさんは、知らなくても仕方がない。うちみたいな貧乏領地特有の結び付きだからね。


「感謝だけでなく、領地の仕事を補ってくれる冒険者には、手当も付けてますから、皆さん快く引き受けてくれるんですよ」

「その環境は少し羨ましいな。誰かに認められたくて冒険者を続けてる訳じゃありませんが、そんなふうに評価してもらえるのは有り難いものです」


 軍を増強する程の予算が付かないから、苦肉の策ですけれど。

 勿論、感謝の気持ちは本物ですよ。


「今回、宿のメイドを手配してくれたのもキャスリーン様ですよね。滞在場所を整えてもらえたおかげで、依頼に集中できました。ありがとうございます」


 そう言ってもらえるのは嬉しいけれど、グリットさんの視線は何かを探すように彷徨っている。求める先がレティ様である事は間違いない。

 依頼人は彼女だから仕方がないけれど、レティ様の取り巻きくらいにしか思われてないみたいで少し寂しい。


「ごめんなさい、今日はどうしてもお礼が言いたくて、あたし一人で寄らせてもらったんです」


 じっと待っていたなんて、勿論口にしない。


「……そうですか。気を使ってくださったんですね」

「いえ、気になさらないでください。それより、冒険のお話を詳しく聞かせてほしいので、今度、お食事に誘っても構いませんか?」


 こんなところでできる立ち話には、限界がある。

 だから、思い切って今日の本題を切り出した。


「勿論、ご馳走します。実験のお話とか、ニュースナカの生活で困った事はなかったかとか、今後の為にもお聞きしたいです。そ、それから、相談に乗ってほしい事もありますし、是非食べていただきたいお料理とかもあって、その……王都でもいろいろありましたから、お話ししたい事も、いっぱいあります」


 驚き顔になったグリットさんの沈黙が怖くて、いろいろ捲し立ててしまった。

 ちょっと何を言っているのか、分からない。


「ですから……その、どうでしょう?」


 あたしがレティ様の添え物だって事は自覚している。

 彼等を動かせるだけのアイディアは湧いてこないし、いつまでも雇える財力もない。

 レティ様は、烏木の牙を正式に研究室に迎えるつもりだから、協力者としてなら、これからも関わりは続く。


 でもそれでは、あたしが望む関係には辿り着けないから。


 食事の席では、勇気を出して全て話すと決めた。


 でもここで断られてしまったら、あたしに打つ手は無くなってしまう。

 せめて舞台くらいは整えさせてほしい。


 だから、今は頷いてください。


 祈りながら、グリットさんの返事を待つ。


 驚いて、あたしが言った事を噛み締めて、考えを巡らせる。そんなグリットさんを観察しながら、待つのって、こんなにも辛いものだったかなって、思ってしまう。


「はい、そういう事なら、厚意に甘えさせてください」

「―――!!!」


 やった。やった! やった―――!!


 断らないでくれた事が、こんなにも嬉しい。


 もしかすると、仕事の話をするくらいに、受け取られているかもしれないけれど、それでもいい。

 少なくとも、次に繋がった。

 私との食事を嫌がらない程度には、距離は空いてない。


「……ありがとう、ございます! それじゃ、招待状は改めて送りますから、その日を楽しみにしてますね!」


 深く、深く、礼をする。

 マナーは滅茶苦茶だけれど、いろんな感情が綯い交ぜになった今の顔は見せられないから。


 逃げるみたいに去ってしまったのは、失敗だったかな?

お読みいただきありがとうございます。

ブックマーク、評価で応援いただけると、やる気が漲ってきます。

今後も頑張りますので、宜しくお願いします。

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