糾弾のはじまり(不発)
隙を見せた私が勿論悪いんだけど、望みをしっかり捻じ込んできたジローシア様は、やっぱり怖い人だね。
噂通り、この人とエルグランド侯爵家が派閥の屋台骨なのは間違いないみたい。
「たったこれだけのお話で、新しい何かを思いつく才女を、王家に迎えられないのは残念ね」
「アロガントが公の場で宣言してしまったからな」
「恋愛結婚したアノイアス様の奥様を、第2妃にさせる訳にも参りませんし、儘なりませんわ」
第2王子の奥様は、元伯爵令嬢。侯爵令嬢が嫁入りした場合、私が1妃、現妃様より上の立場にならないといけない。政略結婚ならともかく、そこまでして幼な妻を迎えたら、普通に離婚案件だよね。
ただ、実力主義が過ぎると聞いてる第2王子は、場合によってはその選択をしかねない怖さがある。だから近付きたくないと思ってる。
ちなみに、アドラクシア殿下なら、ジローシア様が元侯爵令嬢なので、序列を変えずに私を迎えられる。その案が話に上がらないあたり、これ以上アドラクシア殿下の妻を増やすつもりは無いみたい。
「スカーレットさんには、その意思はないのかしら。貴女なら、わたくしと共に、この国の助けになってくれると思うわ。アドラクシア様も、これほど幸運と才能に愛された方はいないと、褒めていらしたのよ」
あー、私のうっかりが、ジローシア様の望む方向に話を進めてしまったみたい。獲物を見定める猛禽類みたいな眼をしてるよ。
それから殿下、後半のジローシア様を煽るだけの評価は要りません。
多分、ここで私が頷けば、無理矢理にだって私の席を作るんだろうね。アドラクシア殿下の隣以外で。
そして、第1王子派の聖女として祭り上げられる。
流石、元侯爵令嬢、牽制に来ただけじゃなくて、しっかり見定めるつもりもあったみたい。
だからと言って、私の答えは変わらない。
「申し訳ありません、ジローシア様。私にその意思はございません」
「あら、より強い権限を持った方が、多くの事ができるのではなくて? 貴女の研究も、才能も、生かす場は増えるわよ」
「人々に尽くす事と、国に尽くす事は、似ているようで違うと思っております。侯爵家を継ぐ予定のない私は、人々に尽くす事で国に貢献したいと考えております。ですが、その身を粉にして国を支えるジローシア様のような覚悟はございません。覚悟無き小娘が、王家に相応しいとは思えません」
「―――」
はっきり拒絶したら、アドラクシア殿下が吹き出した。
「くっくっく、痛いところを突かれてしまったな」
「……ええ、今になって自分に返って来るとは思いませんでした」
殿下を睨むジローシア様の顔が赤いけど、イチャイチャですか?
「……国を支える覚悟、それを持ち出されてしまっては、残念ですけどわたくしにこれ以上言える事はありません。スカーレットさんは知らない事でしょうけれど、かつてわたくしは、それと同じ言葉を使って、イローナ、今の第2妃を窘めたのですよ」
事情を知らない私に、恥ずかしそうに語ってくれた。
「当時、アドラクシア様が子爵令嬢に夢中になって、王子妃になるのだと舞い上がる彼女に問うたのです。この方の妻になるという事は、共に国を支える事、その覚悟はあるのか、と」
今は立太子する事なく、第1王子であり続けているけれど、当時は王太子になる事を疑う人なんて、どこにもいなかった。そんな殿下と幼い頃から婚約者だったジローシア様は、初めから国母となるべく育てられたんだね。
