閑話 烏木の牙帰還
烏木の牙リーダー、グリットさん視点です。
冒険者だなんて言えば聞こえはいいが、結局のところ、一般社会に馴染めないゴロツキだ。
親から受け継ぐほどの財産がなかったのは仕方ないとして、雇われ仕事で上司からの指示を唯々諾々と受け入れて給金を稼ぐ生活に溶け込めなかった俺は、人より頑丈な体を資本に生きていく他なかった。街の外に出れば魔物が溢れているから小銭稼ぎに事欠かない。誰かの為に魔物を狩ってるなんてつもりは無い。自分の懐が温まればそれでいい。
そうは言っても一人での稼ぎは知れていて、少しでも良い暮らしを手に入れる為に、気の合う奴等と徒党を組んだ。烏木の牙、誕生って訳だ。
グラーの野郎とは幼馴染って事になる。
ずっとつるんでいた訳じゃなくて、うんと小さい頃に近所に住んでた小心者で小太りチビって認識だった。顔見知りではあったが、一緒に遊んだ事なんてほとんどなかった。
なのに何の因果か、俺が冒険者として登録に行った日、同じ時間の初心者講習で再会した。
特別関わるつもりは無かったが、図体に似合わず素早く獲物の死角を突く狩り方が気になった。正面から斬り結ぶしか知らない俺には新鮮だったからな。
で、その時の講習で先輩面してやがったのが、ヴァイオレットだ。
講師なんて大層なもんじゃない。3か月の研修期間が開けたばかりのお手本例として紹介されただけだ。3か月でギルドから将来有望と認められていた訳だが、その事を気取った口煩い奴だった。
索敵範囲と視野が恐ろしく広いのは確かだったがな。
お互いソロでしばらく活動していたんだが、最初に限界を感じたのは俺だった。
良い稼ぎを求めて強い個体に挑んでも、負けはしないが、大剣は欠け、鎧は損耗し、負傷の手当てにと、高額だった筈の討伐報酬は経費に消えていく。
苛々して酒に逃げていた俺を、戦い方を考えないからだと小馬鹿にしたのがグラーで、頭にまで筋肉を詰め込むザマで、冒険者が務まるのかって扱き下ろしたのがヴァイオレットだった。
なら俺の凄さを見せてやるって、喧嘩しながら向かった討伐が最初になった。
俺が壁になって、ヴァイオレットが後方から射撃で牽制、グラーが背後から急所を突く。
俺とグラーが獲物の気を引いて、遠方のヴァイオレットが頭をぶち抜く。
グラーとヴァイオレットが獲物の気を散らして、俺が重い一撃を叩き込む。
碌な打ち合わせもしていなかったのに、連携らしきものが上手く嵌まった。その日、山盛りの素材と魔石を抱えてギルドに戻った俺達は、そのままパーティーとして申請した。
今はニュードとクラリックが固定で参入してるが、それまではいろんな奴らと組んでみた。
実力に差があって連携が乱れたり、そもそも気が合わなかったり、女が原因で喧嘩別れした事もあった。何故か、ヴァイオレット絡みの揉め事は無いんだが。
勿論、死に別れた奴もいる。
なんだかんだあって、気に入った仕事しか引き受けないのが、俺達の方針だった。
だから、クラリックの奴が古巣からの断れない依頼を持ってきた時には揉めた。
「要するに、貴族からの依頼って事っスよね?」
「あいつ等、俺達の事なんて、動く肉の壁くらいにしか思ってないだろう?」
以前に一度、魔物討伐に行くって貴族の護衛を引き受けた事がある。
実戦経験の乏しい自前の騎士に囲まれて、汚す気のない綺麗な服着て、身を隠す気もないものだから、オークの群れに襲われて散々な目に遭った。そりゃ、オークからすれば、肥え太った豚が狩られに来たようにしか見えんよな。自称騎士達も、派手なだけで、まるで守りにならない鎧もどきを身に付けているだけだった訳だし。
それでも、貴族の怪我は俺達の責任として追及された。
まあ、オークを見たと同時に真っ先に逃げて、一人で転んだだけだと、ギルドの監査委員も事情を汲んでくれたが。
以来、貴族なんぞには関わらないと決めている。
「事情は聞いてるし、状況も察するよ。俺も、似た思いをした経験はあるし、名の売れた冒険者なら、誰だってそーだろーよ。けど、これは俺達が世話になったカロネイア卿、その娘さんからの紹介なんだ。信用できない冒険者に任せる訳にもいかねーんだよ」
戦征伯なら俺だって知っている。
大戦の英雄。
一兵卒の犠牲だって容認しようとはしなかったって噂の人だ。
軍上がりのクラリックが絶賛するなら、その通りの人格者なんだろう。
その娘も、世直しの巡回を続けてるって話だ。多少世間知らずはあるにしても、俺達を塵扱いする貴族とは違うと信じてもいい。
「けどよ、その娘さんのお友達からの依頼だぞ? 物を知らないお嬢様じゃないって、どうして言える? 依頼書はお前も見ただろう? 護衛も付き人も最低限って事は、その責任は俺達に押し付けられるって事だ。侯爵家の御令嬢様を始めとして、お嬢様が4人もいて、その全部を守り切れって事だぞ?」
形ばっかりでも、俺は烏木の牙のリーダーだ。
取り返しのつかない事になりそうな依頼に、応とは言えない。
王都の外をチョロッとうろつくくらいなら、まだいい。
依頼書にある行先は、王都から4日もかかる山中だ。正気とは思えない。
「……大丈夫、オーレリア様、強い」
「ああ、あの方は間伐部隊にも参加して、魔物を知ってる。無茶を言う事はねー筈だ」
戦征伯令嬢と面識のあるニュードも肩を持つ。
「けど確か、侯爵ってのは戦征伯様より身分的に上っスよね? いざって時に、はっきり意見を言えるんスか?」
