大魔導士消失事件
信仰と言うのは面倒なもので、今更キミア巨樹は魔王種であると訂正しても、理解が得られるとは思えない。撃退したところで、間違いなく次を送ってくる。南半球を統べる大国の僅か六隻、どう見積もっても先遣隊でしかなかった。きっと装備も更に強力なものが控えている。
戦勝後に自分達が確認して、初めて誤認だったと思い知るのだと思う。騙されたのだと、腹立ち紛れに無茶な要求を突きつける可能性すらあり得る。
そんな未来は絶対に阻んで見せるけど。
元来、エルフは精霊を信仰するのだと伝えられている。精霊、つまりは万物の根源になったとされる存在で、主に自然に宿る。木材を利用しないだとか、自然破壊を悪と捉えるだとか極端な話ではないけれど、自然の恵みに感謝し、高齢樹に敬意を示す。精霊の働きかけのおかげで生活が成り立ち、高位に至った精霊が見守ってくれているのだと考えるから。
そういった理由で、殊更世界樹を特別視する。
聖典で語られる世界樹はこの世で最も大きな存在で、最も偉大な精霊が宿るとされている。神様が世界を創ったとするなら、精霊は世界を支えてくれているのだと。
聖典の記述に差はなくても、国によって多少のアレンジは生じる。この大陸でも聖女信仰があった。
私達に理解できなくとも、エルフには戦争を起こすだけの大義を掲げている。
ちなみに、ドワーフの場合は大地を信仰する。特に種々の鉱石は神様が発展の礎として与えてくださった恩寵品だと言う。それに応えて様々なものを生み出す事を使命だと考えており、神の金属であるオリハルコンの入手を一族の悲願としているらしい……。
うん。
連合国の主勢力が求めているもの、どっちも私のところにあるね。
「アド、連中の目的は分かった。しかし、皇国への関与はどういった意図があったのだ? 世界樹とは別の目的があったように思えるのだが」
「この大陸の文明を計るのが目的だったようです」
「……情報が手に入らないのは向こうも同じと言う訳か」
「はい。残念ながら捕らえた指揮官とは異なる勢力だったらしく、詳しいことは知りませんでした。ですが、似た試みがいくつか計画されていたそうです」
「別勢力? 他国に攻め込んでおきながら、自国の意思統一ができていないという事か?」
「そう思っていいかと。最終的な目標は同じとしながら、あわよくばヒエミ大陸を支配下に置いてしまおうと目論んだ者達がいた模様です」
手っ取り早く武力で制圧してしまおうと今回乗り込んできたのが過激派、調査と同時に調略を進めてあわよくばローリスクハイリターンを狙おうとしていたのが強欲派ってところかな。なんとなく、前者が軍属、後者は外交家って気がする。
「この国でそうした企みがあった話は聞かんな。目的を察せられる事を恐れて避けたか? 帝国の暫定政府からもそうした報告はない。そうなると小国家群……か。皇国はともかくとして、小国を足掛かりに支配拡大を目指すのは迂遠が過ぎんか?」
「そこは、我々では計り知れないほどに気の長い連中ですから」
技術の供与で生産率を上げ、生活に余裕ができた国民を兵士として徴発し、訓練を課す。それをいくつかの国で同時進行すればそれなりの戦力が集まるし、武器は母国から持ち込めばいい。
単純に小国が発展するだけなら警戒レベルも低い。連合国からの干渉を跳ね除けるように王国から警告しても、自国が栄えるって見返りがあるなら従わない可能性が考えられる。国力に圧倒的な差があるから恭順しているだけで、小国家群が王国の支配下にある訳じゃないから。
連合国の息がかかっていると知らなければ交易のメリットがあるし、栄枯盛衰が激しい北方地方の安定は王国の望むところでもある。おまけに世代を跨いでしまえば、そういう国だって認識が広がって不審を覚える事もなくなる。
どれだけの期間を割くつもりか知らないけど、できない話じゃないね。
こうなると、キミア巨樹が魔王種だと世間に伏せているのも不味かった。
王国の貴族の間では割と知られた話でも、民間には情報を流していない。完全に制御できている存在を過度に恐れるより、実際に接して無害なのだと知ってもらおうと思ったから。おかげで、私の活躍を神様が認めて、楽園への入り口を南ノースマークにもたらしたのだ……なんて風聞まである。
キミア巨樹の頂上が楽園に通じていない事は、雲上公園が証明しているのだけれど。
当然、神殿もあれが世界樹だとは認めていない。あくまでも突然変異の巨木だと声明を発表している。
