登城と知らないおじさん
初めての国王陛下への謁見、流石の私も緊張する。
現在の王様は、戦後すぐに即位して、国を安定させる事に尽力したと聞いている。変革より安定を望んだ人で、後世に名を残すような派手な政策は無いけれど、ヒエミ大戦から僅か十数年、私が戦争の痕跡を知らない世代でいられるのは、それだけ早く復興が進められたから。間違いなく、陛下の手腕のおかげだと思う。
惜しい事には、戦争のせいで王位に就いた経緯から、貴族への影響力が弱かった事が挙げられる。現在、王位を巡って貴族が割れる原因の一つとなってしまった。
そんなふうに習ったし、お父様からも聞かされているけれど、ならどういう人かという情報は無い。私自身に判断しろって事なのか、お父様からも語られた事がない。
まあ、先入観で評価していい人じゃないかな。
今日も例によって赤のドレスに袖を通す。
気合いを入れる意味もあるのだけれど、聖女の噂のせいで、何故かこの色が私の正装と認知されつつある。なので、回復薬の話をする場では外せない。
元々好きで着ているから問題は無いのだけれど、何となく釈然としないよね。
「じゃ、行きますか。よろしくね、ベネット」
「はい。よろしくお願いします、お嬢様」
今日のお付きは彼女。
フランには他に用事を頼んだから、久しぶりに別行動です。
王城へは車で向かう。
前回のように歩いてもいいんだけど、寒いし、今、外をウロウロしていると、一目聖女を見ようって、囲まれるんだよね。話しかけてくる猛者は少ないんだけど、遠巻きに人が集まって、何となく誘蛾灯気分になる。
ベネットは、フランと違って、私を守る訓練まで積んでいる訳じゃないから、大人しく車を選択した。
前回も十分スムーズに案内されたと思っていたけど、王様招待の場合は更に凄い。登城の時点で話が通っていて顔パスだったし、門を抜けると執事長らしい人が待ち構えていた。
空中庭園へ案内された前回と違って、今日は正面入り口をまっすぐ、城の中枢へ進む。
謁見の間には入らず、大きな扉の前で折れて、いくつか並ぶ控室の一つに案内された。
部屋の意匠は、王族の象徴である金をこれでもかってくらい散りばめた豪華仕様。褒章なんかの理由があって、謁見の間への入場を遅らせる時の控室であると同時に、王様が少人数との対談を行う場合に使う部屋だからね。
早めに来たのもあるけれど、王様の予定が押してて、少し待つよう言われた。
勿論否なんて言わない。
約束の時間はあくまで目安、私は時間までに来てさえいれば、後は王様の匙加減次第。ゆっくり待たせていただきます。
待つ間なら許されると、ソファの背もたれに身体を預けて吃驚した。
侯爵家でだって、十分いいものを使っているけど、ここではその上をいく。まるで、前世のビーズクッションみたいに心地よく埋まるよ。しかも、雲にでも横たわったくらい抵抗を感じない。
これはヤバい。
疲れの染み込んだ体には毒になる。
このまま意識を持っていかれたら、半分眠そうな目で王様を迎えるなんて、大失態をやらかしてしまいそう。
ベネット経由でその事がお母様に知られたら、なんて考えるだけで怖い。
慌てて体を起こして頭を振ったよ。
フランほど私の奇行に慣れてないベネットに心配ないと伝えてから、お茶を一口。少し苦めが今は有り難い。
ちなみに今日はベネットも一緒。お土産付きなのに令嬢一人なんてあり得ないから、同行者としてきちんと申請してる。
「失礼しますよ」
漸く現れたのは、先触れを告げる執事でも、お茶の換えを持ってきたメイドでも、護衛上の確認に来た近衛でもなくて、知らない人。
50代くらいで、白いシャツと黒の上着、ズボンの質から、多分貴族。割と整った顔つきで、茶髪を丁寧に後ろへ撫でつけて、丸い眼鏡をかけている。
はて、誰だったかな?
