閑話 南ノースマークの防衛
突如としてレティが消えて、どれほどが経ったでしょうか。
彼女が一人いなくなったところで、それで世界が止まる訳ではありません。太陽の動きも月の満ち欠けも変わりありませんし、人々の生活も続いていきます。
南ノースマークの情勢も、戦時下と言う点を除けば問題なく機能していました。
これは、レティが自分の不在時にも領地運営が滞る事がないようにと体制を作り上げてきたおかげで、彼女の功績とも言えるでしょう。誰にでもできる事ではありません。
頻繁に領地を空けるレティのせいで強制的に臣下達が鍛えられた……とも言いますが。
レティがいなくなって以降、私は南ノースマークへの滞在を続けています。
彼女が不在だからと領地で不具合が起きる事がないようにとの配慮でしたが、その方面の出番はなさそうなので防衛面での指揮を預かっています。ウィード騎士団長も、その方が士気も上がるだろうと賛成して、補佐に回ってくれています。
幸い、防衛設備が一領地としては過剰なくらいに整っているのに加えて、魔物の異常繁殖や魔力増幅薬モドキへの警戒で経験を積んだ頼れる兵士が多くいます。領地の安全を確保するだけならそう難しくはありませんでした。
ただ、話を難しくしたのは龍炎灰燼咆――墳炎龍素材製の特殊魔法籠手を改造した極大火属性魔法兵器の存在でした。
改造こそベネットさん達の許可を得て行いましたが、その所有権はレティにあります。大魔導士が討伐した魔王種を基とする戦略兵器。当人に無断で領外へ持ち出せる筈がありません。
領主の財産を国や軍が無断で接収した前例を作る訳にもいきません。
貸与にしてもきちんと条件を明記した契約が必要ですが、所有者が不在では合意を取りまとめる事もできません。
そこで、王国の最大火力は軍の命令系統とは別に、南ノースマークで運用する運びとなりました。
私がその指揮を担当する事すら他の貴族から問題視されかねない状況ですが、レティの友人であるなら任せられると、ノースマーク侯爵が声明を出してくださいました。そうして、法規的にはかなり問題を抱えたまま稼働させているのです。
しかも、外部発熱量すら驚異的な数値ですから、車両に搭載する移動砲台としては機能させられません。
前方の物体も全て焼滅させる威力なので、設置は港が必須。寄港する船舶は全て退避させ、工場設備や海洋研究所も一時的に全て放棄、熱線による水蒸気爆発を避けるため高置架台を建設する必要もありました。
コキオの東側は、龍炎灰燼咆の運用を前提とした軍事基地へと生まれ変わったのです。
そうなると、敵軍の攻撃対象となります。
敵船複数を一撃で消滅させられる戦略兵器ですから、当然でしょう。エルフ船団にしても、これの攻略なしにキミア巨樹奪取はないのです。
そして、発射の際には魔力障壁を解除しなければなりません。
敵にその隙を突かせないためには、敵の警戒を他へ引き付けておく戦術が必須でした。
「オーレリア様、司令本部から連絡があったっス。本日正午、ミノー部隊による空爆を行うので、龍炎灰燼咆で牽制してほしい、と」
そのための戦術を考えてくださったのはお母様です。
軍と連携する事で、高火力戦略兵器を効果的に実戦投入できています。
飛行列車の動きが直線的でエルフ船にとっては的にしかならない関係上、王国軍の主戦力は小型艇ミノーと、奪取した電磁加速を搭載した高機動船舶です。軍にとっても、私達にとっても、連携作戦は実のある話でした。
「今日はこちらが牽制役なのですね?」
「はいっス! ミノー部隊にはぱぺっ君仕様機をいくつか混ぜて、爆薬をたっぷり搭載した状態で特攻させるそうっス」
伝令にやって来たのはグラーさんでした。護衛対象がいなくなってしまった烏木の守の皆さんも、遊撃部隊として駆けまわってくれています。
龍炎灰燼咆は魔力の充填から時間を要し、その稼働状態は激しく、遠目からでもはっきり判別できるものでしたので、撃てば必ず当てられるほどの精度はありません。
そこで、あれを主力とするか、牽制として使うか、役割を固定しないで運用しています。ミノーは機動力がある反面、火力不足が否めません。火炎竜製の特殊魔法籠手を搭載したり、高高度からの投擲、液化弾や風化弾の投下と、攻め方を工夫する必要がありました。
龍炎灰燼咆、電磁加速砲搭載艇との連携もその一つで、ミノー部隊が果敢に攻め立てると見せかけて囮として敵船舶を主砲の射線へ誘導する。熱線から退避する敵船舶が分断するよう電磁加速砲で誘導した後、ミノー部隊が強襲する。発射可能状態となった灰燼咆へ警戒を引き付けた状態で電磁加速砲による狙い撃ちを行うなど、作戦に対策を立てられないよう役割を変えています。
今日は龍炎灰燼咆が脇役のようです。
ミノーを爆弾とするなど人道的に許される作戦ではありませんが、操者がぱぺっ君なら損害は資金面だけで済みます。ミノー自体がまだまだ高価ですから財政的に多用できる作戦ではありませんが、以前に囮として使った経緯があるからこそ警戒の穴を突けるでしょう。
「作戦司令本部へ、了解した旨を伝えてください」
「分かりましたっス。ついでに砲撃担当者へ、今日の発射は魔力出力を抑えるように伝えるっスか?」
「いえ、それは悪手でしょう。罠かもしれないと思っても灰燼咆への注意を割かずにはいられないよう、最大出力で発射するよう伝えてください」
魔力消費を気にしないで済む南ノースマークだからこそ実践できる作戦です。
