復興聖女 5
本日2話目の投稿です。
4平方キロメートルもの範囲を焼いたこの事件は、ワールスの大火と呼ばれるようになった。勿論、過去にない規模の大火災だった。
きっかけは、違法保管されていた火薬に引火した事とされている。
発生が河口湾倉庫区であった為可燃物が多く、また、爆発で広範囲に火の手が拡散し、初期時点の延焼範囲が広がった事が、被害の拡大につながったと言われている。
燃えた貴族区画の大半は、無秩序に増改築を繰り返していた事もあり、周辺道路を迷路状にする原因となって被害者を増やし、消火が困難な状況を作ってしまった。法に抵触しない程度の保管量だったとされているが、自領騎士団の銃火器も火事を広げる原因となった。
火薬類の保管については、法の見直しが進んでいる。厳しい取り締まりとなるのは間違いない。
貴族屋敷の乱立も対策する事が決まった。特に火事現場については、再建に伴って区画整理を行うらしい。災害対策を行うと同時に、貴族の割り振りを見直す。火元となった河口湾区には、公園も作るらしい。
あの辺り、景観いいから散歩コースとかあったら気持ちいいよね。
ちなみに、火事から1週間、火災現場は既に更地になっている。
燻る残り火や煙に巻かれる心配が要らなかった為、撤去作業は急ピッチで進められた。重機と魔法を合わせて使える異世界ならではの早さだね。
海側観光区の高級ホテルは、被災貴族が端から占有する状態になっている。一般人の感覚からすると贅沢極まりない生活環境だけど、貴族達にとっては狭くて不便で不満らしい。彼等を宥める為にも、迅速な復興が求められている。
そして今日、再建構想の第1回会議が行われる。
アドラクシア、アノイアス両殿下を中心として、関係各大臣、官僚、高位貴族がずらりと顔を揃える。
「それで、どうして私がここに居るのでしょう?」
招集状が届いた時から、どうしようもなく疑問だった事を口にする。
名目は一応、参考人となっていた。
同様の理由で集められた人には、ウォズのお父さん、ビーゲール商会長をはじめとした王都の有力商会の面々、商工会長、冒険者ギルド評議会長、土木ギルド長等々、つまり、復興の実務を担う人達が並んでる。本来なら、魔塔導師もいるべきだけど、今回は空席。まあ、そうだよね。
そこに混じる12歳の女の子、何の冗談? 勿論とっても目立ってます。
私的には至極当然の質問だったのだけど、アドラクシア殿下に酷く呆れた顔を返された。
「今回、一番の功労者抜きでは、協議が始まらんだろう?」
「何の事でしょう?」
「死者31名、行方不明者13名、重傷者1456名、軽傷者833名。あれだけの災害でありながら、死者をこれだけに抑えられた事は貴女の活躍無くしては語れません。しかも、重軽傷者共に治療は完了しています」
「31名は、逃げる事が叶わなかった者、其方の到着前に命を落とした者達だ。つまり、其方は被災者のほとんどを救ったのだ。聖女の存在は王都ばかりか、王国中に広く知られる事となった。そんな其方を外した復興は認められないと言う者は多い」
両王子の言葉に頷く人、ここにも多数。参考人席、一般市民側は全員頷いてるんじゃないかな? 逃げられそうにないね。
あの日、聖女の肩書なんて捨て去るつもりで、私はスライム治療を強行した。それが大成功に終わったものだから、聖女の立場は無くなるどころか、不動のものになった。
スライムへの付与を私一人で行ったのも影響が大きい。
他に任せられる人がいなかったから必死で、それが周りにどう見えているかまで考えられなかった。本来後方で指示を出すべき貴族令嬢が、率先して治療に携わり、手ずから癒しを与えてくれた美談として広まっている。
誰もが火事の酷さと私の活躍を並べて噂するし、私を聖人君子と持ち上げる。突然火が消えたのは、私の行いに神様が慈悲を与えてくれたからだ、なんて言う人までいる。それ、時系列おかしいからね。
「それに聞いているぞ、随分後援も受けているそうではないか」
これも事実。
噂と共に、面会依頼は更に増えた。少なくとも、今日参考人として出席してる人達には全員会った。おかげで現在、私の面会は1ヶ月待ち。
そして、会う人会う人が、復興に使ってほしい、研究の足しにしてほしいとお金を置いてゆく。
研究への出資はともかく、復興資金の供与先は私じゃないと言うと、聖女様ならきっと正しく使ってくださると返される。国庫への提供は別に行うと言われてしまうと、二の句も継げない。
使途を有耶無耶にしたら、賄賂の受領になってしまうから、慈善団体を設立中です。中には賄賂のつもりの人もいるだろうけど、勿論知らない。
研究から遠い仕事ばかりが増えるよ。
「国の復興事業に提供しろとは言いません。ですが連携してほしいとは考えてますので、今回お呼びしました」
「特に災害対策には、其方の技術協力は不可欠だ。構想の段階でも構わんから、好きに発言してくれ」
私が未成年だって事、忘れてませんか?
「なにやら要らん心配をしているように見えるが、この場で其方を子供扱いする者はおらん。そもそも私は、初めて会った時点で子供と思うのは止めた」
うぇ。
「それに言った筈だぞ、今回の件で表に立つなら、聖女の立場は噂では済まん、と。想像以上の結果で終わったのだから、聖女としての役割を負ってもらう。なんなら、正式に爵位を授けて国に仕えてもらってもいいくらいだ」
覚えてるよ、当然。
でも、貴族に並ぶ影響力を持つ事と、叙爵される事には、大きな隔たりがないかな?