グラーは俺側だから、パーティー内の意見が完全に割れてしまっている。
「侯爵令嬢については情報がねーが、オーレリア様が友誼を結ぶくらいだから、横暴を言う貴族とは違うって信じたい……けどよ」
「そう言うお前が信じきれてないじゃねぇかよ。身分差があって断り切れなかったって事も、ある訳だろう?」
「……オーレリア様、信じたい」
「お前らの気持ちは汲んでやりたいけどよ、ニュースナカへの滞在は最大で半年、その間の生活保障もはっきりしない。依頼料だけは高いが、詳細は書面では明かしてもらえない。……リスクが高すぎるだろう?」
「グリットもクラリックも落ち着きなさい。推測で言い争っても仕方ないでしょう?」
意思を表明していなかった最後の一人、ヴァイオレットの介入で流れが変わった。
多数決で方針を決めたりはしない。少数意見をばっさり切り捨ててると、遺恨が残るからな。多少ぶつかっても、言いたい事は言っておいた方が良い。
「提示された報酬が良いからって訳じゃないけど、私達のパーティーもランクが上がって、今後もお貴族様とは距離を置くってのは難しいと思うわ」
痛いところを突く。
確かにそれは、俺も考えてた。
「パーティーを守りたいグリットの気持ちも分かるけど、貴族と距離の置き方を知る意味でも、クラリック達が知るお嬢さんからの紹介を受けてみるのも悪くないと思うわ」
「まあ、貴族に知り合いがいる訳でもなし、どんな相手か情報収集する伝手はないっスからね」
「ええ、前みたいに、全く知らない貴族からの依頼よりはマシだと思うわ。それに、詳細の説明は、ビーゲール商会の御曹司がしてくれるそうよ」
それは意外だった。
普通は依頼者の家人あたりが来る筈だ。
ビーゲール商会なら依頼を受けた事がある。大商会だけあって貴族との付き合いもあるらしいが、貴族主義に傾倒した様子はなかった。むしろ、御曹司は貴族嫌いだなんて噂を耳にしたことがある。
それなら、俺達目線で話を聞いてもらえる……か?
「気になるなら、その機会に条件を付けましょう。非常時には私達の指示に従ってもらうとか、報酬の他に薬や弾薬の保証もしてもらうとか。聞き入れてもらえないようなら、無かった事にすればいいんじゃない?」
クラリックとニュードは、できる事なら受けてほしい。俺とグラーは、面倒事になりそうだからなるべく関わりたくない。
どちらも明確な判断基準がある訳ではないから、保留は悪くない。
結局、クラリック達への信頼に傷をつけられない事と、手厚い保証を約束してくれた事もあって、高額の報酬に釣られて引き受けたんだったが。
ヴァンデル王国南西部、エイシュバレー子爵領ニュースナカ村を拠点とした活動は、春を迎えて終了した。
烏木の牙、久しぶりの貴族からの依頼、いろいろと想定外が多かった。主に待遇面が良過ぎる、と言う点についてだったが。
スカーレット様に帰還の報告を入れたら、是非話を聞かせてほしいと招待を受けた。
話せる事は、だいたい報告書として送ってるつもりだったが。
招待状の文面を見る限り、報告に不備があって怒っている訳ではないと思う。
俺達なんかを労ってくれるつもりなら、光栄だが。
で、俺達はノースマーク家の王都邸の前にいる。
「この門、俺達がくぐって、ホントにいいんスか?」
グラーの言葉は俺達全員の代弁だ。酷く居心地が悪い。
「……着てくる服、間違えた。場違い感、凄い」
「今更言うなよ。招待状に、お気軽にってあるからって、皆で決めたろ? もうすぐ約束の時間だから、着替えに戻る時間ねーぞ!?」
戻っても、こんなところに来て着る服無いけどな。
ニュードとクラリックは、軍時代の正装があったりするのか? 今後もスカーレット様の依頼を受けるなら、それ用の服も見繕っておかないとな。今回はどうにもならないが。
「スカーレット様は、俺達の服装一つで評価を変える人じゃない。お前等、覚悟を決めろ」
自身を言い聞かせるみたいに、仲間の背を押す。
「メイドさんに舌打ちされたりしねーかな?」
「なんスか、それ。ご褒美っすか?」
「馬鹿黙れ。服装はどうにかなっても、お前の性癖までは言い訳できないからな」
「……侯爵様、居るかも?」
「!! その可能性は考えてなかった。……グリット、パーティを代表してお前だけで行ってくれねーか?」
「そんな!? スカーレット様が、ご馳走とか用意してくれてたら、どうしてくれるんスか?」
「グラー、口、閉じないなら、ホントに置いてくからな」
貴族街の往来で、俺達何やってんだろうな?
ちなみに、いつもなら俺達を諫めるヴァイオレットは元気がない。
ニュースナカの広い宿で、メイドさんにあれこれ世話してもらう生活に慣れて、王都の自宅で愕然としたらしい。狭いし、飯も掃除も自分でやらなきゃだしな。
俺は世話を焼かれる事に最後まで落ち着かなかったが、誰よりも順応したこいつは、まだ喪失から立ち直っていない。
貴族なんぞには関わらない。
そんな事考えてた俺達が、たった数ヶ月ですっかり牙を抜かれてしまった。
待遇も報酬も最高だったが、それを特別な事と考えていないスカーレット様の為に働きたいと考えてしまっている。
けど、これ以上腑抜けて、烏木の雛なんて呼ばれないよう、気を付けないとな。
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