勇者……のち魔王
猫耳の美少女だとか、犬耳の美青年なんて獣人は、この世界に存在しない。
どういった理由かは分からないけれど、獣の特徴を残したまま人型に進化した種族を獣人と呼ぶ。
つまり、もふもふタイプ。
祖先となった種族は幅広く、少数ながら爬虫類や両生類から進化した者もいる。
ちなみに彼等も歴とした人間なので、卵から孵ったり幼体から成体へ変態したりもしない。蛙人の子も、きちんと蛙人として生まれてくる。体温調節機能や食性に差はあっても、哺乳類には違いなかった。
獣や蜥蜴そのままの外見で流暢な人語を話す声帯はどんな構造なのか、母胎構造はどうなっているのか、生態的に気になる点も多い。
もっとも、帆船と違って気軽に分解する訳にもいかないけれど。
今回、私が目覚めたのは猫人の集落だった。
愛嬌ある猫の頭部は人のそれより少し大きく、一方で人間そのものの体躯からは歩調の軽さや俊敏性は察せられず、なんとなく鈍重そうに見える。指が少し短いのもその印象を助長させているかもしれない。
成体……? 大人……でも私と同じくらいの大きさだから、身長も低めかな。
おまけに体毛も猫のままで、その邪魔にならないようゆったりした服で着ぶくれしているものだから、どこか着ぐるみっぽさもあった。
「どうか我々をお助けください、勇者様」
「現政府から、もうすぐエルフの王が逝去するため選帝の競儀に入ると通達がありました。ですが、魔物を狩ってその数を競うと言うのです……!」
「そんなもの、ドワーフ達と共に多くの武器を開発している奴等が勝つに決まっている」
「そこで、藁にも縋るつもりで貴女様をお喚びしたのです」
「どうか……、どうか我等にご助力ください」
どうやら、私は彼等によって強制的に転移させられたらしい。
その証拠に、私の足元には魔法陣があった。私の知っているものとは法則が違うので明確には読み取れないけれど、どうも一定の条件に当て嵌まる対象を召喚するためのものらしい。
空間転移を実現したという一点において、ヒエミ大陸のものより優れている。
勇者召喚と聞けばラノベ的には異世界転移を想像するけれど、幸い世界を跨いだ様子はない。
猫人達の様相が私の学んだ知識に収まっているし、エルフやドワーフ、そして選帝の競儀と、先ほどまで直面していた連合国の文化と一致する。
何より、猫達が話す言語が南大陸のものだった。更に別の世界だって可能性は限りなく低い。ただし、私が習得したのはヒエミ大陸で隠遁するエルフ達と対話するためのものなので、多少の齟齬がみられた。それでも、ヒヤリングは何とかできる。
将来必要になるかもってだけで勉強を強要したノースマークの教育方針に感謝だね。学院では学ばない内容なので、現地住人との意思疎通もままならないまま異国へ放り出されるところだった。
とは言え、私は猫達の話をほとんど聞いていない。
困っているらしいとは分かるものの、どうしても関心がそちらへ向かない。
原因は、私の周りで倒れている猫達だった。私と同じく壇上の側にいて、魔法陣に沿って並んでいる。小さな体躯、少し丸みを帯びた顔立ちから子供だと察せられた。でも、どの猫ももう息をしていない。
死亡理由は考えるまでもない。
魔法陣の起動には当然魔力を必要とする。鏡面転移でもオリハルコンに充填した大量の魔力を消費するのに、大陸を越えられる召喚魔法に必要な量ともなれば膨大に決まっている。ヒエミ大陸で同程度の魔法陣を起動させようと思ったなら、魔石を大量に用意して不足を補うか、魔法陣を広域に描いて流入魔力を増やす。
けれど、南大陸の魔素濃度は薄いと聞いている。必然高品質の魔石は期待できないし、それほど強力な魔物が棲息しない環境でも討伐が困難だと、先ほど猫の一人が言っていた。
そして、魔法陣を拡大しようにも石畳に刻んだ代物だった。遺構と言っていいほど古びていて、術知識そのものは失われているように思える。そのまま書き写そうにも素材の選定や拡大による追加術式が必要になるので、基礎を知らないなら模倣もできない。
そこで、子供達を魔石の代わりにしたのだと思う。
魔物と比べて脆弱な肉体しか持たないにも関わらず、人間は高魔力を含有している。だから、魔法の素養が低い人物からでも高品質の魔石クラスの魔力が搾り取れる。ヒエミ大陸でも、かつては人身御供を前提とした高威力魔法があった。
魔物から生活領域を守るため、戦争の敗北を回避するため、大義が成立するならいくらでも残酷になれる側面を、人間は持つ。
でも、私を喚ぶため子供を犠牲にした事実には納得がいかない。
私が召喚の条件に合致してしまったせいで、この子達を死なせてしまった。魔法陣の作用に巻き込まれた側とは言え、子供が死んだ現実を前にすると心が痛い。
「う……ぁ……」
魔法陣の中心で立ち尽くしていると、細い呻き声が聞こえた。
空耳かもと思ったけれど、声がした方を見ると僅かに口元が動く様子が確認できた。
生きてる!
