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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
1年生編

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閑話 俺は何も悪くない

トリス・ドライア伯爵令息視点です。

「侯爵令嬢への侮辱に、冤罪転嫁、虚偽証言、いくらでも罪状が挙げられそうですね。ただで済むとは思わない事です。叩けばいくらでも余罪が出てきそうですからね、きちんと手続きを踏んだ上で拘束して、洗いざらい吐いてもらうとしましょう」


 アノイアス様の言葉が、斬首の刃が落ちる音に聞こえた。


 訳が分からない。


 何故、俺が殿下から、こんなに冷たい視線を向けられなければならないのだ?

 全く理解できない。

 確かに、今回俺は失敗した。

 忌々しい女の罠に、まんまと嵌まってしまったらしい。


 だが、()()()()()


 俺の計画は完璧だった。

 王子だとおだてられている馬鹿に、導師などと祭り上げられている馬鹿に、俺をあんな女に売った馬鹿に、足を引っ張られたりしなければ上手くいっていた筈だ。

 特に、俺の言った事を実行できなかった無能は許し難い。

 あさましく今の地位にしがみつく5塔の2人を睨みつける。こいつらのせいで、俺がアノイアス様の前で恥をかく事になったのだ。


「愚図共が。俺が塔長になった後、貴様らの居場所が魔塔にあると思うなよ」


 少し脅してやれば、恐れて謝ってくると思ったが、冷たい視線が返って来ただけだった。


 なんだ?


 何故、貴様等まで俺をそんな目で見る?

 まさか、女だけでなく、こいつ等までノースマークに取り入ったのか? あり得ない、こんな無能をあの侯爵が受け入れる訳がない。せいぜい、忌々しい女に適当に使われているだけだろう。

 ムカつくあの顔を、原形が残らないくらい殴ってやれば、少しはこの気分も晴れるだろうが、アノイアス殿下の前では叶わない。

 発散できない分、余計に苛立ちが募る。


 だと言うのに、最も忌々しい女が口を開きやがった。


「先程から不思議だったのですが、この方が第5塔長になると言うお話は、何処から出たのでしょうか?」


 声を聞くだけで胸がムカムカする。

 できる事ならこの場で組み敷いて、泣かせてやりたい。


 何が気になるのか知らないが、貴様には関係のない事だろうが。


「確かに、採用試験の前から人事が決まっているなどあり得ませんね。導師、どういう事でしょう?」

「あ、いえ、それは……、正式に決まっている訳ではなく、……その、そうなるかも、知れないと言った話で、決して確定しているのではないのだ」


 な!?

 この馬鹿、殿下に睨まれたからと言って、あっさり掌を返しやがった。


「ふざけるなよ、爺!! 貴様にいくら注ぎ込んだと思っている? 今更取り消すなど、許されると思うな!」


 胸ぐらを掴んで吊り上げてやろうと思ったが、騎士に取り押さえられてしまった。あの女の拘束は拒否したくせに、俺だけ阻みやがる。

 暴れたが、強化を使える騎士なのか、全く動じなかった。

 屈辱で頭が煮える。

 だが、その顔は覚えた。平民に毛の生えた程度の身分のくせに、俺の思い通りに動かないような奴は、この城に居られなくしてやる。


 だが、アノイアス殿下だけは、俺を見捨てないでくれるようだった。


「それでは、金銭を支払ったという証拠はあるのですか?」

「は、はい! 勿論です。言い逃れできないよう、しっかり記録してます」

「ほう…。ところで、契約無効化の薬を使うと決めたのは君ですか?」


 ああ、計画は失敗こそしたが、殿下はその肝をきちんと分かってくれている。

 そうだ、足手まといさえいなければ、俺は優秀なんだ。この機会に、それを知ってもらえばいい。


 この場で側近に召し上げてもらえたなら、忌々しい女と立場が逆転する。何なら、研究成果を全て差し出すよう命じてもらえばいい。


「ええ、俺です! あの薬を使えば、この女に煮え湯を飲ませてやれると思ったんです。前回の導師選考の後、献金の礼に来た爺が、薬を使って対抗者を蹴落としたと、自慢げに話していたのを覚えていたんです」

「……なるほど、興味深い話ですね。それで、薬は導師に作らせたのですか?」

「はい。この女への襲撃も、研究室への侵入も、腹立たしい事に対策を取られて失敗したので、薬を使って思い知らせてやろうと思いました。薬を要求した時、少し渋られたけど、この爺が金を積まれて首を振らない訳がない。高くついたが、魔塔の席も用意させましたし、何でもありません」

「随分気前よく金を使うのですね。ドライア伯爵家は、そんなに羽振りが良かったでしょうか?」

「親父は、魔塔から流させた技術のいくつかを金に換えてますし、実態のない大規模実験を領地で行うよう手続きさせて、国から資金を引き出してるので。俺も、秘匿資料を商人共に売ってますから、資金には困りません」


