狐人の慟哭
アル・サウル基地司令官の配送準備を整えた後、私達はコートスォロの町へ戻った。垂直に切り立った絶壁を、太ったエルフを抱えて上れと言うほど鬼じゃない。車両を基地から取り出せる状況にないので、結局は重そうなバウワーブ司令を抱えて走るのだけれど。
コートスォロに寄ったのは今日の宿をとるため。
基地陥落の後始末まで終えて、運転を続けるほどの気力は残っていなかった。
「ありがとうございます!」
「たったそれだけの人数で軍事施設を落としてしまえるだなんて、アンタ達ホント凄いんだな」
「エルフ共がそれで大人しくなるとは思わないが、気分的にはスカッとしたぜ」
「あいつ等の理不尽で殺された者も、きっと喜んでいると思います」
もう一度立ち寄るとは知らせていなかった筈なのに、フィルママンを降りるとすぐさま狐人達に囲まれた。どうも偵察に出て、私達が基地司令を梱包している間に状況を知らせようと走った者がいるらしい。
アル・サウル基地が機能しているかどうかは、狐人達にとって他人事じゃない。
夕食がまだなのだと伝えると、是非奢らせてほしいと年季の入った看板が印象的な店に案内してくれた。そのまま町の人達も詰め掛ける。
メニューは肉料理が中心だったけど。
「凄かったんだぜ! 見る見るうちに基地全体を魔力で覆ったかと思えば、ドカン‼ ……だ。エルフ共の驚愕した顔ったら……!」
基地での様子を私達があまり話そうとしないので、報告役だった狐人がジョッキを片手に熱弁を振るっている。酔っぱらって話がループしても、エルフ達に一泡吹かせた様子に盛り上がって、聞き手達も飽きる気配がない。
店主も興奮しているのか、次々料理が運ばれてくる。私の同行者達はそろって大喰らいなので、山盛りのお皿もどんどん減っていく。私は小食じゃない筈なのに、圧倒されてあまり食が進まない。
「こんなものでよろしければ、如何ですかな?」
この国でご馳走となるとどうしても肉料理が中心になるらしく、野菜を欲していた私の前へお爺さんが漬物っぽい料理を差し入れてくれた。発酵の酸味とスパイスが調和していて美味しい。
黙っていても料理がどんどん届くので忘れていたけれど、メニューを見て注文すればよかったのだと今更ながらに気付いた。
「ありがとうございます。とっても美味しいです」
「それは良かった。……剛猛たる勇者様に、我々の食事はどうも合わなかったようだね」
「食べられない訳ではないですし、美味しいとも思うのですけれど、こうしたさっぱりした料理と一緒に食べたいと思うのです」
「それならいくつかお勧めができるかな? 私もこの歳になると若者と同じという訳にもいかなくてね……」
そう言ってくれたのは、妖狐みたいな貫禄のあるお爺さんだった。モヤモヤさん漏れが少ないのは魔力の制御が習慣になっている証で、老齢による衰えはあってもここにいる狐人の中で多分一、二を争う。複数の尾があっても不思議じゃない雰囲気がある。
「もしかして、現役の狩人ですか?」
「一応協会で支部長の立場はもらっているがね、人手不足で魔物や手配犯を追う毎日だよ」
しかも、食肉の調達じゃなくて危険現場の担当らしい。
そんなお爺さんから聞かされたのは、昔語りだった。
「昔はね、私もエルフ共に反抗していたのだよ。あの頃は血気盛んで、仲間達と防衛網を構築してエルフ共を町へ入れないように立ち塞がった。多くの狩人も協力してくれてね、あいつ等の理不尽に振り回される事もなかった……」
対立はしていても、向こうに死者を出す事はなかったと言う。
目的はあくまでエルフ達に争うのが面倒だと思わせる事。
そもそも、エルフ達が町へ立ち入る用向きがない。武器は向こうが優れていて、基地には物資も潤沢にある。はじめから買い物の必要もなかった。
宿に泊まった事もないらしい。曰く、獣臭い宿には泊まれないのだとか。
