国主との面会
狩人達との打ち上げの翌日、ディルガームの国主から招待状が届いた。
アスランさんが持参し、派兵の決定は確実だって伝言付きで。
これで断られたなら、私が何もしなくても周辺種族から爪弾きにされる。非常時でも助け合えない国だと判断されて距離を置かれる。最悪、狩人協会の撤退だってあるかもしれない。
サーリアさんをはじめとして協会支部で働くのが獅子人だとしても、他国との連携が途絶えればただの容れ物でしかない。食糧不足でも支援は届かず、亜竜の群れに襲われるような危機にも救援が期待できない。たとえ討伐できても、その素材の売却先が見つからないから自国消費しか選択肢がなくなる。
狩人協会が常駐していない国は安全が保障されていないも同然なので、旅足は途絶え、ハイサムのような行商人も寄り付かない。そんなディルガームと取引しようとする国も減っていく。
と言うか、エルフ打倒への無干渉で信用を失うから、周辺種族は積極的に交流を切ると思う。
国として、そんな事態を看過できる筈もない。
だから、この伝達に驚きはなかった。噂が浸透した時点で詰んでいる。その上でアスランさんへの過剰な英雄視を断った訳だから、他の返事が来るとは思っていない。
むしろ、是以外の答えが来る方が驚く。
招待状に時間の指定はなかった。
こちらの都合を考慮していないようにも思えるけれど、アスランさんから情報を得たならおおよその私達の行動を察せられる。その上で、私達の予定にいつでも合わせるつもりだと言う低姿勢での対応が窺えた。
「ところで、今日あたりハイサムが戻って来るのではありませんの?」
「そう言えば……」
当初の予定では魔道具を設計しながら待つ筈だったのに、それどころではない忙しい日々が続いたせいで忘れていた。
シャハブが嫌そうな顔をしているので、そのまま忘れていてほしかったのだと思う。
それでも約束した以上は履行しないと信用を失う。大陸が異なるからとそのあたりの心構えを適当にしていたのでは、私の中で約束の重要度が下がる。口約束であっても、取り交わした未来の予定は覆せない。
「合流してから政務官へ向かいますか?」
「うーん、待ち合わせ場所を決めた訳じゃないし、情報を収集して臨機応変に対応するのも商人の能力だと思うから、放っておいていいんじゃない?」
そんな私の行動基準と、好悪や今後の評価についてはまた別の話。
彼の同行を私達が望んでいる訳ではないので、扱いが軽くなるのは仕方ない。
「おう、姐ちゃん。また竜の肉を食べる機会はないのか? あるならいつでも呼んでくれ!」
宿を出ると、軽い調子で狩人に声をかけられた。確かあの人は留守番組で、マルフットでの打ち上げに参加するチャンスはない。
「自分で買う事を考えてみたらどうです? いくらでも……という訳にはいかないかもしれませんが、好きな機会に食べられますよ」
「……俺っちでも買える値段なのかい?」
「うーん、それはサーリアさん次第かもです。竜の肉ってなかなか腐りませんから、急いで売り捌くより確実に高値で売る事を考えるかもしれません」
竜の肉に限らず、魔物肉全般が腐敗しにくい性質を持つ。人間の食用に向いているかはともかく、魔力が残留した状態の肉は発酵の作用が働かない。当然その状態は含有魔力が多い個体ほど長く続き、竜種ともなれば常温でも一年近くは保つ。
魔道具の発達で冷蔵技術が進歩する以前には、その性質が生活を大いに助けたと言う。一方で消化する分には、食べる過程で魔力が分散するから酵素による分解に問題はない。まるで食べるために状態を保っているようにすら思える。
生半可な装備では狩人でも殺されるような魔物を現代でも食用として狙う背景には、そうした経緯があった。魔石も採取できるので、他の魔物よりは討伐し甲斐もある。
その弊害として、値段が下がりにくいと言う側面もあった。今世の私にはあまり縁のない事柄ではあるけれど、稼いだ分だけ肉とお酒に変えて宵越しのお金を持たない狩人には厳しい現実ではある。
オークなら自分用を別に確保できても、竜の肉ともなるとそうもいかない。
「無理じゃねぇか⁉」
「幽雪草を採って来てもらえれば、今なら高値で買い取りますよ」