気付いたと同時に、私はその子のもとへ駆け寄った。どういった子かは知らない。それでも、命があるなら助けたい。全力で回復魔法を発動させる。
見れば、他の子供達と比べて体格が大きかった。顔にはあどけなさが残るのに、私とそう変わらない大きさをしている。おまけに筋肉質なものだから、上体を抱き上げた両腕がズシリと重い。早熟だとか、個人差ではちょっと説明できないレベル。
でも、おそらくその差が生死を分けた。
子供達の中で体格が飛び抜けていた分、生命力も高かったのだと思う。
けれど、回復魔法で息を吹き返す様子がない。腕の中の子供が、熱を取り戻す気配が感じられなかった。
考えてみれば当然で、回復魔法は対象の治癒能力を活性化させるものでしかない。体力を取り戻す事で一部の病気跳ね除けられても、自然治癒が見込めない疾患や障害への効果は見込めない。
そして、この子は怪我をしている訳でも、病気を患っている訳でもなかった。
魔力枯渇状態になってなお強制的に魔力を搾り取られた結果、生命自体を魔力に変換して不足を補ってしまった。身体に異常はなくとも、生きるだけの活力を失っている。
つまり、回復魔法では助けられなかった。
そうと分かれば、他の方法を模索する必要がある。悩んでいるような時間はない。
可能性があるとすれば、本人が魔力を取り戻す事。
だからと言って、他人の魔力は注げない。魔力の質に個人差があるせいで、無理に流し込んでも身体が受け付けてくれない。魔素として拡散するだけで定着しない。
でも、希望はあった。
この世界の生命体が魔素を吸収して魔力を作り出すのは、生きるために必要だからに他ならない。魔法を使わなくとも、生きる上で常に魔力は消費している。だから、人の生活圏ではあちこちにモヤモヤさんが付着している訳だし。
十分な魔素さえ吸引できたなら、あとは本人の生態機能が生きるのに十分な魔力を作り出してくれる。
けれど、自然吸引を待つ余裕はない。空気中にも魔素は漂っているのに回復する気配がないのは、生命維持に必要な量を確保できていないから。ここまで弱ってしまうと、魔力の補充を待つ間に命が尽きる。
ヒエミ大陸と比べて魔素濃度が低い環境も、今は悪い方向へ働いている。私が見渡してもそれほど不快に思わない程度のモヤモヤさんしかないから、おそらく魔物領域に連れて行っても自己回復は望めない。
魔力回復ポーションがあればいいのだけれど、私は使わないので持ち合わせがない。突然の召還で魔導変換器の準備もない。現地調達という訳にもいかなかった。
そうなると、私が魔素を凝縮してポーションの代わりにするしかない。
けれど問題もある。
モヤモヤさんに私が干渉した時点で、私の魔力の影響を受ける。魔素を操作するだけであっても、それ自体が私の魔法だから。無属性の私は魔素との親和性が高いというだけ。子供の頃はその違いが分からなかったけれど、魔素を操れる特殊能力を持っている訳じゃない。
モヤモヤさんを介して物質を支配下に置く。つまり、私の掌握魔法。
以前にこれを生命体に対して行使した時、夜牙犬は私に隷属した。……クロの事だね。
間違いなく、今後の生活に影響が出る。
それでも、迷っている暇はなかった。
どんな事態になったとしても、ここで死ぬよりは絶対いい。
私は覚悟を決めた。
私の魔法で人生を狂わせる以上、一生面倒見てもいい。何なら養子にするって手もあった。きっとウォズなら反対しない。生活の場も、学ぶ環境も、望んでくれただけ用意する。ヴァンデル王国で猫獣人の養子は初だけど。
せめてもの対策として、体内で魔素を凝縮するのではなく、リュクスで集めたモヤモヤさんを穂先で液状化させる。魔法の影響は避けられないとしても、体内の貯蔵分ほどしっかり私色に染まっていない――と、ノーラから聞いたことがあった。
ちなみに、アーリー、ウィッチ、リュクスのミニ箒は常に携帯しているから、急な召喚でも困ることはない。
液状化させた魔素を一滴、また一滴と口に含ませていくと、絶え絶えだった息が徐々に安定し始めた。生命活動の低下で魔素を魔力に変換する機能も弱まっているのかモヤモヤさんとして拡散してしまう分も多いけれど、自然回復に任せるよりは効果が見られる。
ただし、案の定異常も現れた。
呼吸が穏やかになり、体温が上昇していくと同時に、身体は急激に成長を始めた。一五〇センチ程度だった身長は二メートルを超える巨体に、あどけなかった顔つきは精悍さを身に付け、首には立派なたてがみが……。
「――って、この子、猫じゃない‼」
猫獣人と接するのが初めての上、幼い外観もあって獅子人だと分からなかった。明らかな体格差は、種族の違いからのものらしい。
同世代の猫人より魔力量も優れていたのだと思う。その種族特性のおかげで、即死を免れた。
「凄い……、子供が生き返った」
「勇者様が起きした奇跡だ」
「流石、召喚の儀に応えてくださっただけはある!」
「これで、きっと我等も救われる」
「勇者様、そのお力でどうか我等もお助けください……」