王族や大臣は勿論、爵位持ちの貴族の顔は覚えたつもりだったけど、記憶にない。
もしかすると、王城で働く職員かな。そこまでは押さえていないし、王城なら貴族出身者がいても不思議はない。
ここに現れる意味は分からないけどさ。
「いや、申し訳ありません。噂の聖女様に一目お会いしたくて、無理を言ってしまいました」
私の疑問に答えながら、部屋の中へ踏み込んでくる。
ここに居たのがフランなら、知らない人が立ち入る前に止めただろうけど、ベネットは少し躊躇ってしまったみたい。責めるほどじゃないけど、その僅かな間に、おじさんは身体を滑り込ませてしまった。
所作は丁寧なのに、結構強引な人だね。
入室に問題があるなら、部屋の前に控えてる騎士が止める筈だし、今も近衛の一人はおじさんの後ろについて入ってきてる。問題は起こさせないって、対応はきちんとしてる。
「申し訳ありません。陛下が来られるまで、まだ少し時間があります。その間、少しこの方と時間を取っていただけませんか?」
近衛の人に視線を向けると、懇願されてしまった。
何か断れない事情があるみたい。
勿論、私がそのあたりを汲んであげる必要はない。雰囲気からして、私の意向次第では引くんだと思う。
非常識な対応を取られたなら、ばっさり切り捨てる私だけど、今はそこまでする必要は感じない。暇してたのは確かだし、話し相手になるくらいはいいかな。
「ありがとうございます。わたくし、魔法薬について少し研究しておりまして、スカーレット様が開発されたと全く新しい薬について、是非お話を伺いたかったのです」
「どのような魔法薬について調べられていたのでしょう?」
「もう昔の話になりますが、燃える水について少々」
この場合の燃える水っていうのは、前世でいう石油の事じゃなくて、水に火の属性を添加した薬の事。
火をつけられるのは勿論、水では消せない火になるらしい。兵器への転用のほか、身体の芯から暖められる医薬品としても使われる。
「確か、火樹という魔物の樹液や、火属性の素材を水に混ぜたものでしたよね」
「はい、御存知でしたか」
「ええ、回復薬の技術を他へ生かせないものかと、調べ始めたところなので、少しだけ」
「やはり可能なのですね! いえ、今回スカーレット様達が発見された魔漿液というものを利用すれば、新しい魔法薬も作れるのではないかと、ここしばらく、気になって仕方がなかったのですよ」
「私達はできると思っています。魔漿液は魔法を付与して効力を保持させるものですから、どういった魔法を込めるのが最適か、考えているところです」
「……魔法だけ、なのでしょうか?」
急におじさんが残念そうな顔になった。
「どういう事でしょう?」
「すみません。私はその魔漿液というものについて詳しくありませんので、素人考えになってしまうのですが……その、燃える水のように属性素材を足して、新しい効果を生む事はできないのでしょうか?」
「―――!」
そうか。
魔漿液の特徴ばかりに目が行っていたけれど、従来の魔法薬と別に考える必要は無いよね。
それに、属性を足すというのは頭になかった。
魔法は重ね掛けしても、属性は変わらない。でも、魔物素材ならそれができるかもしれない。大きな変化はなくても、魔素の節約にはなるかもだし、魔法と素材が合わさって何が生まれるのかも興味がある。
回復薬にだって応用できる。
薬の中には、特定の部位だけに効力をもたらすものもあるし、薬の効能を魔法で強化できれば、病気に対してより強い効果が期待できる。
「どうでしょう、使えそうでしょうか?」
あ。
つい思考に沈んでしまったけど、これはこのおじさんのアイデアだよね。勝手に採用できる訳がない。
「申し訳ありません、応用すればどれだけの事ができるだろうと、考えてしまいました」
「そうですか! それは良かった。どんな薬が生まれるのか、期待しております」
「え?」
「?……何か問題がありましたか?」
いや、問題しかないでしょう。
「その、そう言ってくださるのは嬉しいのですが、貴方の着想を、私共が使う訳にはまいりません」
「ああ、それこそ気になさらないでください。研究していたのは昔の話、兄が急逝して家を継ぐ事になりまして、時折こうして考えを巡らせて楽しむくらいで、わたくしには実用化する余裕がないのですよ」
「しかし……」
「わたくしを助けると思って、貰ってください。わたくしが抱えていても、死蔵させるだけですから。それより、聖女と噂される貴方なら、多くの人々の為に使ってくださると信じられます」
それを言われてしまうと弱い。
技術で人に尽くすのは私の在り方だし、聖女らしい振る舞いが世間から求められている以上、噂を信じてくれる人の期待は裏切れない。
善意の強制って強いよね。
結局、ひたすら推されて、折れるしかなかったよ。
技術供与を受けた証明として、誓約書は書いた。
利益を丸まま貰う訳にはいかないから、おじさんの取り分を提案したけど、首を縦に振ってくれなかった。家を相続したなら、お金はいくらあっても困らないと思うけど?
仕方無いから、おじさんの分は国庫に寄付する旨を記す。
本来なら、魔導契約にしたいところだけど、このおじさん、名乗ってないんだよね。この場合、素性を隠したいんだろうから、サインは諦める。
代わりに同席した近衛の人に、証人としてのサインを貰った。騎士爵のサイン入りなら確かな効力があるからね。
「流石聖女様、きちんとされていますね」
変なところで感心しないで。おじさんのせいで苦労してるんだからね。
この後も、おじさんは魔法薬談議で盛り上がってから、帰っていった。
昔の話なんて謙遜で、最近の魔法薬についても詳しくて参考になる話も多かった。碌に公表していない魔漿液を知っていただけはある。
思ってもみないところでヒントが手に入ったよ。帰ったら、レグリットに伝えないと。
とか思っていたら、執事さんがやって来た。
丁度いい時間潰しになったみたい。ここからは、スイッチを切り替えないとね。
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