うん、一貴族令嬢として育った私とは、やっぱり立場が違う。
「そのお話を伺って、改めて私には無理だと思いました。貴族として育てられた私は、その義務を全うするべく、私の全てを使って応えております。王家に迎えられたからと言って、これ以上はございません。むしろ、私には権力が枷になるでしょう。侯爵令嬢と言う立場だけは影響力を持つ私が、王家に混乱をもたらす訳にはまいりません」
「……今の貴方が王家に相応しくないとは思えませんけど、その意思がないなら、王家に迎える訳にはいかないでしょう。それをイローナに強いたのはわたくしですし、アドラクシア様の支えとなる為と王妃教育を乗り越えて、わたくしを助けてくれるまでになった彼女の努力を否定する訳にはまいりません」
「……恐れ入ります」
ところでこの人、イローナ様を第2妃と呼ぶんだね。
正妃は立場的にも政治的にも王子の隣に立って支える人、側妃は子供を産む事だけを求められて王家入りする人。あと、気分を満たす為だけに呼ぶ愛妾なんてのもあるけど、殿下には勿論いない。
元子爵令嬢で、貴族への影響力をほとんど持たないイローナ様は側妃になる。
でも、ジローシア様は自分の隣に立つべき第2正妃として認めているみたい。この人の懐が深いのか、イローナ様がそれだけ頑張ったのか、どちらにしても凄い事だよね。
そんなジローシア様を悩ませた殿下は、一生お尻に敷かれていればいいと思うよ。
「改めて意見を聞かせてもらったが、其方の派閥入りを望まぬ私の考えは変わっていない。妻からの誘いを断ったからと言って、私から言う事は特にない。回復薬に加えて、軍への技術協力も聞いている。先日の宣言通り、国にも私にも貢献してくれていると言えよう。今の状況でも悪くない」
そうやって泳がせておいてくれるのが、今は一番ありがたいです。
と、私にとっても悪くない展開で話が進んでいたのだけれど、突然、部屋の扉が鳴った。
「「「―――」」」
この場の全員の視線が鋭く、ドンドンと音を鳴らし続けるドアへ向く。
正直、どういう状況か理解できない。
部屋の前には近衛騎士が立っていた。アドラクシア殿下達が中にいるのは分かっているんだから、ドアを叩くような不審者は拘束される。
緊急で伝令が来た場合は、その旨を伝えて扉を開けてもらえばいい。やっぱり、ドアを叩く可能性は考えられない。
分からないのは私だけじゃなくて、殿下達の顔にも、会談に水を差された怒りと不審が入り混じってる。
でも、乱暴すぎるノックが収まる様子は無いので、殿下の目配せを受けて、近衛の一人が確認に行った。
そして、ドアに手をかけた途端、一人の青年が転がり込んできた。
「兄上! 騙されてはなりません! その女は詐欺師です!!」
入ると同時にそう叫んだのは、第3王子アロガント殿下。
なるほど、この人が強行するのを、外の騎士は制止しかねたんだね。一応、納得できた。
この人が何言ってるかは理解できないけど。
「この女は―――」
「―――誰が入室を許可した?」
続けて何か言おうとしたけれど、アドラクシア殿下の低く怒りの籠った声に、ピタリと動きを止めた。
当たり前だけど、殿下だけじゃなくて、この場の誰の目も冷たい。
状況が理解できてないのは、第3王子だけ。兄の様子が予想と違って戸惑ってるみたい。
でも彼は、このどうしようもない空気を明後日の方向に受け取った。
「くっ、遅かったか。近衛共! この女は王家を誑かす重罪人だ。捕えよ!!」
勿論、誰も動かない。
と言うか、共って何?