その結果、民間からの情報収集では真相に辿り着けなくなってしまった。常に魔素を放出しているおかげでほぼ無尽蔵のエネルギーが得られるだとか、魔道具素材としても優秀な上に魔石が実って観光業以上の収入があるとか余計な情報も拡散していないので、他国の貴族からしても威容な巨木でしかない。
キミア巨樹を有する王国を敵性国家と認定して連合国が接触を避ける以上、誤解が解ける筈もなかった。
混乱を避ける目的での情報規制だった筈なのに、別の脅威を引き寄せてしまっている。
「伯爵、キミア巨樹を複製するなどして、交渉で戦争を止める事は可能か?」
「無理でしょう。小さな苗木程度ならともかく、世界樹と呼べるほど成長させるなら大地が枯死します。南大陸の魔素濃度は低いと聞きますから、それでも十分な成長は見込めないかもしれません」
キミア巨樹は墳炎龍の魔力受容器官をふんだんに使ったからあの威容になったのであって、メドゥ沃龍を魔石ごと消滅させた今、代替となる素材は存在しない。
尚、キミア巨樹を切り倒そうだとか、焼き払おうだとか中途半端な除去を試みても似た事態が発生する。元々、建材を無限入手しようと集めたトレントが融合しただけあって、巨樹は異常な再生能力を備えている。構築の魔法陣用の建材として枝を切り落としてもすぐに次が生えてくるくらいには速度も速く、代償として多量の魔力も消費している。
巨樹の大きさからすると極一部なので供給が間に合っているけれど、損傷が甚大となれば当然消費量も飛躍的に上昇する。そして、一部でも残ると再生を始めてしまう。不足したなら周辺から魔力を消失させ、生物が生息不能な死の大地を作り上げるくらいの危険を秘めていた。
しかも、根を海中にまで張り巡らせているくらいだから、根絶しようと思えば南ノースマークとその周辺ごと消し去るくらいでなければならない。実質、不可能と言っていい。
そうした懸念事項を説明すると、貴族達の顔色はどんどん悪くなっていった。きちんと性質を把握した上で管理しているから安全なだけで、リスクを伴わないメリットなんて存在しない。
「それ以前に、引き渡したところで世界樹でなかったと判明するだけですから、初めから交渉材料になりません」
「道理だな。そして、北方小国の調略を止めるのも現実的ではない」
「はい。時間の感覚が違う訳ですから、予兆を見つけるのも難航するでしょう」
発展の兆しが見えたからと連合国に与した証拠にはならないし、国力向上が緩やかなら猶更兆候は分かりにくい。
もしかすると皇国への干渉も、アンハルト元侯爵令嬢の暴走がなければもっと段階を踏む予定だったのかもしれない。内戦が勃発してしまったせいで、慌てて手を引いたとも考えられた。
「そうなると、やはり武力行使によって手を引かせる他ない訳だな」
結果的に過激派の襲撃に助けられた形となった。そうでなければ強欲派が目論んだまま、気付かないうちに敵性国家を大陸内に作り出されるところだった。
「ならば話が早い。長く生きるだけが取り柄の蛮族など、さっさと滅ぼしてしまいましょう!」
「残念ながら、そう簡単な話でもありません」
「な、なんだと?」
キトリート伯爵が許可も得ないまま楽観発言をして、大勢から白い目を向けられる。けれど白眼視しているのはマナーの逸脱だけで、発言の軽率さを責める様子は少なかった。
実は、ヒエミ大陸にもエルフは在住している。
個体数が少なく、世間と価値観が折り合わない彼等は隠遁を選んだ。ソーヤ山脈の奥地に小村を構築し、他国からの干渉を拒んでいる。
自然を尊んで文化的な生活を良しとせず、魔物との共存と狩猟生活を続ける彼等を基準にしての軽視発言なのだろうけれど、ドワーフとの協調を選んだ連合国エルフには当て嵌まらない。
加えて隠れ潜む事を選んだこの大陸のエルフにしても、非常に多彩な魔法を使うのだと知られている。魔物領域で暮らせるだけの戦闘力は決して侮っていい存在じゃない。
「伯爵がそう断じるのは、連中の兵器を解析して得た結論だな?」
「はい」
「一体、どういったものだったのだ? 説明してくれ」
「火薬の炸裂でも魔力圧による射出でもなく、電磁気力によって弾丸を加速させ、撃ち出すものでした」
「「「……?」」」
この場の全員が疑問符を浮かべたのが分かった。私としても、これだけの説明で伝わるとは思っていない。
と言うか、電気や磁気の性質に明るくない貴族へ伝えきれる気がしない。
「すまない、伯爵。もう少し分かりやすく説明してもらえるか?」