「何⁉ 幽雪草ってぇっと……シンジュルの森の向こうか。一人では無理だが、仲間を集めればいけるよな……? よし、戦場で活躍する機会がないならここが俺っちの全力の注ぎどころだ。エルフ共に目にもの見せてやるための素材、俺っちが集めてきてやるよ!」
「お願いします。期待していますね」
「おうよ!」
狩人さんは勢いよく協会の方へ駆けて行った。
私が対エルフ用の魔道具を作る事は伝えてあるので、食欲のついでであっても積極的に協力してくれるらしい。サーリアさんによると、私が依頼した素材収集に関してはディルガーム支部独自に追加報酬を設定しているとの話だった。
「幽雪草……聞いた事のない植物ですわ」
「南大陸の固有種みたいだからね。空気との接触で周囲を冷やす効果があるから、魔法籠手の強化に利用しようと思って」
素材の品質がヒエミ大陸に劣るなら、他のものと組み合わせる事でその差を埋める。氷弾を撃ち出す基板に組み込むことで、氷量を増やして衝撃を強めると同時に、冷却速度を向上させて発射間隔も狭められる。
構想段階ではあるけれど、風魔法の基板とつなぎ合わせる事で更なる性能向上も望めた。加工した幽雪草をひだ状にして接触面積を増やせば、更に冷却効果を高められるんじゃないかって期待もある。
「知っている素材も満足に手に入らない状況で、よくもまあ代案を次々と考え付きますわね」
「試作もまだだから、上手くいけばいいなって段階でしかないよ。魔法籠手の構造が複雑化するから、何処まで取り入れるかも考えないとだし」
幽雪草についてはそう言った植物があるって情報しか知らない。実物を見てもいない状況なので、想定した機能向上が見込めないなら魔法籠手を連携魔法用に特化させる構想もあった。
決戦への参加者が増えた分、戦略の幅が増えたのも事実と言える。
「ようこそおいでくださいました、シャハブ様とご同行の皆様。上階で国主アウフ様がお待ちです」
そうこう話をしながら向かった政務館では、建物を入ってすぐの玄関で案内役を申し付かった女性が迎えてくれた。
アスラン兄との面会に来た時には現れなかったので、賓客として歓迎されているのだと思う。
ただし、案内役の女性の顔は固い。私達の来訪を快く思っていないのが丸分かりだった。
獅子人至上主義者も国の上層部にまでは潜り込んでいないとの話だったので、個人的に私達へ悪感情を抱いているらしい。
考えられる可能性としては、アスランさんの熱烈なファン。
英雄の座から引きずり降ろした事への不満かな。
こうした人物を迎賓役として置いているあたり、アウフ氏への評価はマイナスからのスタートとなった。とは言え、この国で個人感情に振り回されるのも飽きたので気にしないでおく。
少なくとも狩人達とは良好に付き合えているのだから不便もない。
政務官は六階建て。最上階へはエレベーターで向かう。
私達が搭乗すると、女性は操作盤の赤い宝石へ触れた。向かう階層を指定するボタン式ではなく、鉱化スライム片で自由に行き来する仕様らしい。
もっともこの国のエレベーターの動力はロープやワイヤーによる巻き上げを採用しておらず、温度によって異常伸縮する蔦を使った上下移動だって話だけど。
そうして到着した先には受付台があった。
事務員らしい男性と屈強な二人組が待機しており、ここで面会者の最終確認を行うのだと分かった。
実際私も、招待状の提示を求められる。
場合によってはボディチェックなんかも行われるのかもしれない。招かれた側である私達はそこまで求められなかったものの、立哨役である二人組は油断なくこちらを観察していた。
「どうぞ、お通りください。この先にアウフ様がおられます」
受付の男性に促されて奥へ進む。受付の先には長い廊下が続いており、扉は最奥の一つしかなかった。最上階で待機していた三人はそのまま役割を続けるらしい。感じが悪い案内役の女性ともここで別れる。
見張られた状態で会話する気にもなれず、私達はまっすぐ歩いてドアをノックした。
「失礼します……え?」
三度繰り返しても返事がなく、仕方がないので一言断ってから扉を開ける。その先で待っていたのは――頭から血を流して倒れた男性だった。
ディルガームへの到着から七日。
漸く叶った国主アウフ・バザーズとの対面は、死体とのものとなった。
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