 金なんてものは、賢く立ち回ればいくらでも入ってくるからな。


「そう、ですか。では、ノースマーク令嬢を罠にかけようと計画したのは、君が主体となった事ですね」

「はい! ノースマークの技術を魔塔の成果にすればいいと言ってやったら、簡単に釣れましたよ。商人共にも同じ事を言って、金を出させました」

「その商会とのやり取りも記録を?」

「ええ、後で白を切られないよう、きちんと記録してあります」

「そうですか。素直に話してくれたおかげで、概要がはっきりしました。裏を取るのが楽で助かります」


 よく分からないが、殿下の役に立ったらしい。

 これは、相当気に入られたと思って間違いないな。


「観覧者含めて証人は多くいますし、自白を確認できたとしていいでしょう。―――拘束しなさい」


 最後だけ、冷たく告げた殿下に応えて、騎士共が素早く動き、その腕で俺をギリギリと締め上げる。


「な、何故……?」


 どうしてこんな目に遭わなくてはいけない?


 先程まで、面白そうに話を聞いていた殿下とは思えないくらい、酷薄な視線が俺に向いている。


「何故、ですか。それが分からないほど、君が愚かだからでしょう」


 え?

 愚かと言ったか?

 まさか、俺が?


「自らの不正を、公の場で堂々と語ってくれる者がいるとは思いませんでした。賄賂の授受に、領地ぐるみの虚偽申告、実に許し難い。そもそも、まるで功績のように語っていましたが、契約無効化薬、封印指定技術の悪用は、極刑にもなり得る背反行為だと知らなかったのですか?」


 何を言っている?

 知らない。そんな事、知る筈がない。導師は何も言っていなかった。


「無理もありません、殿下」


 聞くだけで腹立たしい声がする。

 黙れ!

 これ以上、俺を苛立たせるな。


「何しろこの方、学院を卒業できる見込みがありませんから」


 は!?


 え?

 何を、言って?


「少し調べただけで分かりましたが、この人、必修科目をほとんど履修していません」

「い、いや、そんな筈はない! 教師共にはしっかり金を握らせた。単位は全て買い揃えてある!」

「ああ、得心がいきました。それで貴女は疑問を呈したのですね。確かに、毎年いるのですよ。甘やかされて育って、学院でも金と身分で何とかなると思っている者達が。もっとも、あそこはそういった者を排除する、最低限の篩でもありますから、条件を満たさず卒業はあり得ませんがね」


 そんな話は知らない。

 俺が卒業できない? 貴族として最低限を満たせない?


「違う! 違う! 違う! 違うっ!! そんな事、ある筈がない。金で単位を買ったのはお前も同じだろうが! そうでなければ、講師資格など取れるはずが―――」


 ガツン、と。


 頬に、強い衝撃を受けた。


 それが、アノイアス殿下に殴られたのだと気付くのには、しばらく時間が掛かった。


「どう、して?」

「それ以上の学院への侮辱は、私を侮辱するものと見做します」


 ひいっ


 睨まれている。

 あのアノイアス殿下に、睨まれている。

 敵を見る目だ。

 あれは、己の敵対者を見る目だ。

 敵対者には決して容赦しないと噂されるアノイアス殿下に、睨まれている。


 そうだった。

 この方も、在学中、講師資格を取られたのだった。

 いや、そんなつもりは無かったのです。


「揶揄うと面白いように墓穴を掘るからと、少し遊んでみましたが、これ以上は不愉快ですね。近衛達、この馬鹿を勾留しておきなさい」

「「はっ!」」


 馬鹿?

 この俺を馬鹿と言ったのか?

 殿下が、俺を、馬鹿と?


 あり得ない。


「あり得ない! あり得ない! あり得ない! あり得ない! あり得ない! あり得ない! あり得ない! あり得ない! あり得ない! あり得ない! あり得ないっ!! うわあぁぁぁぁーーーーーー!!!!!」


 絶叫と共に、激しく発光する。

 意識した訳ではなかったが、精神状態から魔力が暴走して、強い光を発した。


「―――!」


 その一瞬、光に怯んだ騎士の締め付けが、僅かに緩んだ。

 咄嗟に、自分でも驚くほどの力で拘束を振りほどき、その場を駆け出す。


 はっきりした。

 アノイアス殿下も、俺を認める事はない。

 何が実力主義だ、何が結果主義だ。回復薬に釣られて、忌々しい女を持て囃すだけの間抜けではないか。あの男も、俺の主などではなかった。


 この場に居てはいけない。


 俺に全ての醜聞を擦り付けて、自分達の不正など無かったことにするつもりだろう。あんな奴らに捕まる訳にはいかない。

 この場を離れて姿を消してしまえば、誰も俺を捕えられない。

 そもそも、どうして俺が拘束されなくちゃいけない。


 だから、走った。


 走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。走った。


 城を出て、空中球池を通り、学院の敷地を抜け、貴族街を駆け―――そして、何処へ?


