王城招待 再び
病院と協力を取り付けてから、1か月が飛ぶように過ぎていった。
私達は回復薬完成に向けて、忙殺されている。
奇跡を演出してしまった者としての責任だから、実用化を望んでる人達の期待に応えなきゃなんだけど、私のキャパを少々オーバーしてしまって、ちょっと死にそうになってます。
研究の方は、協力者も増えたし順調と言っていい。
インバース医院の患者さん達の多くが治験を望んでいて、被験者には事欠かないくらい。むしろ噂を聞いた人々が集まってきてパニックを起こしかけたと聞いた。協力してくれる人達の負担を増やす訳にはいかないから、保安の為に家から騎士を派遣した。
準貴族の騎士爵もいる場で無茶をする人はいないし、何より聖女の代理人って事だから、効果は絶大だった。
おかげで、パラフィン製薬の人達がリストアップする問題点を次々と潰していけてる。
ただ、役割毎にやるべき事の偏りはある訳で、特に私とウォズに余裕がない。
ウォズに課せられた問題は量産化の手続き。
魔力注入の基板にしろ、魔漿液にしろ、生まれたばかりの技術でノウハウがない。
分割付与の基盤は、春から魔道具への導入に向けて、漸く工場を確保したばかり。そこへ、回復薬用の魔導変換器基板が追加された。無茶でも工場を追加しないと回らない。
魔漿液なんて、スライムを確保する事から始めないといけない。冒険者ギルドに捕獲依頼を出すのは勿論だけど、リッター先生の伝手を使って、スライムの養殖実験も始めた。水に浸したスライム核が、どれくらいで元の大きさに戻るのか、なんてデータも必要だから、リッター先生も自分の研究を放って私達の方に協力してくれている。
スライムの蒸留工程にも問題を抱えている。
本来蒸留っていうのは液体を想定して設備が作られているもので、不要固体が混じるならともかく、再利用予定のスライム核の扱いには対応していない。しかも、スケールを大きくするって事は、それだけたくさんのスライム核が積み重なる訳で、最初の工場実験では、半分近い核が潰れて使い物にならなくなった。
これらの調整を行っているものだから、ビーゲール商会からの出向者は増えたのに、ウォズに余裕ができた様子は無い。
私はと言うと、貴族平民問わず、問い合わせが酷い。
貴族の対応は勿論だけど、協力者は増やしていかなきゃいけない状況なので、人に会う機会がぐっと増えた。
中には、噂の聖女様に一目会ってみたい、なんてのもあるから取捨選択はしてるのだけど、後から後から面会依頼が積み上がっていく。噂を聞きつけて、王都外から来る人も増えてきた。
国の防衛が楽になるかもって期待は分かるから、辺境伯との対談とか断れないよね。
「レ…聖女様、新しい基板の仕様書です。確認してください」
面会状の山と格闘したところに、わざわざ私が嫌がる呼び方で話しかけてきたキャシーを睨む。まるで堪える様子は無いけどね。
「そんな怖い顔してると、またアシルちゃんに泣かれますよ」
「う…」
アシルちゃんというのは、先日回復薬で助けた女の子。
病院に赴いた際に顔を合わす事があるのだけれど、あの後、貴族についてしっかり聞かされたらしくて、私が笑顔の時でないと話しかけてくれない。
あの日、ガーベイジ子息を散々脅しつけておいたところも見られたものだから、恩人であると同時に、怖い人でもあるって刻み込まれたみたい。
「私、子供に怒ったりしないのに……」
「疲れて半眼になってると、機嫌が悪く見えるみたいですよ」
「それは私のせいじゃない、この減らない山が悪い」
「ついでに回復薬の疲労に対しての効果も調べますか?」
「うまくいったら、際限なく仕事が積み上がりそうだからやめて」
回復魔法を溶かし込んでいるから、多分効果はあるんだろうけど。
栄養ドリンク飲んでエンドレス徹夜作業する社畜みたいな真似はしたくない。
「それで、基板の分割はうまくいった?」
「はい。魔法の付与と、魔力の充填、別ける事で製造効率は上がりそうです。特に、魔力の充填は処方前に必要に応じて行なった方が、無駄がなくなるんじゃないかって、ウォズが」
「……死にそうな顔してるけど、コストを考える余裕はあるんだ」
「商人の人が皆そうとは思いませんけど、ウォズの場合は、人格と商売人の面が分割されてて、同時に思考するんじゃないですか」
「黒、好きだもんね」
「緋の聖女様とは相性が悪いかもしれませんね」
だから、その呼称、忘れて。
「失礼します……申し訳ありません、お話し中でしたか?」
やって来たのはレグリット。誰彼無しに次々やって来るけど、来客対応中じゃない今しか、私が捕まらないから仕方ない。
「いえ、あたしはもう行きますから、大丈夫ですよ」
「じゃ、キャシー、魔法付与だけした分を、長期保管試験に回しておいて」
「はーい。失礼します、聖女様」
どうも、あれで揶揄うのが気に入ってるらしい。
つい、反応してしまうから良くないのかな?
