復興聖女 休息
王都で起きた大火からしばらく過ぎて、春の日差しを感じる日が多くなった。風はまだ少し冷たいけれど、多くの花が芽吹く季節がやって来た。
今も王都では復興が行われている。
河川港が燃えてしまった為、物資の運搬が初めはうまく進まず難航したけど、アドラクシア、アノイアス両殿下が陣頭指揮に出て、急ピッチで進んでいる。焼けた場所の多くが貴族の敷地だった事から、事態をまとめられる人選が望まれたって事情もある。
特にアドラクシア殿下は、戦争を望んで内政に興味がない、なんて悪評を塗り変えてしまった。
第3王子の名前は当然聞かない。
あれ以来、学院にも顔を出していないらしい。教育をやり直してるのか、拗ねて引き籠っているのか、ここでの行動で将来が確定するのは間違いない。
私達が忙しいのもあって積極的に情報収集はしていない。できる事なら、私が改めて引導を渡すような事態は来ないでほしいと思う。面倒だから。
逃げたトリス・ドライアは行方不明。今も捜索は続いているけれど、火事で死んだ可能性が高いと言われている。
ドライア伯爵家にも監査のメスが入った。ただし、王都の状況を鑑みて沙汰は後回しになっている。息子のせいで多くの不正が明らかになったから、最低でも降格は免れないと思う。
私は求められた防災計画書を提出した。
そうは言っても、それほど大したものじゃない。こういったものは、検証と実証を繰り返して精度を高めていくものだと思うから。
再建構想会議で十分に精査した上で、聖女の名前を前面に出して、災害に強い街をアピールするらしい。でも、こういった技術があるって、多くの人が知った事の方が大切だと思う。
私が提案した対策は、地震、津波、火事の3つ。
この国でも過去に地震で被害を受けた事があると習ったけれど、既に昔の話と認識されている。だから、高層建築物を作る技術があるのに、高さを必要としない場合には箱型の建屋があったりする。柱も最低限、横揺れの対策なしでは強風でも倒れる。
なのにどうして柱や梁の補強がないかと言うと、魔法で強化するのが一般的だったせい。
硬度強化の魔法は便利だけど、硬度を得ると弾性が失われる。つまり、硬くて脆い建材の出来上がり。横から働く力に弱いのは、模型を作ると一目瞭然だった。
そんな訳で、柱、梁、土台を補強した耐震建造物を提案した。
他にも、建物の中に地震エネルギーを吸収する制震構造、建物の基礎に震動を絶縁する層を挟み込む免震構造なんてのも知ってるけど、材質や詳細な構造まで把握してる訳じゃないので、研究には時間がかかる。
いつの間にか聖女基金なんて呼ばれ始めた新慈善団体へ出資に来た、建築ギルド長と共同研究の約束だけ取り付けておいた。
津波対策はハザードマップの作成と避難箇所の明確化。
測量技術はしっかりしてるから、王都内の高低を明確にしてもらって、水に浸かりやすいところを誰でも確認できるようにしてもらう。前世みたいに津波シミュレーションができる訳じゃないから不備も多いだろうけどね。
ただしこれは河が決壊した場合にも活用できるからか、割と乗り気の人が多かった。
火事対策は一定間隔での消火栓設置。水魔法頼りは良くない。
更地になったところに水道管を張り巡らせて、生活と非常時の両方で活用する訳だから、建造物のなくなった今なら着手しやすい。
あと、初期消火は水魔法が一般的なのだけど、属性に関わらず対応できるように消火器を作りたい。素材探しから始めなきゃなんだけど。とりあえず、風魔法を応用して二酸化炭素消火器とか作れないか構想中。
もっとも、いくら防災について私が考えても、周りが危機感を持ってくれないと進まない。
今回の件で火事への危機意識は高まったけど、火事対策以外は後に回せばいい、なんて財務卿が言っていたのが何よりの証明だよね。
聖女発案だから、話題になるからと、ある程度は受け入れられているけれど、何処まで危機意識を共有できてるかは不透明。
前世で震災と津波被害をニュースで見て、漸く私も危機感を覚えたように、深刻なきっかけでもないと、他人事で済んじゃうよね。
気に掛かったけど、今のところできる事は無いと割り切った。
また災害が起こったら、備えが足りなかった事を後悔しながら、また誰かを助ける為に走り回るんだろうね。
とにかく私にできる事はひと段落着いた。
つまり、極めて忙しい日々から解放されたって事でもある。
やらなきゃいけない事も、やりたい事も山とあるけど、まずは乗り越えた私を褒めてあげたい。勿論、共に苦労してくれた仲間達もね。
だから、疲れを癒す為に小旅行に出た。
私の旅行と言ったら、温泉地に決まってる。
この季節に相応しい浴場を探したよ。
この世界にも桜はある。
風神様は桜の花を手にして描かれてるしね。風で散る様子から、風の花として知られてる。
けれど、お花見の文化は無い。
花も舞い散る様子も綺麗だけど、地面に積もった様子が無残に写るみたい。神様の花だから、尚更の感覚かもしれない。散った桜は風神様の涙なんて言われてる。
ちなみに風神は、華奢な肢体に薄い衣だけ身に付けたイケメン少年神様。端正な目鼻立ちの男の子が涙してるって考えると、ちょっと萌えるよね。
でもこの季節に涙を流すって、花粉症かな?