「……長い棒状の電極を用意し、並行に並べた電極間へ弾丸を装填します。すると弾丸を経由して電気が流れ、磁力によって弾丸を前方へ押し出す力が発生するのです。これを利用して音速を超える砲撃を可能にしたのが、敵船に配備されていた武装でした」
つまり、電磁加速砲。
弾速は秒速五キロメートルをも超える。
原理自体はフレミングの左手の法則で表せる電流、磁場、推力の関係を応用したものとなる。超高速で発射させるために高電圧高磁場を発生させる仕組みは必要になるものの、弾丸を前に飛ばすだけなら難しくない。
なのに電気を動力としないこの世界では、その基礎すら浸透していない。
「要するに、そのくらい技術理論が異なるものだと理解していただければと……」
「そ、そうか」
「艦砲より遥かに高速で弾丸を撃ち出せるため、距離が開くほど有利に働く兵器となります」
「むぅ……。その兵器は真似られるのか?」
「無理ですね。積み重ねた知見が違い過ぎます」
魔法があるから出力の問題は解決できる。けれど、例によって不思議素材で造ってあったからそのままの模倣は叶わない。そして、私も概略くらいしか分かっていない。ほとんどの技術者達が新たに知識を得る必要がある。おまけに、この世界では電気を風属性、磁力を地属性と捉えるくらいだから、これまでの常識が理解を阻む可能性が高い。習得は長期に亘ると予想できた。
その状態で安全性、安定性、命中精度を確保するのは相当無茶だと思う。
「現状、敵兵器の発射に合わせて防御が展開できる魔道具はありません。しかも、砲塔の可動域は広く、対航空戦力を想定しているように思えました。帝国戦のように、飛行列車だけで戦況を有利に運べるとは考えない方がいいでしょう」
「その上、更に未知の兵器が控えている可能性まである訳だな?」
「はい、間違いないと思います」
航空戦力に備えたという事は、空を飛ぶ手段を知っている証左でもある。皇国での情報収集で飛行列車の存在を知ったのならいいけれど、連合国に飛行手段があるとも考えられた。
そのあたりも尋問して、情報を引き出す必要がある。
それに、私達は敵国の軍事施設どころか、首都の位置すら知らない。これでは攻勢に転じようもなく、情報格差はかなり深刻な状態と言えた。
しかも、状況は更に悪化する。
「うん……?」
説明しながら、妙に視界がまぶしく思えた。外の光が反射して目に入ったのかと周囲を探ったけれど、そうした光源は見つからない。
「レティ様?」
「姉様、それは……」
キャシーとカミンの困惑した様子で、少し遅れて気付けた。
これ、光っているのは私だ!
理屈は分からない。魔法を使っている覚えもなければ、誰かから向けられている気配もない。当然、こんな魔法に心当たりもない。周囲を見れば、当然発光し始めた私を不思議そうに見つめる視線ばかりだった。
でも、光はどんどん強さを増していく。
そうなると眩しいでは済まない。視界が白で満たされ、とても目を開けていられなくなる。
「レティ……!」
「伯爵⁉」
オーレリア達の声が何故だか遠く聞こえる。視界を失った状態で、世界が揺れる。
身を守ろうと強化外骨格魔法を発動させても、異常な状況は変わらなかった。魔法を弾く筈の全力防護も、発光現象を阻害してくれない。更には浮遊感を覚え、上下感覚まで分からなくなってしまう。
せめて身体を支えてもらおうと手を伸ばしたけれど、誰かが触れた感覚は伝わってこなかった。強さを増し続ける発光は、私だけでなく周囲の視界も奪ったのかもしれない。
「スカーレット様っ‼」
目を閉じても視覚を白く染めるほど発光が強まる中、懸命に叫ぶウォズからの呼びかけを最後に私の五感は全て停止した。
……。
…………。
………………。
「やった! 成功したぞ!」
「――! ――‼」
意識を取り戻した時、歓喜で打ち震える声と喜びを分かち合う歓声が聞こえた。けれど、その声に聞き覚えはない。
瞼を刺していた光が消えている事に気付いてそっと目を開けてみる。
すると、視界に飛び込んできたのは猫だった。
なに、これ?
理解がまるで及ばない。
私は壇上に立っていたらしく、少し下がったところから二足歩行の大きな猫達がこちらを見上げている。そして、私の周りには少し小さな猫達が倒れていた。
夢かもしれないと疑うくらいには現実味がない。
だからと言って、状況は私を待ってくれない。
白髪交じりの老猫が恭しく頭を下げると、まるで頭が働いてくれない私へ向けて言った。
「ようこそおいでくださいました、勇者様!」
は⁉
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