空気読めなくてごめんなさい
「アロガントはこう言っているが、貴方の意見はどうです?」
「研究員の拉致も、成果の搾取も知らぬ事です。ついでに言わせていただくと、アドラクシア殿下に取り入った事実もございません。あの方に迷惑を掛けない為にも、誤解しないでいただきたく思います」
アノイアス殿下の前で、私が第1王子派閥入りしたかのような発言は止めてほしい。私、第2王子派と敵対する気もないんだから。
「嘘だ! お前が、俺を追い出すよう兄上を唆したのだ。そうでなければ、あの兄上が俺の話を聞いてくれないなんてあり得ない」
子供か!
その時の状況は、既に話してある。アノイアス殿下が味方してくれる事もないと思うよ。
「アロガント、先程言った通りです。感情で話すのは止めなさい。お前の言い分は全く理屈が通っていない。聞いていて不愉快です」
「―――」
お兄さんの言う事はよく聞くようで、我儘子供は口を閉じた。
まあ、不承不承と言った表情からは、納得している様子は窺えないけど。
「ですが殿下、この女が違法行為を働いた事は間違いありません」
「ええ、儂も保証しよう。我々の研究が盗まれたのだ。そもそも、新しい付与魔法などと言うものが魔塔以外で発見できる筈がない」
第3王子に任せておけないと思ったのか、ドライア伯爵令息と導師が糾弾を引き取る。
確かに、彼等にも意見する権利はある。公式な事情聴取ではないし、導師はその為に来たんだろうし、第3王子を放っておいても話が進みそうにないのも、分かる。
ただし、発言の許可を取っていないから、立会人であるアノイアス殿下の心証が悪そうだけど。
「……なるほど、言い分は分かりました。ですが、侯爵令嬢を根拠なく非難するなど許されません。それだけ言うのなら、証拠を提示できますか?」
「ええ、勿論。証拠も証人も用意してます!」
得意気にそう言って、ドライア令息は紙の束を差し出す。
「これを見てください。これは先日、ノースマークが魔塔に協力を乞いに行った際、連中が持参した資料の写しです。疑わしい話だが、10術式の同時付与に成功したと書いてます」
うん、そこに嘘はない。
ドライア令息は、まるで多重付与で10術式を成功させたように語ってるけど、わざわざ訂正してあげる必要はないかな。
「そして、これを見るといい」
今度資料を出したのは導師の方。
「これは、失踪した我が魔塔の研究者が残したものだ。10重付与を可能にする為の考察がまとめてある。この時点ではまだ未完成のようだが、このお嬢さんの資料と酷似点が多い。最早、我々の研究者を誘拐し、無理矢理協力させた事は疑いようがない!」
さて、何処から突っ込みを入れたものかな。
「ふむ。とりあえず、これらの資料は証拠品として預かりましょう。……それから、ノースマーク嬢、反論はありますか?」
「いくつか彼等に確認させていただきたいのですが、宜しいですか?」
「ええ、一方的な話で判断するつもりはありませんから、構いませんよ」
「ありがとうございます、殿下。では、導師殿にお伺いします」
質問を向けた導師は、話しかけられるだけで不愉快だという表情を隠していない。先日の5塔の2人と同じ、周囲はイエスマンばかりで、反論される経験もほとんどないんだろうね。
王子がいる場に相応しい言葉遣いすらできてないから、アノイアス殿下の機嫌がどんどん下降しているのに気づく様子もない。
ちなみに殿下は水属性みたい。さっきから、怒気と一緒に冷気が漏れててとても寒い。もう少し着込んでくれば良かったよ。
「これまでの多重付与の限界は8術式、しかも臨界が早く、付与対象はすぐに崩壊したと聞いております。それなのに、その資料を書かれた研究者は、8重付与の問題点を解決するのでも、9重付与に挑戦するのでもなく、どうして一足飛びに10重付与を行おうと考えられたのでしょう?」
「え? ……は!?」
そんなに大した事を聞いたつもりは無いんだけれど、導師は間抜けな顔して固まった。このくらいも想定できなくて、研究者の長をよく名乗れるね。
使えないと思ったのか、ドライア子息が舌打ちしてから話を引き取る。
「そんな些事はどうでもいい。問題は、魔塔の研究者が残した資料と、貴様が用意した資料が不自然なほどに酷似していると言う事だ。これが偶然の一致とでも言うつもりか?」
「……それについてお答えする前に聞かせていただきたいのですけど、ドライア様は、この資料をどこで入手されたのでしょう?」
「何?」
「私達は今のところ、新しい付与魔法を全面的に公開するつもりはございません。ですから、資料をお渡しする方には情報を秘匿するよう契約していただいております。そうであるのに、どうして貴方がその資料をお持ちなのでしょう?」
「ふんっ! そんな事、貴様に答える必要はない!」
「いや、答えてもらいます」
「……え?」
私からの質問は、強い言葉で誤魔化すつもりだったみたいだけど、アノイアス殿下にも追及されて困った顔になった。
「で、殿下、何故私が、こんな女の問いに答えなければならないのです?」
「それは、私がこの件の立会人だからに決まっているでしょう。提出された証拠の信憑性を知る為に、その出所を気にするのは、そんなにおかしいですか?」
「そんな……殿下は私が信じられないと?」
「? 信じられるかどうかは、言い分を全て聞いてから判断します。ただ、弟の悪影響を受けたのか、身分が上の令嬢を、見下すかのように話す君の印象は、決して良いものではありませんが」
「な!?」
何故か分からないけど、ドライア令息は随分ショックを受けているみたい。
もしかして、アノイアス殿下が無条件に自分を信じてくれるなんて、都合のいいこと考えてた?