そんな文化のおかげで、鑑賞は遠い山の桜色を愛でるのが一般的。
それはそれで綺麗だけど、日本人の感覚を持つ私には物足りない。
だから探した。
以前実験に行ったニュースナカよりさらに西、リデュース辺境伯領にそれはあった。
温泉から桜を望める宿泊施設。
日本なら間違いなく花見客でいっぱいになるこの宿は、散った桜が湯に浮かぶ様子がもの悲しいと、ただ今オフシーズン。私が貸し切ったところで誰にも迷惑は掛からない。
桜を見ながら温泉に入ろうと力説する私を諦めたのか、誰からも反対意見は出なかったよ。
勿論私も無策で行ったりしない。
風の道を作って、散った桜を山へと送る魔道具を作ったよ。
神様は自然に宿るって言われてるから、桜が山で散る分には神様のところに帰ると考えるらしい。温泉のあるシキビ村でも、桜の花びらを集めて山へ運んでるとか。散った葉っぱの方は普通に燃やすらしいけど。
花びらを集める魔道具を紹介したら、宿の人にとても喜ばれた。
こういう村おこしも良いかもしれないね。
「あ゛ぁぁぁぁぁ~~~~~……」
手間をかけた甲斐あって、温泉はとても癒される。
疲れが染み出しているみたいだよ。
顔を上げると、視界に入る桜色がとっても贅沢です。
「レティ様が桜を、桜を見に行くと言い出した時は驚きましたけど、こうして舞う桜も綺麗ですね。……少ししんみりしますけど」
残念ながら、そういった宗教観から来る感覚はいまいちわからない。
でも、今回の私の我儘は概ね好評だった。桜、綺麗だしね。
風の魔道具は実験も兼ねている。魔導変換炉が海を撹拌して魔素を集めていたみたいに、風魔法を応用して魔素を集める機構を作りたいんだよね。
大火の一件で実感した通り、回復薬にしろ、治療スライムにしろ、今後は魔素を活用する機会が増える。その時魔素不足で困らない体制を作っておきたい。
今のところ、上手くいっていないけど。
「マーシャなら、散る桜を見て涙する神様を妄想したりしないの?」
小さい男の子、大好きだよね。
「そんな、恐れ、恐れ多いです。……でもそうして考えてみると、ちょっとイイですよね」
「あー、レティ様。そのあたり、あんまり触れないであげてください。その子、風神様が初恋の相手なので」
随分、業は深かったみたい。
「キャシー、あれは、あれはお祈りに行った神殿で見た風神様が、あんまり綺麗だったから見惚れていただけだって言ったでしょう?」
「……ごめん、その違いが分からない」
「だから、風神様は、風神様はとっっっても! 神聖なんです。神様なんですから、私が想うなんて、恐れ多いに決まってるでしょう? 私はそのお姿に、少し憧れを抱いているだけです」
とりあえず、そこで性癖が歪んだのは分かったよ。
「ところで、……ところでレティ様?」
「何?」
「どうして、どうして私の胸にもたれかかってるのでしょう?」
?
