エルフの特殊生態
文書を提出したからと言って、すぐに返事が届く訳ではない。SNSや電子メールの発達した前世とは違う。
その間、魔道具開発を進めるのは当然として、確認しておく事もあった。
オーレリアの報告にあった、突如として活動を止めたエルフについて。
そんな情報は私の耳に届いていない。南大陸ではあり得る話なのかと確認してみたところ、ファイサルさんもマルフットの国主も否定した。
特にマルフットでは牽引役の馬人を各地へ派遣しているため、情報の確度が高い。ユーシアメイルにも度々労働者を派遣する運送業界のトップが知らない現象だと言い切った。
現状で原因は分かっていないものの、解明すればエルフの弱点となりうるかもしれない。そうなれば、戦争も有利に進められる。
「なんです、この気持ち悪いのは?」
エルフなら何か知っているのではないかと動きを止めた船員と対面させたところ、ハイサムの第一声がコレだった。驚くどころか、関心すら示していない。
嘘はないのだと思う。
この状況でも援軍を次々送って来た事から、軍の司令官も知らない可能性が高い。
「それより、演習に挑むシャハブ様を見学させてもらえる話はどうなっているのです? 鏡を抜けてこんなところへ連れてこられて……ここにシャハブ様がいるって訳でもないのでしょう?」
動かない同胞どころか、転移鏡にもコキオの街並みにも興味を示さなかったあたり、徹底している。
ミクダードすら得体の知れない状況に対する恐れを見せたのに、彼の関心は本当にシャハブ以外へ向けて発揮されない。
「本当に原因について心当たりはないのですか?」
「当然でしょう。人間である事をやめてしまったかのような同胞に会ったのは初めてです。貴女方が何かしたと言うのでないなら、こちらの大陸の大気に我々にとって有害な成分が含まれているのでは? 実際、ここは精霊様の気配が感じられませんから」
それでも話は振ってみるもので、私達の知らない単語が飛び出してきた。
文化が違うのだから、きちんと擦り合わせておかなければ自分が常識だと思っている事でも相手にとって無価値な場合は往々にしてある。
「精霊の気配? エルフにとって、精霊とは身近に存在するものなのですか? 伝承上のものであったり、信仰の象徴であったりでなく」
「実際に触れたり、干渉できたりする存在ではありません。けれど、我々は常にその存在を感じています。精霊様は私達を常に見守り、支えてくださっているのです」
ハイサムの言っている事が概念的な話なのか、私達には感知できない何かを察知しての話なのかは現時点で判断できない。
特別な装置でしか観測できなかった魔素を私は目視してしまっているし、いくつかの条件下で神気を感じ取れるから存在は確認できなくとも神様の実在は疑いようがない。同様に精霊に繋がる何かがあったとしても、今更不思議だとは思わなかった。
ただ、ミクダードはあまり実感できていない様子で首を傾げていた。少なくとも、精霊を感知する能力はドワーフには実装されていないらしい。
同じユーシアメイルの住人であっても、耳が魔力の探知器官となるのはエルフだけ、形状は似た耳をしていてもドワーフにその能力はないと聞いている。
代わりに、ドワーフは肌が鑑定魔法に近い情報収集能力を示す。
魔法ほど便利に情報を得られる訳ではないけれど、修練で情報取得量と精度は上がっていくのだと言う。先日ミクダードがオリハルコンを看破したのもこれだった。
「支える……?」
何かの確証があった訳ではない。けれど、なんとなく引っ掛かりを覚えてつぶやいた。
モヤモヤさんが見えている私は、魔素へ直接干渉できる。
聖地に神気が満ちていたことから、情報集積体へ近付かないよう警告を発していたと考えられる。
それなら、精霊の気配を感じ取れるエルフの特異性にも何か意味があるのかもしれない。
「もしかして、精霊の気配を感知する事でエルフは活動可能な環境を知覚している⁉」