「すみません、スカーレット様。光魔法を付与した回復薬の結果がまとまりましたので、ご確認ください」
回復魔法としては、光属性の方が一般的なので、そちらの方も試してもらってる。
「……今のところ、想定通りみたいね」
「はい。下級回復薬なら、無属性の場合と同等の結果が出ています。ただ、中級、上級となると、被験者の属性との反発が顕著ですね。現時点では、特級の実験は難しそうです」
体内に直接注ぐ分、反発も大きいみたい。
魔石の希少性は無属性の方が上なので、代替品として使えないかと思ったけど、難しそう。スライムの無属性魔石はいっぱいあるんだけど、質が低すぎて使えないんだよね。
「なら、予定している実験を終えたら、一旦保留にしようか」
「かしこまりました」
「それから、他の属性で作れる魔法薬の一覧を作って。そっちの方が、レグリットの専門だよね?」
彼女、魔塔にいた頃は魔法薬の研究者だったので、思ってもみない形で専門分野に戻った事になる。属性測定の検査薬も魔法薬の一つだから、その関係で属性測定師の資格を取って、ノースマークへ派遣される事になったみたい。
「……宜しいのですか?」
「現状では回復薬の方を手伝ってもらわないと困るけど、将来的には、魔漿液を回復薬の専用にするのはもったいないからね。可能性を探る為にも、できるところから手を付けていこうか」
「はい!」
入ってきた時より張り切って出ていった。
モチベーションを上げられたなら、まだまだ忙しいこの状況でも力になってくれる筈。
それに、魔力回復のポーション、回復薬に加えて、各種属性の魔法薬も実用化できれば、その分、製造の為に多くの魔素が必要になる。つまり、モヤモヤさんが減って、私の快適空間が増えるって事だからね。
うふふふふ。
「……何かありましたか? お嬢様」
変なテンションになって笑っていたら、フランが気味悪そうにこちらを窺ってた。疲労でネジが緩んでるみたい。
後でお砂糖たっぷりの紅茶を入れてもらおう。
「それよりお嬢様、こちらを」
差し出されたのは封蝋済みの封筒。王冠と太陽で飾った紋章が入ってる。
遂に来たか。
前にも似たものが届いたからね、今回は取り乱したりしない。
ただ、前回と明らかに違う点が一つ。
これ、差出人の記入がない。
つまり、名乗る必要のない人からの招待、と言うか召喚状だね。
「今回のお嬢様は、比較的落ち着いていらっしゃいますね」
「そりゃ、回復薬の事が噂になった時点で、来ると思ってたからね。完成していない事を察していてくれたのか、随分遅かったくらいだよ」
心の準備はできてました。
それより大変なのは、指定日までに仕上げなきゃいけない手土産の方かな。
「キャシー、ここまでの実験結果から、最良の条件で特級回復薬の試作をお願い! マーシャは、キャシーに仕様書を貰って、課題点を明確にした取扱説明書を作って! ウォズは陛下に献上用の薬瓶の調達と包装の準備を!」
「「「はい!」」」
期限は3日。
忙しい日々はまだまだ終わりそうにありません。
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