「柔らかそうだったから?」
身長差があるから、頭の位置に丁度良いんだよね。
「そ、そんな、そんな不思議そうに答えられても困ります。私の胸を枕みたいに扱わないでください」
「レティですから、諦めた方が良いですよ」
私から避難済みのオーレリアが酷い。
「レティは可愛いものなら何でも愛でたくなるそうですから」
「か、可愛いって、私、私がですか?」
マーシャはモデル体型で、長身になった事を気にしてる。
ついこの間までキャシーと双子みたいにそっくりだったのに、僅か数ヶ月の成長期ですっかり差が付いた。よく似た姉妹くらいに見える。
色気のない妹と、お色気たっぷりの姉って感じで。少し残酷です。
そんなマーシャはフランよりは少し小ぶりだけど、その分新鮮で気持ちいいよね。膨らんだばかりで張りがある。オーレリアほどじゃないけど鍛えてるみたいで、引き締まってるのも綺麗だし。
「? 女の子って、だいたい可愛いでしょう?」
「……だから、そんな、そんな不思議そうに答えないでください!」
「あ、駄目だ。この人の性癖も歪んでる」
失敬な。
私は偶像崇拝を拗らせた訳じゃないよ。
実際に可愛いから可愛いって、言ってるだけで。
「絡まれるマーシャは気の毒ですけど、被害はそれくらいだから諦めてください。あんまり暴走されるよりマシでしょう?」
「あはは、そうですね。あたし、レティ様がまたウォズを誘うんじゃないかって、ドキドキしてましたから」
私の頭の上で、マーシャもコクコク頷いている。
ウォズ?
なんで? ここ、混浴じゃないよ?
「私、浴場のルールはちゃんと守るよ? 女湯に男性を誘うって変でしょう? 恥ずかしいし」
大真面目に答えた筈なのに、得体のしれないものを見る目が返ってきた。
「レティ、ごめんなさい。その線引きは分かってあげられないです」
「……あたしもよく分からないんですが、つまりレティ様は、混浴なら恥ずかしくないんですか?」
「全くって訳じゃないけど、それより温泉楽しむ方が大事だよね?」
3人揃って深い溜め息が返ってきた。
だから、なんでさ?
「レティ様の温泉観がおかしいって事は理解できました」
「……そうですね。これから、これからもレティ様と付き合うなら、また温泉に誘われるでしょうし、諦めるしかなさそうです」
「ええ。女湯と混浴の区別があると分かっただけでも収穫です」
皆酷い。
「でも良かった、あたしの思い過ごしで。前にレティ様が、ウォズにお礼したいって言ってましたから、この慰安旅行がそのお礼なんじゃないかって心配だったんです」
温泉でお礼って、何処の風俗だろね。
「そんな事言ったら、あの人、真っ赤になって逃げると思うよ?」
「あはは、そうですね。それで、レティ様はウォズに何をしてあげたんです?」
「……」
「レティ? 結構前から悩んでましたよね」
「……」
「……まさか、まさかと思いますが、まだ何もされてないんですか?」
「……………はい」
だって、何してあげたら喜ぶか、分からないんだもの。
「え!? 大火の時にレティが励まされたって話ですよね? もう随分になりますよ?」
「……だって、いい案が浮かばなくて」
「研究ではアイディアがポンポン出てくるのに、レティ様、何をへたれてるんですか?」
「いや……へたれている訳じゃ……」
何か魔道具を考えたら喜ぶだろうけど、何かウォズの仕事を増やしてるだけの気がするし、お金持ちの後継者だから服とか装飾品とか喜びそうにないし……考えるほど何が正解か分からないんだよね。
「あ、ホントにへたれてる! わー、こんなレティ様、珍しいですね」
「そう言うキャシーは、グリットさんとどうなんですか? 烏木の牙の皆さん、帰って来てますよね」
「ふっふっふ、あたし、グリットさんを食事に誘いました!」
おー。
凄いけど、ビシッとポーズ決めると、形の良い胸が揺れるよ?
裸って事、忘れてない?
それとも私に喧嘩売ってる? マーシャやフランほどじゃないけど、無の私にしたらどっちも羨ましいんだよ?
それにしても食事、か。
でも、お礼に食事だけだと素っ気ないかな?
ウォズには私を助けた自覚なんて無いだろうけど、私は凄く感謝してるって知ってほしいんだけどな。
なんだかよく分からないけど、この事を考えてると、頭の中がぐるぐるする。
なんだろね?
拙作をいつも読んでくださって、ありがとうございます。
これで1年生編はひと段落となります。
2年生編に入る前に、いくつか閑話を続ける予定です。
今後も応援していただけると幸いです。
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今後も宜しくお願い致します。