「なかなか突飛な発想に思えますが、行商人として各地を渡り歩く僕でも精霊の気配が察知できない土地に来たのは初めてです。否定するだけの材料はありませんね」
「それなら、ハイサムをしばらくここで監禁してみればいいんじゃねぇか? こいつも動きを止めたなら、エルフの活動範囲は限られるってぇ事になる」
「ちょ……⁉」
ミクダードの非人道的な提案に、さしものハイサムも慌てて見えた。
なにしろ、この状態から元に戻れるかどうかは分からない。
「冗談じゃない! こんなところに閉じ込められたら、シャハブ様のご尊顔が拝めないではありませんか⁉」
「…………」
続く言葉がこれだから、便利だと思えても利用しようって以上の気持ちが湧いてこないのだけども。
でも、ミクダードの提案にも一理あった。
「実験にハイサムを使うかどうかはともかく、仮説の立証は急いだ方がいいかな。活動が限定されるのはエルフだけなのか、南大陸の住人全体がそうなのか、知っておかないと今後の国交に差し障るから」
「「あ」」
少なくとも、ヒエミ大陸の住人にとって南大陸の環境が害とならないのは私とジュートが実績として証明している。長期的な影響はともかく、今のところ目に見える異常はない。
でも、逆は検証できていない。
分かっているのは、短期間での行き来は問題ないって事だけ。
「オーレリア、最初のエルフ船に搭乗していたドワーフにこういった兆候は見られないんだよね?」
「ええ、彼等はまだ健康です。オリハルコンを餌に交渉した結果、全員が亡命を望んでいますけれど」
「あ、うん。そこはドワーフとして正常だって事だから放っておいていいよ。それなら、彼等にはこっちで経過観察を続けながらいくつか仕事を任せてみようか」
彼等はミクダードと違ってコキオへ攻め込んできた罪状があるので、実験動物扱いするくらいは許してもらう。何事も起きなければ罰にもならない訳だし。
「獣人からは戦争の後で協力者を募るとして、エルフの実験対象がハイサムしかいないのが問題かな。実験参加者を連れてこられる心当たりってある?」
「人攫いはちょっと……。流石にこんな状態になると知って同胞を連行する気にはなれません。シャハブ様を餌にさえすれば、何でも押し付けられる便利な駒だとでも思っていませんか?」
思っている。
エルフって時点で信用できないから、なるべくシャハブの傍に置いておきたくない。それと、こうして無茶を押し付ける事で本性を引き出す思惑もあった。
一般のエルフ同様に、他種族全てを見下す態度を見せるなら遠慮なく処分する。
「レティ、先日吊り上げたエルフ船の乗組員ならまだ正常な者もいるのではないですか?」
「そう言えば……、後の対処を王国軍へ丸投げしたから忘れてたよ」
「今のところ後続は到着していませんから、上陸者の捜索に集中できるとお父様が感謝していました」
「それなら実験に丁度いいね。南大陸とコキオ、二つの班に分けて捕虜の状態を観察しようか」
できるなら、コキオの環境を南大陸で再現可能か、人間性の喪失までの期間を早められないかも検証してみたい。そこまでできたなら、ユーシアメイルとの決戦でも役に立つ。
「と言うかレティ、こうして動きを止めたエルフを南大陸へ連れて行けば、また元通りに動くようになったりしませんか?」
「え? まさか……」
そんな、電池を入れ替えれば活動を再開する電化製品みたいな現象が生物でも起きるとは思えなくて、検証項目からは外してあった。
けれどそんな非常識な事が起きるなら、真っ先に試しておくべき事象でもある。
転移鏡一枚くぐるだけだから、確認に大した手間も要らない。
検証を避ける理由もなかった。
そして結論として、南大陸へ移動させたエルフは僅か半日ばかりで人間性を取り戻す事になる。しかも、長期間動きを止めていたのに衰弱した様子すら見られない。
エルフの生物としての異常性を知った瞬間だった。
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