復興聖女 2
黄輪760人、赤輪412人、そして白輪が56人。
重くのしかかる数字を伝えて、回復薬作成を急いでもらう。
アドラクシア殿下から返却された特級回復薬19本は、中でも特に予断を許さない人達へ回してもらった。
おかげで少しだけ余裕ができたけど、じっとしている事はできなくて、私も魔法付与に参加する。できるなら多くの人に手伝ってもらいたいところだけれど、無属性の人って少ないからね。
異なる属性は害になるから、今回みたいに身体の弱った人へ投与したら毒になりかねない。
どうにもならないから、マーシャ達魔法付与装置班に任せるしかない。
充填した魔漿液瓶を装置に並べて付与と同時に魔力を流し込む。
魔力を込める際の傾向として、含有魔力濃度が高くなるほど時間がかかる。低級なら1分、中級なら3分と早いけど、上級なら15分と作成時間は長くなる。
準備した装置は10基。一度に20本の魔法付与が行える。
今から新しく組むのは現実的じゃないけど、1基を特級用に借りても1時間あれば赤輪の人達分の上級回復薬は揃えられる。
後は私が少し無理して特級を作れば―――そう思ってた時、連絡用に救護テントに残してきたベネットが駆け寄ってきた。
「え……? 上級回復薬じゃ、効果が足りない?」
「は、はい……。煙を吸った方や瓦礫に巻き込まれて怪我をした方への効果は間違いないのですが、火傷で、特に重篤な火傷で運ばれた方には効き目が薄いそうです。それで、カンバー先生が特級回復薬で数を揃えられないか、と……」
伝えるベネットも辛そうだけど、私はそれどころじゃない。
「そんな……だって、だって、特級の調製には―――3時間もかかるじゃないですか!?」
近くで聞いていたマーシャが悲鳴を上げた。
他の職人さん達にも動揺が走る。
―――そん、な……。
助けられると思っていた。
私達の作ったものの力を信じていた。
零れ落ちる人は出てしまうかもしれない。それでも何もしないよりいい……って。
なのに。
3時間後、まだ生きていてくれる人はどれだけいる? 6時間後は?
500近い人を―――諦めないといけないの?
考えるべきだった。
知識としては知っていたのに。
知っていた筈なのに……。
火傷は熱によって皮膚が損壊した状態を言う。
浅く済めば自力の再生も可能だけれど、深くなるとそれは望めない。その為、壊死組織を除去して、皮膚を移植する手術などを受けると聞いた。
つまり、皮膚組織が深く損壊した状態では、魔法で再生を促す回復薬の効果は限定的になる。特に、今の経口回復薬は身体全体に魔法を巡らせるから、どうしても部分的な効き目は弱くなる。
塗布薬も開発中だけど、まだ量産の目途は立っていない。
手作業になるから特級並みの製造速度になるし、多分、壊死組織が蓋になって、魔法効果を健常部に届かせるには濃い魔力濃度が要る。
壊死組織を除去できればいいけど、感染症を抑えて、患者の体力を保たせながら、それができるだけの設備はこの王都にどれだけある? それに、それだけの病院に患者が既に運ばれてない筈がない。ガーベイジ馬鹿爵は論外として、ぱっと見、あの救護所に貴族は少なかった。つまり、そういう事だと思う。
特級回復薬が用意できるなら、そんな理屈もまとめて引っくり返せる。人体含有魔力の10倍量は伊達じゃないけど、製造時間は短縮できない。
大量生産の予定が無いからって、充填時間短縮の研究を怠った自分を殴りたい。
人を助ける為の薬なのに、なんで非常時の事まで考えなかったんだろ……。
2倍3倍と魔力量を振って最低限を見極める?
いや、似た実験は既にしている。
その上で、蘇生薬と言える効果を持たせる為に決めた濃度が10倍量だから、壊死した皮膚組織を元に戻すにはこれ以上品質を下げられない。
魔力の扱いに慣れた私なら、短時間での魔力充填も可能ではある。
でも、それをしたとして、掌握魔法を使ってほとんど魔力の残っていない今の私に何人救える?
「そんなに、気になさらないでください、スカーレット様」
気遣うような、優しい声がした。
カンバー先生だ。
「すみません、侍女さんに伝言を頼んだ後、無茶を言ったと気付きました。スカーレット様の薬に全く効果が無い訳ではありません。熱傷の急性症状、血圧の急激な低下や細胞外液の喪失は防げました。無理は言いませんので、先程お伝えしたとおり、上級回復薬の用意をお願いします」
汗腺喪失による体温調整不全は?
壊死の進行は?
感染抵抗力の低下は?
何より、痛みと精神への負荷は?
カンバー先生は気を使って言ってくれてるんだろうけど、超えなきゃいけない問題が多過ぎる。
「……すみません、私も医者でありながら、スカーレット様の見せてくれた奇跡にすがってしまいました。どうにもならない現実があると知っていた筈なんですがね」
そんな事、言わないでほしい。
技術で誰かを助けられるなんて自惚れた私が悪い。
私が奇跡なんて見せなきゃ、無駄に失望なんてさせずに済んだのに。
「……ここからは我々医者の仕事です。無力を背負うのも私達がします」
アドラクシア殿下の期待を。
大見栄張った私に応えてくれた仲間達を。
疲労も濃い中、私に礼を言ってくれた先生達を。
聖女の名前を聞いて、もしかしたら助かるんじゃないかって、少しほっとした顔を見せた人達を。
じんわり涙を浮かべたあの人達を―――裏切ったのは、私だ!
できる事をしようなんて言って、一番現実が見えていなくて、綺麗事だけを言っていた子供だった。
情けなくて涙が溢れそうになるけど、そんな狡い事はしちゃいけない。
本当に泣きたいのは、私以上に無力を嚙み締めている先生達や、理不尽に炎に焼かれて死にそうになっている患者さん達の方だよね。
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