復興聖女 3
現実は甘くないって知ってた筈だった。
全てを助けられるなんて、無理かもしれないって本当は思ってた。
不可能は飲み込むしかない。
できなかった分は背負って生きていくしかない。
良い結果も悪い結果も受け止めて、それでも平気な顔だけを人々に見せるのが貴族だって教えられてきた。
強がって笑うのも、貴族の仕事だって言われてる。
―――でも、500人の命は、重いよ……。
私が折れそうになったその時、ウォズの声がした。
「スカーレット様! 追加の魔漿液50リットル、用意できました!」
得意そうに尻尾を振ってた、かつての愛犬みたいな彼を見て、さっき堪えた筈の涙が零れそうになる。
「……なんで?」
魔力の充填が間に合わない以上、魔漿液だけあっても仕方がない。
そんな事を考える前に、疑問が口から出ていた。
だってそんなもの、ウォズに頼んだ覚えなんてない。
離れたところで魔漿液製造中のキャシーも、知らないと首を振っている。
なのに、大きなタンク2つも抱えたウォズは、背負子に重そうな箱まで積んでいる。そちらは何かと思っていたら、コロリとスライムが1匹転がった。濃縮用の予備まで集めてくれたらしい。
追加と言っても簡単じゃない。
何しろ、唯一の濃縮装置はここにある。
医薬用だから、基準を満たした設備で製造しないと経口用として使えない。ウォズがそのあたりを分かっていない筈ないけど、ビーゲール商会が扱う商品とは畑が違う。パラフィン製薬の関係者はここに居るから、この短時間で、設備の空いてる別の製薬会社を探して契約したらしい。
どれだけ踵を擦り減らしたのか、意気揚々と笑うウォズからは窺えない。
「なに、大した事じゃありません。私もできる事をしようと、駆け回ってきました。スカーレット様が諦めないなら、無駄になる事はないと思いましたので」
「あ―――」
当たり前みたいに言われて、我慢を続けていた筈の涙腺は決壊した。
「え!? ス、スカーレット様? もしかして、何か余計な事だったでしょうか!? その、申し訳ありません?」
ウォズが慌ててるけど、ごめん、それどころじゃない。
できる事をしよう。
私がそう思い続けてたんだよね。
いつから、回復薬なら絶対助けられる筈、なんて思い上がってたんだろう? あれが試作品でしかない事は知っていたのに。
できる事って言うのは、結果を出す事とイコールじゃない。その為に足搔き続ける事だよね。
何をへこんでたんだろ。
1228人、彼等はまだ生きている。
あの人達が生きたいって戦ってるんだから、私が失敗を嘆くのは後でいい。
我を通してここに来た私に、諦めるなんて許されていない。
考えろ。
考えろ!
考えろ!!
魔法を使えない私にできる事なんて、初めから小賢しく頭を捻る事しかなかったんだから。
「ウォズ、ごめん。でもって、ありがと! 最初の予定が上手くいかなかったからって、それがどうしたって話だよね! うん! 貴方のおかげで、気合が入った!」
訳が分からずポカンとしてるウォズには悪いけど、説明する時間も勿体無い。救われたこの気持ちをどう返したらいいものなのか、後で考えるから今は許してほしい。
涙をぐいと乱暴に拭って、思考を巡らせる。
ノースマークではとにかく知識を詰め込んだ。研究室を開設してからも参考資料は山と読んだ。何か使えるものはないかと記憶を辿る。
ふと、ウォズの落としたスライムと目が合った。
いや、スライムには目も視覚もないから何となく。
スライムについて研究したなんて、とてもリッター先生には言えないレベルだけど、今年に入って暇つぶしに色々観察した。
その中にはなかなか気になる生態もあった。
何よりこれは、魔漿液の塊だよね。
私はむんずとスライムを掴み上げる。
離すとコロリと転がる。
うん、思った通り。当たり前だけど、これで1つ検証ができた。
もう一度掴み上げると、今度は魔法付与を試してみる。
少し抵抗があったけど、こちらも問題なく入った。スライムが崩れる様子もない。
