閑話 とある店主の災難 上
今回はモブ視点です。
長くなったので続きます。
王都の北、河川港は貴族区西側への貨物運搬の他、遊覧船の発着場としても利用されている。
もっとも、冬の寒さが厳しいこの頃、観光業は休養期で、主に係留地として役目がほとんどだ。貨物船の入港時以外、閑散とする場所になっている。
食事処・ファシールはそんな港湾区のはずれにある俺の店だ。
基本的に城壁を兼ねた堤防に囲まれた王都で、珍しく河面の見える場所だからと、北側はガラス張り、オープンテラス席も用意してる。
料理と景色の両方を楽しませる店を目指して、観光に来た人達を呼び込む為のアイディアだったが、遊覧船を目的に来るのはお貴族様ばかり、俺の店なんざ、景観の一部くらいにしか思われなかった。
代わりに来るのは、腹に溜まれば何でもいいと思っていそうな作業員達。職場から近いからと通ってるだけで、景色なんて見飽きて顔も上げない。
歴史なんてない。
40歳になるまで雇われ仕事と下働きで貯めた金を叩いて、漸く手に入れた俺の店だ。
知人には止められた。
こんなところで店を出しても上手くいく筈がないと。
分からないでもなかったが、前の店の俺の稼ぎでは、東の大通り近くに店を構えるならもう20年はかかってしまう。老齢に足を突っ込んでからの再出発なんて、ご免被る。
もっとも、若い頃から、女と付き合う暇があるなら、出汁の取り方や包丁捌きを磨くのに使っていたせいで未だ独り身だ。20年後も30年後も、飯を作る以外生き方を知らないがな。
場所柄調べた船の出入り表によると、今日は入港の予定がない。
つまり、客入りも期待できない訳だが、閉めてしまうと来てくれた客をがっかりさせてしまうんじゃないかと思うと、下拵えを止められない。
たまに、ふらりと寄ってくれる客はいるんだ。
作業員以外で繰り返し来てくれる人は少ないがな。
他に多いのは、貴族区画が近いから、その使用人が訪れる。お使いなんかで外に出るついでであったり、河川港には鮮魚も持ち込まれるので、それを品定めに来た料理人だとか。
実を言うと、腕を見込まれて彼等に誘われた事はある。
だが、その選択肢は俺に無い。
俺は裕福な家の出だ。平民だったが、俺を王立学院に入れるくらいに資産があった。俺もそれを名誉と思って勉学に励んだ。
でも、貴族が俺を受け入れる事は無かった。
俺が生意気だと絡んできた奴がいた。
平民なのに成績がいいのはおかしい、と。そこにどんな繋がりがあるのか、今もって謎だが。
俺は逆らわなかった。貴族と揉めてもいい事はない。だから素直に謝った。
なのに父さんは殺された。
証拠がないと裁かれる事は無かったが、俺を生意気に育てたせいだと、あいつ等は嗤ってやがった。俺が気に入らないってだけで人を殺しても許されるくらい、今は降格したらしいが、侯爵家ってのは偉いらしい。
何でも、あいつの気に入った女が俺をかっこいいと言っていたとか。後で聞いた事だが、どちらも迷惑な話だ。
父さんが死んで俺は学院に居られなくなり、母さんは逃げた。
金回りのいい男爵の愛人になったと聞かされた。
全てを失った俺は、料理人をしていた遠縁の叔父に拾われた。かなり酷い環境で下働きを続けて、技術だけは身に付けた。
叔父の店も長くなり始めた頃、ヒエミ大戦がはじまって、俺は臨時徴兵に売られた。
散々な目には遭ったが、そこで死ぬほど俺の運は悪くなかったらしい。ただ、帰ってみると、叔父の店は無くなっていた。どこへ行ったかも分からない。
その後すぐ、国の為に戦ってくれたお前に何でもさせてくれと、雇ってくれた師匠には今でも感謝している。修行先となった店には長くいたが、貴族の機嫌を損ねて料理長の腕が折られた。何とか店を続けようと足搔いたけれど、長くは持たなかった。