そう言った訳なので、先日のように狐人の生活圏へエルフ達が入ってくるのは加虐行為を楽しむ為であったり、憂さ晴らしが目的であったり、迷惑な都合でしかなかった。
狩りの通達だって、一方的に突きつけるだけで協調する気もないのだから意義を果たしていない。無計画な狩りは後始末が面倒になったり魔物の暴走を引き起こしたりと厄介ではあるものの、狐人達の言い分を聞き入れるつもりはないのだから勝手にすればいい。
なので、煩わしさが悪辣な楽しみを上回るなら、町へ近づく理由がなかった。
しかし、死者を出してしまえば前提が変わる。どんな理由であれ、エルフ側に明確な損害が出れば反逆の意志があるものとレッテルを張られてしまう。自分達が見下している勢力に追い払われましたとは報告できなくても、兵士の死は隠せない。軍が出動するだけの理由になる。
「でもね、ある日どうして兵士になったのか分からないくらいに鈍臭いエルフが一人で転んで死んだ」
多分、実家の意向だけで出世したバウワーブ司令みたいな尉官が混じっていたのではないかと思う。そして、そんな事情を鑑みるエルフ達じゃない。
「そこからは地獄だったよ……。仲間達が一人、また一人と斃れ、我々を突破した後は町を、国を蹂躙された。面白半分に避難所を燃やし、誰彼問わず殺した数を競い、親の前で子供を殺して嗤っていた……!」
アル・サウル基地の兵数は数千程度、数だけを比べるなら狐人の方が多い。けれど、戦闘員として数えられる人員は限られる。おまけに魔法の習熟度合い、装備の質に大きな差があるから悲惨な結果は避けられなかった。
「……お察しします。それで、気持ちが折れてしまった訳ですか?」
「ええ。国の者にも、お前達のせいだとなじられたよ。エルフ共に服従していたら、ここまでの悲劇は起きなかったと」
「手の平を返されてしまったのですね」
「当然の事です。国のためだった、そんなつもりではなかったなどと、何の言い訳にもならない。それに、才能を見せつけたい……何処かそんな顕示欲があったのも事実なのだから……」
転んで死んだエルフを恨むより、最悪の事態を見通せなかった自分を責め続けてきたのだと思う。
「けれど、それでこの国から不幸がなくなった訳じゃない。エルフ共が我が物顔で乗り込んでくる度、気まぐれで傷つけられる者、尊厳を奪われる者、財産を失って路頭に迷う者は後を絶たなかった」
「時には死者も出たそうですね」
「ええ、ええ……! それでも、エルフ共の機嫌を損ねて悲劇を繰り返すような事があってはならない。敵対の意思を見せるよりましだと、自分に言い聞かせてきた。エルフのせいで泣いた者、不幸に遭った者達を、仕方のない犠牲だと己を騙し続けてきた……!」
支部長さんは血を吐くように過去の思いを語る。
これまで、決して口に出す事は許されなかった。自分達の浅慮が生んだ罪は消えない。今回、エルフ達に対抗できる勢力が現れて初めて、悔恨を吐露できるようになったように思う。
もしかすると、未だ危険な現場に身を置くのも贖罪の一環かもしれない。
とても、気持ちは分かるだなどと理解を示す事は出来なかった。
そして、だからこそ続く言葉が想像できてしまう。
「この国が変わる機会は今をおいて他にない! どうか、どうか、貴女方を手伝わせてほしい。エルフ打倒の戦力に、私を加えてもらいたい!」
やっぱり……。
こうして長老みたいな支部長に懇願されてしまうと、後に続く者が出る。どうか自分も、私も是非、今こそ反撃の時だと、食堂の空気が変わる。
それでも私の答えは変わらない。
どう言って断ろうかと頭を悩ませた時だった。
「それなら、先に東へ向かうといいよ。オレ達も後から追いつくから」
否定の言葉は間に合わない。シャハブの安請け合いがこの先の展開を大きく変えてしまった。
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