よし、これで2つ目も終わり。
次はキャシー達がいるスライム濃縮装置へ走る。
順調に蒸留は続いているし、ウォズも追加を持ってきてくれたから、魔漿液に問題はない。私の用事は蒸留設備そのもの。
「! お嬢様っ!?」
私がしようとしている事に気付いたフランが悲鳴を上げたけど、構わずボイラーを熱し続ける火の魔石に掌を押し付けた。
「―――!!!」
あまりに痛くて、悲鳴は形にならなかった。
手を焼いた時間は1秒にも満たない。火傷が重篤化するまで続けたいところだったけど、根性無しの私は、これ以上我慢できなかった。
慌てて引き離したら、皮膚表面がベリと剥がれて、拭った涙がまた溢れそうになる。
回復魔法を使って早く楽になりたいところを我慢して、傷ついた手で再びスライムを掴む。
しばらく待ってから、また手を離したけれど、今度は落ちなかった。
うん、思った通り。
これで検証はほとんど済んだ。推論は証明できたから、後は付与魔法を施したスライムと、焼いた掌の接触面をじっくりと観察する。
私があんまり真剣な顔をしてるからか、周囲の誰もが声も上げずに見守ってくれてる。私の火傷を心配するフランは、珍しくオロオロしてるけど、実験と察して何も言わないでくれた。
でも、私より泣きそうだよ?
スライムは魔素を好む。なのに、虫や小動物も捕食するのは何故か、気になったので少し調べた事がある。
結論は、虫や小動物が死んだ際、漏れ出る含有魔素を捕食する為。
人間同様、全ての生物は魔素を取り入れ、魔力を生成する。体内魔力は保有者が死ぬと、指向性を失って魔素として溢れ出る。スライムの目的はその魔素であって、死骸の分解は残った魔素を残らず回収する為だと思う。
生きた虫とその死骸を並べてみると、結果は覿面だった。
明らかに死骸を好んで捕食する。死んでから時間が経つと魔素の抜け殻になるのか少し興味を無くすけれど、生体を優先する事は無かった。
生きた虫や小動物でも、取り込めばすぐに窒息して死骸に化けるのに、進んでそれをしない理由はよく分からない。もしかすると、小動物であっても攻撃してくることはあるから、自衛の手段としてなるべく近付かないのではないかと考えている。
素手で触れても吸い付こうとしなかったのがその証拠。
多分だけど、対象の魔力の大きさを感知して、捕食の可否を判断しているんじゃないかな。大きな個体が鼠を捕食した例はあるけれど、人間は勿論、犬猫だって捕食しようとした話を聞かない。
ただ、素肌の表面は這おうとするから、排出される魔素だけ求めるみたい。
でも、火傷跡には明らかに吸い付いている。
よく見ると、損壊した部分だけを分解している。壊死した皮膚は、死骸と同じ認識なんだと思う。
掌を焼いた瞬間、ラバースーツ魔法でモヤモヤさん漏れがない筈の掌は、真っ黒だった。損壊と同時に皮膚の含有魔力が魔素として溢れたと見て間違いない。
痛い思いをした甲斐はあったよ。
更に、損壊皮膚組織の分解と同時に、私の手は元の素肌を取り戻していく。
これは私が事前にスライムに付与した効果。
付与したイメージは、治癒と鎮痛。その効果は怪我した私が何より実感してる。
ただし、私は術式を刻んだだけで、魔力の充填は行っていない。そもそも、魔力を注ぎ込むと、脆弱なスライムはすぐに死んでドロドロに崩れてしまう。
そして、魔物は魔法を使えない。
だから、この治癒と鎮痛作用は、スライムが生態として行っている。
詳しくは後日調べてみるけれど、私が付与を行った瞬間、核の機能が書き変わったんだと思う。水から魔漿液を作る不思議生物だから、魔法に反応して変質するんじゃないかと考えた。実際、接触対象の治癒と鎮痛を自動で行う新種に変わってくれた。
もしかしてとは考えてたけど、こうも上手く嵌まるとは思ってなかった。
これで、魔素を与え続ける限り、スライムは治癒能力を使い続けてくれる。特級回復薬どころか、中級品にも及ばない程度の効力だけど、火傷治療に適したスライムに仕上がってくれた。
本当にこれで大丈夫?