後ろから、集まった猫人達が私を褒め称える声が聞こえた。驚きと歓喜に打ち震えているのも分かる。
でも、彼等の称賛は私の心に響かなかった。
せめてニャーニャー言ってくれたなら和んだかもしれないのにね。
だから、しばらく無視して獅子獣人の経過観察に集中する。意識が戻らないから成長の影響は確認できないけれど、危機を脱したのは分かった。モヤモヤさんを過度に放出するような気配もないので、魔力の状態も安定しているのだと思う。
十五人中一人だけ。それでも、救えた命があった事が嬉しかった。
他の子供達は丁寧に埋葬してあげようと思う。そのためには、後ろで騒ぐ獣人達と向き合う必要がある。私はこの地方での慰霊因習について知らないから。
でもその前に、私はリュクスを彼等へ向けた。
すると、不可視の手が無数に伸びて猫達を捕まえる。一人たりとも逃がさない。
「な、なんだ? なんだ⁉」
「ぎゃー、助けて……」
「これは勇者様? ど、どうして……」
「痛い! 痛い! 痛い‼」
マジックハンド魔法で捕獲した後は、死なない程度に強く握りしめる。彼等には回復魔法が有効なので、後で直せば問題ない。
「さて。自分達が助かりたいがために子供を犠牲にした事、私を納得させられる理由があるなら聞きますよ?」
「「「ぎにゃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ‼」」」
悲鳴は間違いなく猫だった。
………………。
…………。
……。
「不快にさせてしまい申し訳ありません、魔王様。反省しております」
「あの子達は孤児で、生き延びられる可能性が低いからと、我々の都合で犠牲を強いてしまいました」
「ですが、我々もそれだけ追い詰められていたのです。残された選択肢がなかったことも、どうかご考慮ください……」
すっかり消沈した猫人達から事情を聞いたところ、魔物に襲われて親を亡くした子供達だった。余裕があったなら協力して養育するところ、最近は食料も不足がちで重荷となっていたらしい。
改めて確認してみれば、死んだ十四人の中に自分で食い扶持を稼げる年頃の子はいなかった。
特に獅子人の子は近くの森へ置き去りにされていたところを保護したものの、食事量が猫人より多く、このまま村に置いておけなかったのだと言う。なお、近くに獅子人の村はないそうだから、そちらに預ける事もできなければ、どうして捨てられていたかも分からない。
猫人の食糧採取は狩猟に頼っていて、子供は戦力として期待できないのも理由だった。魔法のおかげで老人は狩猟に参加できても、属性が安定しない子供は一方的な負担になってしまう。
加えて、魔法を教えるのにも労力が要る。それで活躍できるようになる保証がない孤児達の立場は弱かった。
この猫人達にだって家族がいる。年端もいかない子供達が死んでいるのを見れば残酷に思えてしまうけど、実子よりあの子達を優先しろとも言えない。歳を重ねたからと、隠居できる環境にもない。老人から優先して犠牲にしたとして、それで捕獲量が減ってしまえば誰かが飢えるのも事実だった。
そうだとしても、とても納得できるものじゃない。
けれど私は部外者で、苦労を分かち合ってきた訳でもない。話を聞いただけで、本当にこの村が置かれた状況を理解できた訳でもなかった。
おまけに、種族も生まれた大陸も異なる。とても価値観を共有できるとは思えない。
だから、罰を与えた事に後悔もなかった。
私がここに来た事で死んだ人間がいると思えば気分が悪い。私の事情を一切考慮せずに呼びつけた件もある。
でも、感情に身を任せるのはここまで。
彼等の頼みを聞くかどうかは別として、今は頼らざるを得ないって現実があった。おそらく南大陸だろうってくらいしか分からない状況では、彼等との縁を切ると情報源がなくなってしまう。
この村落を出て、別の獣人に出会えるかどうかも分からない。人口分布次第では、適当に歩いても民家を見つけられない可能性だってある。
決して好きにはなれそうにない人達って事実は置いておく。
魔力波通信機も、転移鏡、飛行ボードすら持ち込んでいない。飛行列車や水地両用潜航艇を作る知識はあっても、建造する技術は私にない。そもそも、材料が手に入るかどうかも分からない。
それでも、私はヴァンデル王国に帰らなければならない。
好悪で猫人と距離を置いている場合じゃなかった。獅子獣人の子を助けた責任も取らないといけないし。
あと、どうでもいいけど勇者様から魔王へ格下げとなっていた。マジックハンド魔法での締め上げが、よほど恐ろしいものに思えたらしい。
魔王と言っても、魔素濃度が低い南大陸には魔王種が出現するだけの環境が整っていない。だから、魔物扱いされている訳ではなかった。聖典に出てくる悪魔の王、つまり“とても恐ろしいもの”ってくらいの意味でしかないのだけれど。
いつもお読みいただきありがとうございます。
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