大きな功績で貴族に迎えられた例は存在する。エッケンシュタイン博士がそうだし、ウォズの家も打診を受けている。
一代限りの特別爵なんてのもあるから、聖女爵とか創設される可能性はあるんだよね。全力でお断りしたいけど。
「いくら子供扱いされないと仰られても、私は事実として未成年です。過去に成人しないまま爵位を認められた例はございません」
「ええ、それで今回の叙爵は見送ったのです。被災していない貴族の反発は大きそうでしたからね」
「幸運の女神の寵愛を受ける其方なら、時間の問題だとは思うがな」
不吉な事を言わないでよ。
私はノースマークとして、貴族の責務を果たすつもりなんだから。
私がいきなり話の腰を折ってしまった訳だけど、会議が始まってからも、議題はなかなか進まない。
理由は単純、事業と予算の折り合いがつかないから。
官僚が作成した計画書を基に、意見を出し合うんだけど、すっかり財務対それ以外の構図が出来上がった。
区画整理に加えて、災害対策も徹底すると国王陛下が宣言してるから、事業はどんどん膨らむ。被害のなかった貴族や有力者の資金援助に加えて、災害時用の積み立てみたいなものはあるんだけど、近年王都の水害も減って、積立費はどんどん減額されてたらしい。できるだけ出費を抑えたいところだけど、それで対策が滞ると、陛下の名前に傷が付く。
喧々囂々議論は続く。
時々財務大臣が私の方を見るけど、私に出資された分は回してあげられないよ。
「だから! 災害は火災だけを指すものではないだろう! 他の事態に備えないで、防災設備とは言えまい!」
今吠えてるのはカロネイア伯爵。
「それは勿論分かっております。しかし、実現不可能な計画に良しと言う訳にはまいりません!」
財務卿も負けていない。
「今回は火災対策を優先し、他については改めて計画を立ててはどうでしょう?」
「その時はその時で、予算の折り合いがつかぬと言うのではないのか?」
「勿論、国庫は有限です。どんな計画でも通すと約束する訳にはまいりません」
平行線だね。
今回分かった事だけど、この国の災害への備えはレベルが低い。
例えば日本なら、水道の事業管理者が消火栓を設置して、維持、管理している。勿論、防火水槽や河川などを消火の為に使用する体制も整えている。この王都みたいに河に囲まれて、消火活動に必要な水の供給が間に合わないなんてなかった。
文明は発達しているのに、発展に齟齬が出る理由は、魔法に頼り過ぎてるからだと思う。
何も無いところから水が出せるなら、水道の開発は遅れるよね。
実際、貴族区画の水道設置状況は酷かった。貴族が好き放題に屋敷を作ったものだから、水道管のない場所に建物があるのも珍しくない。敷地内の水道工事を拒否して開発が止まった例もあったと聞いた。
財力があるから水の魔石と魔法で生活は賄えてたけど、今回の火事には無力だった。
地震や津波に対する備えなんて、まるで無いと言っていい。
大雨や洪水には長年悩まされてきたから対策はしっかりしてあるし、戦争への備えもきちんとしてるけどね。
「発言、宜しいですか?」
挙手したら、会議室がシンとした。
殿下の言っていた通り、侮るような視線はない。何を言うのかと面白がる人と、期待を込める人がほとんどかな。
出資を期待してるのか、財務卿は待ってましたって感じだけどね。
ノースマークからも、私の研究室からも、できる限りの支援はしてるからね。
「予算が足りないなら、出費を削る事を考えましょう。新しい付与魔法を開発していますから、ビーゲール商会に魔道具関係を任せてもらえるなら、かなり抑えられますよ」
「ほ、本当か!?」
商会長の方へ、凄い勢いで反応する。喰い付きが凄いね。
「ええ、できる限りは対応させていただきます」
資料を受け取った財務卿は、そこに書かれた価格一覧を見て、徐々に顔を緩ませる。
代わりに、日本で言うならパナソ〇ックや〇立にあたる、競合商会の人達は苦い顔してる。復興に関わる事だから、異論までは挟まなかったけどね。
「それから、防災対策は私に一度任せてもらえませんか?」
「ほう? 何か良い思い付きが?」
会議を静観していたアドラクシア殿下が私の意見を拾った。
「特別良い思い付きとは申せませんが、私が発案した事業なら、私に託された資金を投入する口実になるのでは、と思いまして。勿論、知恵は絞らせていただきます」
「おお! それは素晴らしい」
貴方、予算が増えれば何でもいいと思ってません?
「多くを救った聖女の作る街、か。上手くいけば、受け入れられ易いかもしれんな。このまま進まぬ会議を続けるよりは、新しい指針があってもいいだろう。次までに、計画書を用意できるか?」
「はい、努めさせていただきます」
街の設計は専門じゃないけど、前世の記憶をフルに使って、防災の街を考えてみようか。足りない部分は他の人が意見をくれるだろうし。
王都全体じゃなくて河口湾付近と貴族区画の一部だけだし、防災のテストケースに使っても許されるよね。
「しかし、今回の件での其方の活躍は止まる事を知らんな。設計が採用されるようなら、慰霊碑と一緒に、其方の像も作るか?」
「うふふ、絶対に、お断りします」
その意見、一般の人達を中心に、本当にあるの、知ってるからね。
断固拒否します。
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