貴族に関わると碌な事がない。
俺はどんなに苦労していても、貴族の世話になる気はない。
暇が嫌な記憶を掘り起こし始めていた時、ふと入口のベルが鳴って顔を上げた。
「……何だ、お前かシリオン」
「客に、いらっしゃいませも言えない店は、流行らんぞ」
「心配するな、お前限定だ。聞いてる客もいねぇよ」
残念ながら、知った顔だった。
前の前の店で一緒だった同僚。店で顔を合わせるだけだから、友人ってほどでもない。同門ってのが適当かな。
当時の店が、貴族様の不興を買って潰れた後、小さな店に下働き同然で雇われた俺と違って、こいつは魔導変換炉近くのレストランに入って、今では副料理長を務める成功者だ。
近くに住んでる訳でもないのに、時々やってきて、スープが辛いだの、肉の焼き加減が甘いだの、文句をつけては帰っていく。とても仲良くなれる気はしない。
「副料理長様はお休みか?」
「寒い日が続いて客足は減ってるからな。俺一人しばらく店を空けても店は回るよ」
ちっ。
俺とは違うと言われてるみたいで気に障る。
「注文は任せるから、何かうまいのを頼む」
「へいへい」
こう言うのもいつもの事だ。
折角だから、食品ロスの削減に協力してもらおう。
「相変わらず、オットーは繊細に盛るな。ここの客層じゃ、見る前に腹の中だろうが」
カルパッチョを摘まみながらシリオンが揶揄う。
これだけはシリオンにも負けてなかったって胸を張れるからな。
活きの良いホタテは俺の晩酌用だったが、垂れ流される文句を塞ぐ為なら安いだろう。軽口まで止める手段があれば尚いいが。
「いっその事、ライスの上に盛り付けてみたらどうだ? 海の向こうじゃ、丼って言うらしい。何でも、米の上に生の魚を盛り付けたものまであるらしいぞ」
「そんな気持ち悪いもの、誰も食わんだろ」
刺身って食べ方は、お貴族様を中心に広がっているらしいが、あの生臭いものを米に? 無いな。
「生魚は冗談だが、考え方次第じゃないか? ハンバーガーにしたって、サンドイッチにしたって、パンと合わせる為に中身も工夫する。米と合わせる為に肉や魚の味付けを考えてみるのも面白くないか?」
今ではこの辺りでも普通に食べるようになったが、米は東の大陸から入ってきたもので歴史は浅い。新しい食べ方を考えるのは悪くないかもしれない。
こいつに触発されるのは面白くないが。
米と一緒にかき込むだけで手軽に食べられるなら、この辺りの客層にも合うかもな。
「で、俺に実験させて上手くいったら、お前の店で使うのか?」
「うちの客層には合いそうにないから遠慮しとくよ。儲かったなら、奢ってくれればそれでいい」
「ちっ、貧乏食堂にたかるな」
「まあまあ。……俺は米を野菜や卵と一緒に焼くって料理を試してるんだけどな、米がベシャベシャになってとても客には出せん」
「賄いにするくらいなら、手間もかからずいいかもしれんな」
「失敗作は既にそうなってるに決まってるだろうが」
流石副料理長、試作品の失敗は部下が処理してくれるらしい。羨ましい事だ。
この後も、適当な事を取り留めなく喋ってから、シリオンの奴は帰っていった。
「~~~♪」
今日のあの野郎は、味についての文句が無かった。勝負に勝ったみたいで気分がいい。気が付くと、柄にもなく鼻歌を口遊んでた。
他に客が来る気配もないし、あいつにアイディアを貰ったからって訳でもないが、料理の試作でもしてみようか。あいつに提供しただけでは、余りそうな食材は大して減ってないしな。
まずは米を炊いてみようか、いや、いっそ出汁で炊いたら肉や魚と合わせやすくならないか、そんな事を考えていた時だった。
ドンっ!!! と、身体に芯まで伝わるような大きな音がした。
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