「ドライア様、お答えいただけないのでしょうか? そうなると、貴方が提出した資料の証拠能力を疑わなければなりません。何しろ、私の資料を基にして、失踪したと言う研究者の資料を捏造する事もできるのですから」
「ち、違う! 言いがかりだ」
「ですから、入手先を明らかにしていただきたいのです。それから貴方の、2つの資料が似ている事への蓋然性についての質問ですが、提出された資料と、失踪した研究者が他に残した資料とを比べて、筆跡を確認すれば証明できると思いますよ」
「い、いや、待ってくれ。それは違うんだ……」
顔を青くした導師が、訂正するように資料に手を伸ばすけど、王子に提出した証拠品が戻るなんてある訳ない。
「ちっ、知りたいなら教えてやる。第5塔長達からだ。魔導契約を結んで、情報漏れを防いだつもりの貴様は知らんだろうが、魔導契約を無効化する薬があるんだよ。それさえあれば、貴様の秘密を探るくらいなんでもない」
非公表案件だよね。
公表すれば、世間に多大な混乱を招きかねない技術や魔道具、王国の歴史にはそういった代物が少なからず存在する。危険なものも多いから、勿論しっかり管理されてる。大々的に存在を知らしめる事はできないけれど、どういったものが封印してあるか記した資料もその一つ。
手続きを踏めば、誰でも閲覧できる資料に書いてある事なのに、何をそんなに得意気に語ってるんだろうね。
「貴様は契約で縛った女を飼い慣らしていたつもりかもしれんが、俺が薬で解放してやると、喜んで研究内容も、貴様の不正も暴露してくれたぞ」
「……つまり、ドライア様はその薬を使われたのですね? 調薬も貴方が?」
「ああ、使ったとも。用意したのは導師殿だがな」
導師さん、既に土気色です。ドライア子息が気付いた様子は無いけど。
「何なら、本人に会わせてやろう。きちんと証人として連れてきているぞ。本人の口から、間抜けにも裏切られた事を聞かせてもらうといい!」
そういう算段をあらかじめつけていたみたいで、彼の従者が走ったと思うとすぐに男性2人と女性を連れて戻ってきた。
どの顔にも見覚えがある。
第5塔長とその副長、そして―――
「あ、レグリット、丁度良かった。対談の前に魔法薬についての凄いきっかけを貰ったから、研究が大きく進みそうだよ!」
「本当ですか、お嬢様! では、こんな茶番は早く終わらせて話を聞かせてください!」
レグリット・アイブ、元魔塔の研究者で今はノースマークの魔法教師。
魔漿液と魔物素材を融合させた新しい魔法薬について、早く知らせたいと思ってたからつい普段通りに話しかけてたよ。
おかげでこの白けた空気、どうしたものかな?
愕然としてるドライア令息達の顔は少し見物だけれど、話の流れをぶち壊しにしたものだから周りの視線が痛いです。レグリットが茶番とか言い切ってたしね。
アノイアス殿下も頭を抱えてる。
折角話を収めようとしてくれてたのに、とんだ帰結でごめんなさい。
「あー、つまり、この一件のシナリオを描いたのは、スカーレット・ノースマーク令嬢、貴女ですか?」
「はい」
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