私の魔法
やっとここまで辿り着きました。
今回の後半部分を書きたくて、この小説が始まりました。
楽しんでもらえると幸いです。
ドライア子息には逃げられてしまった。
術師タイプと聞いていたけれど、追い詰められて強化魔法を使ったかな? 一応、そういった例もあると聞いている。
意識した訳じゃないだろうけど、発光から突然の強化発動と続けられたら、騎士の不覚も責められないよね。
まあ、ここから逃れたからって、何処へ行くのかって話だけども。
既にアノイアス殿下が情報を引き出してるから、今の罪状だけで逮捕は免れない。実家が守ってくれる筈もないし、そもそも伯爵家自体の存亡が怪しい。
国に手配された者を匿えるのは反社集団くらいだと思うけど、甘やかされたボンボンがそんなところで生きていけるとは思えない。それ以前に、無駄に気位だけは高かったから、助けられるのが当たり前くらいに思ってて、誰かを頼るなんて選択肢、無いんじゃないかな。
罪がほとんど確定したなら、貴族を裁くのは国のお仕事、私にできる事なんて残ってない。
それより、伯爵令息がいなくなった途端、全てを彼に擦り付けようとみっともなく喚いてる人がいる。
「儂は何も知らなかったのだ。あの小僧に騙されただけだ。見ただろう、あの人を見下した糞餓鬼を。一度賄賂を受け取った弱みに付け込まれて、逃げられなかったのだ。いいように使われた儂は、被害者だ」
良い歳のおっさんが、酷く見苦しい。
とりあえず、これを黙らせなきゃかな。
どう考えても言い逃れができるとは思わないけど、この人はエッケンシュタイン元・侯爵家の縁者、もしかしたら歴史に傷をつけない為の忖度があるかもしれない。
魔塔から追い出す代わりに、罪をなかった事になんかされたら、この人の影響力が魔塔に残ってしまう。エッケンシュタインってだけで従ってしまう研究者は意外と多い。
だから、ここで止めを刺しておこう。
実家に見放されるくらい失点を付ければ、エッケンシュタインの名前も意味を成さなくなる。守ってくれる人もいなくなるだろうからね。
丁度、お使いを頼んだフランが城に入ってきた。
彼女には、オーレリアと一緒に軍の報告書を受け取りに行ってもらってた。念の為に城で合流できるよう、手続きをしておいた甲斐があったみたい。
玄関ホールの真ん中で言いがかりをつけられたものだから、ここへ向かうフランも非常に目立つけど、躊躇う様子は全く無い。丁寧に礼をしてから私の後ろにそっと並ぶ。
ベネットには悪いけど、安心感が違うよね。
「おや、何か良い報告ですか?」
「はい。戦征伯率いる国軍が、先日、とある犯罪者の拠点を襲撃しました。その報告書です」
「!!!」
「犯罪者組織の名前は黒曜会。残念ながら、彼等は複数の拠点を構えており、幹部全ての捕縛はできませんでしたが、不正の証拠を多く押収したそうです。それらを精査したところ、複数の貴族とのつながりが明らかになっております」
フランが届けてくれた書面を殿下に差し出す。
後日、正式版が上がって来るだろうけど、導師に引導を渡してもらう為、経過報告書も確認してもらう。
導師さん、拙い自覚はあるみたいで、既に頭も上げられずに震えてるけどね。
「なるほど、エッケンシュタイン導師の名前もありますね。黒曜会はクーロン帝国とも繋がる反社会的勢力です。国営機関に所属する者の癒着は、重大な背任行為です」
案の定、ドライア伯爵家の名前は無かった。だから、導師が随意で犯罪に手を染めた証拠にもなる。
ところで、ニュースナカでの襲撃と導師の関わりは不透明なまま、なんだよね。今回の調査でその証拠が見つかると期待してたけど、残念な事に何も出てこなかった。
「いや、儂にそんなつもりは……」
「知らなかったで済む事ではありません。売国疑惑も含めて、詳しく話を聞かせてもらいましょう」
冷酷に笑う殿下は、近衛に尋問室へ案内するよう命じてた。
一応、拘束条件は満たしていないものとして扱うんだね。
導師は貴族じゃないから、疑惑が濃厚な時点で逮捕できるんだけど、立場ある人物として、貴族に準じた沙汰を下すみたい。魔塔の歴史への配慮だろうね。
貴族と認められるのは、爵位を持つ当人と、その親族。
ただし、貴族として生活するだけで巨額の資金が要るし、親族が多いと高い確率で後継者問題で揉める。だから、家の仕事を任せない男子や、貴族に嫁がない娘は、成人した時点で籍を抜くのが一般的。
導師の場合もこれに当たる。
実家とのつながりが切れた訳じゃないけど、籍は無いから貴族扱いはされない。
「ありがとうございます、ノースマーク令嬢。おかげでいろいろと手間が省けました」
アノイアス殿下がご機嫌で笑ってる。