近衛騎士は、全員が爵位持ち。騎士爵だけじゃなくて、中には子爵、男爵もいる。平民に対してなら仕方ないけど、貴族に対してその言い方してると、人望無くすよ? 既に手遅れかもだけど。
今の私は国王陛下の客人、拘束なんてできる訳がない。
アドラクシア殿下は陛下の代理人で、本来なら、緊急以外でこの部屋に入って来るなんてできる筈もない。強引にでも第3王子が入って来れたあたりの甘さが、この人を増長させてるんじゃないかな。
ただし、アドラクシア殿下はこれを許すつもりは無いみたい。
「摘まみだせ。部屋で謹慎させろ」
今度は騎士がささっと動く。
「な、何故です!? 俺達はこの女の不正の証拠を掴んだのです! 話を、話を聞いてください!」
「……謹慎していろと言った。聞こえなかったか?」
低く、静かな雷が落ちた。
兄の怒りを漸く知って、第3王子は震えはじめたよ。
「そ、そんな―――おい、お前達も何とか……?」
取り巻きでも引き連れているつもりだったのか、第3王子は振り返ったけど、当然誰もいない。一人で飛び込んできた事を、彼は今更知ったみたい。
当たり前だよね、この人は王族だから辛うじて許されているだけで、他の人が踏み込んだなら、王の代理人襲撃容疑で処断されても仕方がない。付いて来られると思っている方がおかしいよ。
結局、第3王子は有無を言わさず引きずられて行った。
いや、文句と私への恨み言は散々言ってたけどさ。
アドラクシア殿下は、肺の息を全部吐き出すんじゃないかってくらい深い溜め息をついてから、私に頭を下げた。
「すまん。アレの教育と城の警備を徹底していなかったせいで、其方に不快な思いをさせた」
「いえ、アドラクシア殿下に詫びていただくほどの事ではございません。元は、私が婚約拒否を受け入れたところから、良く思われなかったようですので」
「……それも、アレから言い出した事でしょう。貴方に責任があるとは思えません」
夫婦揃って、アレ呼ばわりですか。
まあ、今回のは、アドラクシア殿下は王の代理人に相応しくないって、侮辱されたようなものだから、愛想が尽きても仕方ないけど。
「折角の機会に、其方ともう少し話しておきたいと思っていたが、水を差されてしまったな。今日はここまでにしよう」
「お気遣い、ありがとうございます」
「わたくしとしても、物足りないわね。今度、お茶に誘ってもいいかしら?」
あんまり気は進まないんだけど、王子妃の願いは断り難い。
ただ、さっき世間知らずを晒したばかり。興味ないからと令嬢達の話を聞き流してなかったら、ああはならずに済んだかも。
苦手だからと敬遠しないで、こういう情報収集も必要かな。
「ええ、お誘いを楽しみにしています」
虎穴に踏み込むみたいで、ヒヤヒヤするけど。
適度に情報を流しておけば、陛下や殿下に呼び出される事は減ると思って割り切ろう。
「ふむ、そこに混ざる訳にはいかぬから、今忠告しておこう」
「……はい」
「数々の貢献、そして多くの者に聖女として認識された事で、其方に爵位は無くとも、貴族に並ぶ影響力を持つ事になった。その事を今一度、自覚してほしい。ノースマークの令嬢であったこれまで以上に、つながりを求めて近付く者も、敵対の意思を持つ者も増える筈だ。おそらくは、先程のアレの行動も、そう言った者に踊らされた結果であろう」
うん、そんな気はしてた。
「だが、其方を聖女と呼ぶ者達も、私も、其方が挫ける事を望んではいない。故に、揺るがぬだけの力を身に付けよ。ジローシアの茶会もその手段の一つとなるだろう。カロネイアやキッシュナー、友人達を通した縁はあるようだが、それではまだ心許ない。貴族同士のつながりが、何よりその身を守る事くらい、其方は既に知っていよう?」
「……ですが、そのつながりは、派閥ともなり得ます。それは殿下の意向から外れるのでは?」
「構わん。聞いたぞ、ニコラウスの前で大言を吐いたのだろう? なら、実現してみせるがいい。派閥に囚われて、国の発展を妨げるつもりは無い」
殿下もジローシア様も、不敵に笑ってる。
流石、最大派閥、それが叶わないなら、いつでも飲み込むぞって事みたい。
「非公式なものとはいえ、聖女の立場は、其方の大願を成就する為の力になるだろう。だが、場合によっては足枷にもなると心せよ」
「忠言、感謝いたします」
確かに、期待も責任も重いけど、それに潰されるつもりは、全く無いよ。
私、根が結構単純にできてるから、煽られた以上は、結果で返さなきゃね。
うん、疲れた頭に火が入った。
開発のヒントもたくさん貰ったし、見返せるくらい、また頑張らないと。
お読みいただきありがとうございます。
感想、評価を頂けると、励みになります。宜しくお願いします。