装置のいくつかが融解しますから、キャシーに再整備を依頼しなくてはなりませんが。
「それと、騎士候補生の各位に担当区画へ急行するよう伝えてください」
「了解っス!」
グラーさんが去った後、溜息を吐きそうになる自分を抑えます。
こんなつもりで騎士学校設立を考えたのではなかった。
……そうは思うものの、見習いであろうと安全な場所へ退避させていられる状況にありません。レティが不在の今、彼女達は私が直接指示をくだせる手勢で、指揮権を預かっているだけの南ノースマーク所属の兵士より安全の優先度は低いのです。
子供が多いからと安全圏に控えさせれば、レティは許してもお母様に叱られるでしょう。私としても、そんな無責任な真似はできません。
王都の騎士学校でも同様の措置がとられているそうですが、あちらではまだ本格的に戦端が開かれていません。あくまで目標はキミア巨樹で、王都への対応は威嚇で十分なのでしょう。
そのため、騎士候補生の投入も実習の延長のようなものらしいです。
けれど、こちらは既に実戦です。
魔力障壁解除の隙を突いて電磁加速砲による砲撃が行われた場合に備えて、携帯型の魔力障壁発生装置を持たせた騎士候補生達をコキオの各所に配置させています。
コキオ全体を覆う障壁の解除と同時に携帯型を展開させていますが、とても全域を防護できているとは言えません。そして、発射後に防衛位置を調整しようにも、音速を超えて飛来する凶弾に対処するにはとても間に合いません。
ですから、防護可能領域以外からは住民達を避難させ、建物などの損壊による被害から魔法で住人を守る担当が必要となります。そちらは兵士の皆さんが買って出てくれました。
今のところ、解除時の被害報告はありません。
解除の隙を突いた砲撃がなかった訳ではありませんので、運よく携帯型の障壁範囲に着弾点が収まってくれたようです。
「障壁の解除をしないで攻撃を通せるような工夫は……難しいですよね?」
「無茶を言わないでください、オーレリア様。龍炎灰燼咆発動の瞬間だけ属性を切り替える必要があるんですよ? 咄嗟にそんな真似ができる器用な魔法の使い方、可能なのはレティ様だけです」
「ごめんなさい。もしかしたら……と聞いてみたくなっただけなのです」
龍炎灰燼咆の最大出力発射の件を聞いたのでしょう。指揮所へやって来たキャシーが呆れた様子で否定してくれました。
領地の代行を両親へ任せた彼女もレティ消失以来滞在を続けており、今ではすっかり南ノースマークの整備主任です。最大出力で灰燼咆を発射するなら、問題点洗い出しのために見学に来るだろうと思っていました。
「……少しは敵船の数も減りましたか?」
「いえ、昨日も増援の船団が到着したばかりです。かなりの数が投入されているようですから、一隻二隻沈めたくらいで優勢な状況にはならないと思います」
「レティ様なら端から巨樹に拘束させたのでしょうけれど……、実際の終戦は遠いですね」
「一方的に戦端を開いた以上、向こうは相当の準備を進めてきた筈です。遠距離への攻撃手段が乏しい王国は厳しい状況がしばらく続くと思います」
「分かってます。分かってますけど、こんな事してる場合じゃないのに……!」
戦争が終わったからと、レティが戻ってくる訳ではありません。それでも戦争なんて起こっていなければ、レティを探しに行ける。ここで燻っていなくて済む。
最後まで続けなかったキャシーの気持ちは、私にも痛いほど伝わりました。
本当に神様の御許に誘われたなら、捜索は無駄に終わります。
だからと言って、手を尽くさずに諦めるなんてできません。ヒエミ大陸にも、西にも東にも手掛かりがないのなら、南大陸への航行手段を整えようと、彼女が弾丸列車の完成を急いで徹夜を重ねているのも知っています。
その時が来たなら、私は迷わず参加するでしょう。
なんとなく気まずい沈黙が続きましたが、それに浸っている事を状況が許してくれません。少し乱暴に扉が開かれ、作戦指令室へヴァイオレットさんが駆け込んできました。
「何がありました⁉」
海を隔てた状態での撃ち合いが続いているのです。緊急の伝令など、嫌な予感を告げるものでしかありませんでした。
「コキオの南の海岸に、不思議な巨木が突然出現したそうです。町の南側に兵士を集合させて警戒を続けると共に、報告を持ってきた冒険者と一緒に住人の避難を始めています!」
既に脅威だと判断して対応を進めてくれているようです。初期の動きとして、私も意義はありません。
「……突然姿を現した巨木、なんとなくレティ様を彷彿とさせる内容ですね」
「…………」
暢気な感想を漏らしたキャシーへ、思わず冷たい視線を向けてしまいます。同意できなくもありませんが、彼女には緊迫感が伝わらなかったのでしょうか?
それに、レティが帰還したなら私達のところへ立ち寄ることなく何かを引き起こすという事もないでしょう。それはキャシーも分かっているのか、希望を抱いた様子ではありませんでした。
彼女以外で不可思議な現象が起きたのだとしたなら、異なる文明圏で生きたエルフ達の発明品の筈です。それはすなわち、敵兵の上陸を許した事でもあります。
「レオーネ従士隊を南門へ集合させてください。私が討って出ます!」
これが第一陣なのか、既に部隊を展開した一部なのか。その見極めのためにも私は報告のあった南側へ急ぐのでした。
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