この場合の手間っていうのは、伯爵子息と導師の罪を明らかにできた事だけじゃなくて、手を煩わせる事なく魔塔の改革に着手できる事も指すんだろうね。
第2王子派の息がかかった者を次の導師に据えられれば、殿下の影響力は嫌でも広がる。
腐敗を許すような人じゃないけど、私達中立派も適当な人選をしなくちゃいけない。
「漸く貴女と接する機会を持てましたが、なかなか容赦のない方ですね。噂より過激で驚きました」
「ノースマークは中立を自任していますが、国事に関わらない意思表示ではございません。むしろ、国を想うからこそ、膿は積極的に正しましょう」
膿と聞いて、アノイアス殿下が第3王子を横目に見る。
そっちはまだ処理するつもりは無いよ。
「なるほど、侯爵に似てはいるが、迎合するだけの子供でもないのですね」
「先程、アドラクシア殿下にもお言葉をいただいたばかりです。聖女として周囲に認識されるようになった以上、子供のままでいる事は許されない、と。心に刻んで、国に尽くす所存です」
と、殿下と角突き合わせていたところ、慌ただしく城内に入ってくる集団が目についた。
装いからして騎士団じゃなくて軍属、それも只事じゃないのが雰囲気で分かる。
多分、緊急の伝令に来たんだろうと思っていると、一団の数名が玄関ホールに居るアノイアス殿下に気付いて、駆け寄ってきた。第3王子も、一応いるしね。
残りは急いだまま奥へ走って行く。陛下やアドラクシア殿下に報告に行ったんだと思う。
場合によっては、私はここに居ない方が良いのかもしれない、そう思って離れる旨を告げようとしたけれど、それすら待てなかったみたいで、兵士が先に口を開いた。
「殿下方、緊急につき、失礼致します。王城より北北西部の河岸付近で、火事が発生。対応中のカロネイア将軍の指示で、報告に参りました。火薬に引火したらしく、短時間で火の勢いが上がり、周囲の建物に延焼中。消火を続けておりますが、火災範囲の拡大を止められておりません」
火事と聞いて息を飲む。更に続く状況報告には、言葉もない。
「将軍は非常時と判断して、所属を超えた水属性術師の招集を要請しております」
王都には水属性術師をメインに構成された消防団が存在するし、それでも手に余る災害の場合には軍が出動して鎮静化に当たる。カロネイア将軍はフットワークが軽いから、状況を見て早い段階から出動したのだろうけど、まだ足りないほど被害が酷いらしい。
魔素から生み出す水では足りなくて、河の水を動かす為の人員を必要としてるみたい。
「分かりました。父の判断の場には私も立ち会います」
アノイアス殿下も、状況の拙さは察したみたいで、言うと同時に駆けて行った。
勿論、私にできる事なんてないから、頭を下げて見送ったよ。緊急時には、私の事なんて気にしなくていいって、態度で示すのが大事。
さっきまで野次馬してた人達も、王城の職員だけあって、素早く自分達の部署へ散って行った。どこまでマニュアルがあるか分からないけど、上司の指示を仰がなきゃだよね。
未成年の小娘が駆り出される事態は無いだろうから、私は学院に戻って指示待ちかな。
とにかく、城を出よう。
パニックでへたり込んでる第3王子とか知らないから。
冷静を心掛けてるつもりでも、気が急いて足早になってしまう。
けれど、門を通って、足が止まった。
王城は高台にあるから、王都の街並みが見渡せる。
その王城の南の空が赤く染まっている。
「まさか、こんな……」
思わず零れたベネットの呟きは、私の代弁でもあった。
報告を横で聞いて抱いていた、恐ろしい火事現場の想像は、現実にあっさり上書きされた。
火の元は、多分、川沿いにある倉庫区画。
トラックが一般化する以前、海の向こう側から持ち込んだ物品を、王都の西側へ運ぶ為の中継地点。今でも時折、貨物船が河を上って運び入れてる。
入港時は人通りも多い場所だけど、それ以外では閑散としている。人的被害は最低限で済むかもだけど、立ち並ぶ倉庫には可燃物も多い。
それに、既に火の手は貴族街に届いている。
こんな酷い火事、前世のテレビでくらいしか見た事がない。記憶にあるそのニュースで燃えていたのは山林だったけど、目の前で燃えているのは人の営みだ。
「助けなきゃ」
できる事をしよう。じっとなんて、してられない。
「フラン! 急いで研究室に戻って、回復薬をかき集めて。在庫を全て吐き出してもいいから、被害者の救済に提供して! ベネットは王城に戻って、回復薬の提供を伝えて。一秒でも遅れれば、それだけ被害が広がる。だから急いで!」
スピードを出せない車なんて待っていられない。