また中途半端な結果になるんじゃないの?
上手くいったと思い込みたいだけじゃないの?
振り払った筈の弱気が、鎌首をもたげる。
インバース医院でアシルちゃんに特級回復薬を使った時ほど自信が持てない。
生み出した技術を誰かに使うのが怖いだなんて、初めて知った。
推論なんて呼ぶのもおこがましいほどの思い付きでしかない。もっと実証実験を行って理論を補強した方が良いんじゃないか?
つい、そんな弱音を吐きそうになる。
そんな時間があるならしている。
今ある技術じゃ助けられない人がたくさんいるから知恵を絞ったんだ。
さっき私を振るい立たせてくれたウォズを見る。
次は何をすればいい? 全身でそう言ってくれている。私の思い付きを形にしようと待ち構えてる。
それを見て心が決まった。
「カンバー先生、回復薬の経静脈投与、効果あると思いますか?」
「!!」
まだ検証すらしていない思い付きを口にすると、カンバー先生は驚愕の表情を浮かべた。
治療スライムはできたけど、回復に時間がかかる事に違いはない。だから、少しでも時間を稼ぐ方法を考えた。身体を内から活性化すれば、繋げる命は増えると思う。
けれど、カンバー先生に意見を求めてから考え直す。
私は専門家じゃないけれど、今は責任者としてここに居る。それは間違いなく、アドラクシア殿下から託された。
なら、意見を訊く事はあっても、判断を委ねる事をしてはいけない。
医師だからこそ、前例のない事に安易に縋れない。私に話を振られて迷うカンバー先生に続けて言い付ける。
「今すぐ確認してください! 黄色輪か軽傷者に確認を取ってから、効果の聞き取りをお願いします。私は、その間に次の準備を進めます!」
「は、はい!」
私の有無を言わさない様子を察して、すぐに駆けて行ってくれた。
時間がないのはあの人も知っているからね。
「ウォズ! 持ってきたスライムの半分を渡して! もう半分はキャシーと協力して培養させて」
「はい、分かりました」
こっちは流石に迷いがない。
説明を省いてるから何も分かってないだろうに、何の不満を言わずにスライムの箱を開けてくれた。
中はびっしり詰まっていて、外からの見た目以上に数が多い。
次々掴んでは、魔法を付与していく。
その数なんと、148匹。勿論、もう半分は既にウォズが運んでいった。これだけを集めてくれた事、本当にありがたい。これが無かったら、折角のアイディアも生かせなかったかもしれない。
箱に押し込み直す時間は無いので、フランとベネットに抱えてもらって、救護テントへ急ぐ。
碌に検証実験を行っていない治療を、これから実地で試す。
人体実験そのものだ。
これから私は1000人以上の命を背負う。
理論に穴があれば、その多くの命を奪う。
それでも、やらなきゃいけない。
彼等全員を助ける事を、何より私が望んでる。
怖い。
そんなの当たり前だよね。前世含めて、人の命を預かった経験なんて無い。それがいきなり1000人分、怖いに決まってる。
でも、震える心を無理矢理落ち着かせる。
弱みは絶対に見せられない。虚勢であっても、人前では平気そうな仮面を被る。
再び救護所に現れた私に、視線が集まった。
そこに込められた感情は、多分、期待が多め。噂の再現を私に望んでる。特級回復薬は用意できないって知らせてないからね。
その期待を裏切るって知って、私は声を張る。
「スカーレット・ノースマークが命じます! これから、新しい治療を試します! 皆さん、私の指示に従ってください!!」
お読みいただきありがとうございます。
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