 俺は、何処へ行けばいい?


 学院の寮?

 すぐに追手がかかるに決まってる。


 王都邸?

 同じだ。既に騎士が向かっているかもしれない。家人達は喜んで俺を売るだろう。


 領地?

 あり得ない。あの保身しか頭にない親父達が、匿ってくれる筈がない。要請を受けた時点で、あっさり差し出されるだろう。むしろ、あいつ等の不正まで擦り付けられかねない。


 なら―――どこに?


 何も、無い。

 信じられるものなど、無い。

 行くところなど、残っていない。


 気が付くと、当てもなく歩いていた。走る気力も残っていない。

 だが、奴らに捕まるなど御免だ。

 足は止めない。


 ふと、河が見える。

 いつの間にか、王都の端まで来ていたらしい。


 よくよく考えてみると、人目に付くのも良くない。

 小銭を提示されれば、平民など節操なく目撃情報を喋るだろう。


「あそこにでも、入ってみるか」


 特に根拠があった訳ではない。

 ただ、目についた倉庫のようなものが、人目が無くて都合よく思えただけだ。

 魔法で姿を消す事はできるが、疲労が限界だった。ひとまず休まなければ、満足に魔法も使えそうにない。

 落ち着いて考えれば、俺の言いなりになる奴はまだいる筈だ。


 俺を拘束する?


 そんな事、許されるものか。

 第2王子が何だ、所詮は黒髪の王族もどきだ。

 奴が駄目なら、王に取り入ればいい。

 そうだ、20年近く国を従えてきた王なら、俺を正当に評価できる筈だ。


「そうなると、どうやって王に接触するか、だな」


 問題は王は城から出てくる事がほぼないと言う事だ。機会が作れなければ、名案も空論で終わる。


 城の中は、第2王子の息のかかった奴らで溢れているだろう。もしかしたら、第3王子まで、利用された事に気付いて同調しているかもしれない。

 その警戒網をかいくぐって王のもとに辿り着かなければならない。


「適当な職員に金を握らせて―――」


 そこまで考えて、何も持っていない事を思い出した。金は、寮か王都邸に戻らないと用意できない。


「くそっ! くそっ! くそっ! くそっ! くそっ……」


 苛立ちのままに、周囲の棚を蹴る。

 何を積んでいるのかは知らないが、物を倒したくらいでは、とても気が晴れそうにない。

 いっその事、ここにあるがらくたを全て粉々にしてやろうか。


 そう考えた瞬間―――


 轟音が間近で聞こえた。


「……な、何、が……?」


 声を出そうとして、掠れた音しか絞り出せず、俺が強い衝撃を受けて吹き飛ばされたのだと知った。


 何が起こった?


 身体は動かない。バラバラになったかと思うほど、全身が苦痛を訴えている。意識もチカチカして定まらない。

 大き過ぎる音を聞いたせいか、さっきから耳は何も情報を拾おうとしない。キーンと雑音だけが鳴っている。

 だが、まだ目は動く。

 首は無理だが、眼球くらいは動かせる。

 それに、さっきまで薄暗かった倉庫は、幸いにも、ゆらゆらと仄かな明かりが照らしている。


「あ―――」


 僅かな光のおかげで、倉庫に陳列するものが分かって、言葉を失った。


 聞いた事がある。

 本来軍施設で管理している筈の花火が、民間業者の手で別の場所にこっそり保管されている、と。違法ではあるが、万が一のことを考えて水辺に一時待機させる倉庫を作るとか。


 そんな場所で、火花が散るような衝撃を起こせばどうなるか、子供でも知っている。


 必死で逃げようとするが、身体は動いてくれない。

 明かりがあるなんて、とんでもない。1回目の爆発で、そこらの何かに引火しただけだ。この瞬間にも、次の爆発があっておかしくない。


 どうして俺がこんな目に遭わなくちゃいけない?

 俺はただ、苛つく女を泣かしてやりたかっただけだ。


 なのに、何故俺は、こんなところにいるんだ?


「あ、待て、俺はまだ、死にたく―――」


 次の轟音が響いた時、俺の視界は赤く染まった。

お読みいただきありがとうございます。

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くたばったか?
末路がまさかすぎる……いろんなWEB小説読んできましたが、トチ狂って火薬庫にIN&起爆はそうそう無いですよこりゃあ……
ベラベラ喋りおるw
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