王城なのにスライム話
「ところで、個人的な興味でお聞きしたいのですが、宜しいですか?」
この、滅多にない機会に確認しておきたい事がある。
いや、私、侯爵令嬢だから、望めばもっと機会は作れるんだろうけど、前世が一般市民なので、偉い人にはできるだけ関わりたくないだけだけどね。
「ああ、構わん」
「魔漿液については説明した通りなのですが、スライムを口にする事に、殿下は抵抗ございませんか?」
王子に限らず、気位の高い上位貴族はどうなんだろうって、気になってる。
「どういう意味だ?」
「申し訳ありません、今は回復薬と魔漿液を合わせて説明しておりますが、それが叶わない場合、後になって苦情を言う方もおられるのではないかと思いまして」
猫を電子レンジに入れて、その惨事をメーカーのせいにするタイプのお貴族様は、いっぱい心当たりがあるんだよね。この機会に、国で一番貴い方々の意見を参考にしておきたい。
平民に受け入れられたからって、貴族も同じとは限らないからね。
アドラクシア殿下は、ジローシア様と不思議そうに顔を見合わせてから、答えてくれた。
「そうか、其方達の世代では知らんか。それほど前の話ではないが、食卓の彩りに、スライムが並ぶ事は珍しくなかったのだぞ」
え? 何、そのファンタジーな食卓。
「薄く切って並べるだけでも華やかになりますし、塩漬けにしたり、ソースに浸したりして一緒に食べる事もありました。スライム自体には味も栄養があるとも聞きませんでしたけど、今更抵抗のある方なんて、少数だと思いますよ」
「勿論、何を食べて成長したか分からぬ野生種ではなく、食用に育てたものであったが、適切に処理してあるなら、何とも思わん。其方の話にあったように、蒸留工程を経て無害化が明らかであるなら問題ない」
おお、意外な文化に助けられたよ。
確かに、赤とか青とか混じり気のない色が多いから、お皿の上では映えるかも。お祭りのスライム釣りでも、色彩に富んでたよね。
「このくらいも御存知ないなんて、賢く立ち回られても、まだ12歳。年相応のところもおありなのね」
「経験の不足は埋められんか。少しは可愛げもあると分かって、安心したぞ」
私を何だと思ってるんだろう。
特に殿下は可愛げがないって思ってたんですね。オボエテロ。
「申し訳ありません、私が無知でした」
「構わん。万が一の場合を想定するのは悪くない。人の成功を妬んで、粗探しをする者共もいるからな。その事で苦情を言って来る者が現れたら、私の名前を出すといい。厚生省の方で回復薬と共に、魔漿液の服用認可も改めて出すが、その2つの製法に問題がない事は、王家が保証する」
「!……ありがとう、ございます」
ちょっと聞いておきたい、くらいの気持ちだったのだけど、想像以上に頼りになる保証を貰ったよ。それだけ、回復薬の実用化に期待されてる訳だね。
「しかし、スライムか。私はあの食感が割と好きだったのだが、言われてみれば、最近はすっかり見んな。いつの間にか、皿の彩りはソースに替わっている」
「あら、アドラクシア様は御存知なかったのですか? 育成の手間が食用にするには見合わないので、撤退したのですよ。今は化粧品利用が多いと聞いています」
「うん? スライムは既に化粧に使われているのか?」
「はぁ……殿方に見せないようにしているとはいえ、あまり女性の努力を軽視していると、痛い目を見せますわよ?」
「い、いや、そんなつもりは無い! お前達が、私の為に日々磨いてくれている事には、いつも感謝しているとも! 少し…、そう、少し情報に疎かっただけだ」
「そういう事にしておいてあげましょう。……興味のないアドラクシア様同様に、まだ本格的な化粧を必要としていない様子のスカーレットさんは知らない事かもしれませんが、砕いたスライムを練り込んだ保湿液は、とても効果が高いのよ」
なるほど、スライムそのものの利用は盲点だった。
魔漿液は水と類似性質で、多少揮発性は低いけれど、大きな保湿効果に繋がるとは思えない。つまり、この場合の効能はゼリー質部分の方にある。今のところ、魔漿液と、再利用する魔物核にしか注目していなかったけれど、ゼラチンみたいに回収できるかもしれない。
ゼリー状の構造から、多分たんぱく質の一種だろうね。ただし、スライムは餌より魔素で体を保ってる。つまり、たんぱく質っぽいものも、モヤモヤさんを原料にしたファンタジー素材。意外な性能があるかもしれない。
そもそも、既に化粧品としての使用実績があるなら、化粧品メーカーに知見があるかも。やっぱり、メーカーとの共同研究は必須だね。
もしかしたら、塗布薬としてパラフィン製薬にも研究資料があるかもしれない。改めて聞いてみよう。隠し事してるとは思ってないけど、前提が変われば、出せる情報も違ってくるよね。
ついでに、リッター先生につくづく同情する。
こんなに応用範囲のあるスライム研究を、魔塔には無用扱いされたの? 化粧品なんて、一大産業だと思うけど。
「あら、早速新しい事を思いついたのかしら?」
「!……申し訳ありません、つい、考えに耽ってしまいました」
ここ、王城。
目の前にいるのは、国で2番目に偉い人とその奥様。
ボーっとしてたら、何言われるか分からない。相手次第では、物理的に首を飛ばす事だってできるんだから。
「あら、いいのよ。その代わり、良い化粧品の完成を期待しているわ」
「……はい、勿論です」
ほら、言質を取られたよ。
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