フランなら、強化魔法に風属性の補助を纏って、肉食獣並みの速さで長距離を駆けられる。
「……お嬢様は?」
2人が指示通りに動いたら、私が余る。
大人しく車で戻る、なんて受け取ってはくれなかったみたい。
反対されるだろうから、できるなら伝えずに済ませたかったけど、誤魔化されてくれそうにない。仕方ないから、何でもないふうを装って答えた。
「私はあそこで、火を止めてくる」
「「―――!!」」
指差したのは赤い街。
意図が伝わらなかったなんてないし、立場的にも心情的にも言いたい事がないなんてあり得ない。
でも多分、2人共、諫める言葉を飲み込んでくれた。
私ならもしかしてって淡い期待と、無茶はしても無謀はしないって信頼、あと、どうせ止められないって諦めもあるかもだけど、お嬢様の我儘を通してくれた。
なら、その信頼には応えなきゃ、ね。
ラバースーツにいつも以上の魔力を注ぎ込む。イメージは強化外骨格、パワードスーツ。二回りくらい大きな自分を纏う姿を想像する。
こんな時に備えて作った、認識阻害の魔道具にも魔力を通す。
無茶をする以上、素性を隠すのは必須だからね。
フラン達が命令を遂行しようと動くのと同時に、私も地面を蹴った。
一度の踏み込みで、200メートル以上を滑空する。
私は、烏木の牙のクラリックさんみたいに、足場を選んで跳躍する見通しも、着地の衝撃を和らげる技術も持ち合わせていない。
着地点を破壊しないよう、接地と同時に足場を硬化して、衝撃は外骨格が受け流す。衝撃音までは消せないから、激突音に驚いて、音源を探す人もいたけれど、魔道具の効果で私は見つけられない。
不格好なんて気にしていられない。火事現場までの直線を、一気に駆け抜ける。
懸命に消火活動を続ける人々も飛び越えて、炎の中心へ身を躍らせる。
本来なら、僅かな時間も生きていられない炎と煙の世界なんだろうけど、魔法に守られた私は、熱も息苦しさも感じない。
眼下に赤い世界を見捉えながら、私は内に留め続けたモヤモヤさんを解放した。
私を中心にして、放射状に広がるモヤモヤさんはその性質通り、接触した物質の内に入って一時的に私の視界からも消える。
その対象は、猛威を振るう炎も例外じゃない。
前世ならあり得ない話だけど、この世界では、炎も物質として扱われる。物質の定義が、形ある物体ってだけじゃなくて、属性を持つ全てが対象に含まれるからね。ここでは光も影も、概念ではなく、事実として物体です。
以前、魔導変換炉をうっかり暴走させて知った事。
私はモヤモヤさんを出し入れするだけじゃなくて、モヤモヤさんを通して物質を支配下に置ける。物質の中に消えて見えなくても、確かな繋がりを感じられる。
他者の魔法に干渉して分解するのと同じ、モヤモヤさんに触れたあらゆるものが制御下に入る。
モヤモヤさんが半径数キロを飲み込むのに数秒、火事の真ん中に降り立った私は、たった一つを命じる。
―――消えろ。
それで終わり。
全てを焼き尽くそうとしていた炎は、綺麗に消えた。
これが、私の掌握魔法。
モヤモヤさんを通じて制御権を奪った私は、火の属性を消し去った。
後に残るのは、凪いだ空気だけ。
燻る種火も、余熱も残らない。煙だって、今漂っている分が風で流れれば、新たな煤は生まれない。
対属性をぶつけた訳じゃないから、冷気や蒸気も出てこない。
勿論、これで締め括ったりしない。
次のイメージは、元気に笑う人々の姿。
この世界の物質の定義には人間だって含まれるから、掌握した範囲全ての人の癒しを願う。
生まれて初めての規模の魔法行使で頭が重いけど、突然起こった奇跡に戸惑いながら喜ぶ人々の声が聞こえてくる。涙を流しながら、祈りを捧げる人もいる。呆然と空を見上げるしかできない人もいる。
うん、上手くいったみたい。
でも私にできるのはこれだけ。
死んでしまった人も、燃えてしまった物も返らない。私がしたのは、被害を最小限に抑えただけ。
奇跡っぽい事はできても、神様の真似事ができる訳じゃない。
だからこっそり帰ろう。
賛辞も感謝も必要ない。ただ放っておけなかっただけだしね。
私にこんな魔法が使える事自体、神様の悪戯みたいなものだから、謝意の受付はそっちに任せるよ。
それより、帰ってフラン達と合流しよう。掌握範囲外に運ばれた人もいるだろうし、焼け落ちた家屋まで魔法で癒す事はできない。見舞金や復興の援助も考えなくちゃいけない。お手軽奇跡なんかより、そっちの方がよっぽど忙しい。
早く研究に戻る為にも地に足つけて、また頑張らないと、ね。
お読みいただきありがとうございます。
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