じっとしていられない
消火を終えた私は、急いで研究室の皆と合流した。
フランは指示通りに動いてくれていたけれど、帰りに覗いてみた限り、在庫の回復薬、百や二百では残念ながら足りそうにない。
だから、強硬策を考えた。
「被災現場で薬を作ろう!」
帰って早々に宣言したら、ポカンとした顔を返された。
どう見ても、私の考えについて来れてない。
「お嬢様、もう少し詳しく説明をお願いします。被災現場は混乱しているでしょうし、危険も伴うと思います。そんな場所へ行く事は可能でしょうか?」
え? そこから?
研究室に籠っていて火事が起きた事自体聞いたばかりで、私の突然の提案に混乱するばかりのキャシー達に代わってフランが尋ねる。
彼女は私が火を止めに行った事を知っているけど、そう言えば、もう終わったとは伝えてないね。
「大丈夫、もう火は消えて救出活動が進んでる」
「「「本当ですか!?」」」
いつまでも炎が広がるような最も悲惨な状況は越えたと知って、皆安堵した様子を見せた。
「でも怪我人は多いから、少しでも多く回復薬が欲しい。でも、魔漿液が無いから追加で作れる量には限りがある。そうでしょう?」
「はい。そう、そうです」
「被災者は火傷を負った人が多いだろうから、回復魔法でも効果が高いよね。だから、魔力を回復させるポーションも作れるだけ作って配ろう。物質には魔素が含まれるけど、燃えたり壊れたりした場合には対象から溢れて漂ってる筈だから、被災現場では魔素がたくさん集まるよ」
ついでに今は、私がばら撒いたモヤモヤさんも漂っている。掌握は長く続かないから、もう私との繋がりはない。
「なるほど、つまり、つまり医療関係者をポーションで支援するんですね」
「それだけじゃないよ。魔素が集まるなら、スライムの培養もできるかもしれない。ぶっつけになるけど、実験してみよう!」
「え!? レ、レティ様、火事の現場で新しい実験するんですか? 不謹慎とか怒られません?」
「勿論きちんと許可は取るよ。駄目って言われたらそれまでだけど、回復魔法を連続使用した場合の疲労まではポーションでは補えないし、瓦礫に巻き込まれたり、煙を大量に吸って倒れた人もいるから、回復薬は絶対に必要になる。それに、こんなに沢山の人に回復薬を試せる機会を逃す手はないと思うけど?」
誰かが傷つく事なんて望んでない。
でも事件が起こってしまった以上、次に繋げる形で生かしたい。
まるで備えはないけれど、ここでの活動が、大規模災害時に回復薬を活用した場合のテストケースになる。
これで回復薬の実用化が早まれば、それだけ多くの助けになるしね。
「この王都は、水害に遭う度に、周辺貴族の善意で復興を繰り返してきた。今度は水害じゃないけど、私達の善意で復興に尽くそう!」
「はい! 元よりカロネイアは武門として復興を取り仕切る立場にあります。否はありません」
16年前の大戦では、クーロン王国を押し返した活躍が有名だけど、戦征伯はその後の復興にも多大に貢献してる。
彼女のお父様の心情的には、護る事こそ本懐なんだろうね。
「私、私は、技術で国を支えようとするレティ様の信念に共感してここに居ます。私の、私達の研究は、人々の為に還元されてこそ、ですよね!」
「あたしも同じ気持ちです! この機会に、あたし達の研究は凄いんだって、王都中の人に知ってもらいましょう」
「私も今は商会の後継ぎとしてでなく、将来国を支えるべく集められた学院生としてここに居ます。後に続くかもしれない者や、学院を外から見る事しかできない者達に、規範となる姿を示しましょう!」
お金と指示だけ出して、後ろに居るのが普通の貴族だと思う。でも私はそれだけの貴族にはなりたくない。
そんな私の我儘に答えてくれる仲間達が頼もしい。
「よし! できる限りに声を掛けて手伝ってもらおう。こんな事態だから、人手は多い方がいい。回復薬が奇跡って言うなら、それが本物だって多くの人に知ってもらう機会が今だ。今日こそ、その歴史の本当の1ページ目を刻もう!」
「「「「はい!!」」」」
私の檄と同時に皆が駆けだしていく。
私も、私にできる限りの事をしよう。
まず、私はオーレリアと連れ立って王城に向かった。
私は勿論、回復薬作成とその投与の許可を貰う為。
薬はまだ正式に認可されていないし、今日の被害者には貴族も含む。加えて新しい実験をして、彼等をその被験者にしようって訳だから、偉い人の許可が要る。
被災現場に出る以上、収束に当たっている軍との連携は必須。
オーレリアに話を通してもらいたいところだけれど、カロネイア伯爵はこの非常時に娘と会う事を優先する人じゃない。縁故が使えないなら、国から命令してもらった方が早い。
待たされる事は覚悟していたから、キャシー達にはできる限りの指示を出してきたんだけど、職員に来訪目的を告げてほどなく、城の奥へと通された。
驚いた事に、迎えてくれたのは第1王子。
どう考えてもこの状況で暇な筈はないから、無理を通してくれたみたい。
急いでいるのはお互いに同じ。挨拶もそこそこに本題に入る。
書面を作る時間も惜しんだから、全て口頭でまくし立てたけど、アドラクシア殿下は迷う事なく全面的に許可をくれた。
あんまりあっさり受け入れられて、私の方が戸惑うよ。
「正直、其方達の力を借りられるのは有り難い。後継者争いに終始して牽引力は無いと思われている私達より、聖女として有名になりつつある其方が表に立った方が民に安心を与えるだろう」
この決断の速さで、牽引力がないなんて思わないけど。
「火は奇跡的に消し止められたらしいが、負傷者は多いと聞いている。噂の回復薬が用意されていると聞けば、傷付いた者達の心も支えてくれる筈だ」
そこまで考えてた訳じゃないけど、今の私って、奇跡と慈しみの代名詞なんだっけ。
「それから、これも届けてくれ」
そう言って、殿下の側近から受け取った箱の中を見て、また驚いた。
今日私が持ってきたばかりの特級回復薬。王族に万が一の場合にと用意したそれが、ほとんどそのままここにある。おまけにジローシア様に献上した化粧水もどきも一緒に。
「非常時だ。最悪の備えは父の分があればいい」
「! ……宜しいのですか?」
「構わん。後日、改めて提供してもらえると助かるが、今は、本当にそれを必要としている者達の為に使ってくれ」
わー、男前。
戦争主義さえなかったら、誰もこの人の立太子に反対しないだろうにね。
特級は勿論、化粧水もどきにも魔漿液は入ってる。少し魔力を足せば、間違いなく火傷の薬として使える。
「だがここで表に立つと、今は噂で済んでいる聖女の立場が、不動のものとして確定する。其方にその覚悟はあるか?」
そうでないなら後方に居ろと、警告してくれる殿下は優しいよね。
「元より、立場の代わりに多くを背負うのが貴族です。私が聖女と祭り上げられる事で、多くの安心を届けられるなら、どれほど重くとも、喜んでその名を背負いましょう」
むず痒いけど、使えるなら何でも使うよ。
「そう、か。ならば、其方達に改めて命じる。軍と協力し、負傷者の救護に当たってくれ。……民達を頼む」
「「はっ、畏まりました!」」
王様ほどじゃないけど、頭を下げるなんてあり得ない殿下の最後の呟き。そこに込められた想いも一緒に背負って、今は被災現場へ急ごう。
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