南から来た亜人の国
情報共有のための報告会は、翌朝の開催となった。
急がなかった理由の一つは喫緊の危機が去った事。コキオ以外で不明船が確認された報告は今のところない。ぱぺっ君を利用した警戒網を構築した他、臨海地方の領主が独自の監視体制も敷いている。何とか上陸しても各所で検問が行われているので、これを躱すには魔物領域に入るしかなかった。
もう一つは、貴族の集合を待つためだった。かつては王都に滞在中の貴族でのみ共有を行い、遠方の領主へは伝令を走られるのが通例だったらしい。
けれど、今は都市間交通網がある。
半日もあれば多くの領主が王城まで来られるのに、参加者を限定する意味がなかった。貴族としても、最新の情報を得ておきたい。主に戦場となる可能性があるのは王都に加えて臨海六領地だけだけれど、手薄になりそうな領地へ援軍を派遣したり、支援物資を用意したりと協力できることは多くある。むしろ、ここで動いておかなくては国への忠誠心を疑われてしまう。
通信機を持たない下級貴族や、飛行列車の発着場から距離があって情報が伝わりづらい貴族もいるから、欠席者がいない訳ではないけれど。
おかげで、拿捕した帆船二隻をばらばらにするくらいは調査ができた。はじめから元に戻す事を想定していないので、組み直せる気はしない。
時間になると、謁見の間には建国祭と並ぶほどの貴族が詰めかけていた。当然、お父様やパリメーゼ辺境伯、カロネイア将軍のように現場指揮を優先し、代理人が参加する領地もあった。
「姉様、大変だったみたいだね」
「うん。不測の事態に備えて魔法障壁を設置したのに、いきなり突破されてしまったよ」
「それだけ、警戒するべき相手だと?」
「少なくとも、私達には想像が難しい武器があると思っていいね」
私達姉弟の雑談を聞いて、顔色を変える貴族もちらほらといる。
南ノースマークが最初の襲撃地になったと聞いて、簡単に撃退しました……なんて報告を期待していたのかもしれない。私達の場合はキミア巨樹の活動範囲内だったから苦戦はなかったけれど、決して甘く見ていい相手ではなかった。
「早速敵船へ乗り込んだと聞いています。オーレリアに怪我はありませんでしたか?」
「乗り込んだと言っても、レティが兵士を無力化した後の話です。危険な事なんてありませんでしたよ」
「それでも、僕のオーレリアが悪意渦巻く場所へ行ったと聞けば心配します。余計でしたか?」
「いえ……、それは嬉しいですけれど」
姉からの情報収集もそこそこにオーレリアの安否を心配する弟に一抹の寂しさを抱いていると、陛下の入場が告げられた。参列した貴族達の意識が引き締まる。いつもの穏やかな空気はない。
少し待つと、髭と威厳を装備し直した国王陛下が疲れた顔でやってきた。コキオの見学中、子供みたいにワクワクしていた様子は見る影もなかった。異常はなくとも各所からの報告は届くから、眠れない夜を過ごしたのかもしれない。
共に現れたのは王太子殿下だけ。
三番の姿はない。不出来な末弟に場を掻き回される余裕はないのだと思う。
「状況は各地へ送った伝令の通りです。昨日、ノースマーク子爵領の主都が、所属不明船舶の攻撃に晒されるという非常事案が発生しました。声明こそありませんでしたが、我が国に対する敵対の意思は明らかです。そこで、所属国家を敵国と断定。戦時下と同等の厳戒体制へ移行すると、ディーデリック陛下は決断なされました!」
「「「おおっ……!」」」
陛下の代わりに宰相が告げる。おおよその展開は予想していても、謁見の間はざわめきに包まれた。同様の事態は二十年以上を遡らないと例がない。代替わりした領地も多いので、憤りより戸惑いの方が大きいようにも思えた。
そんな中、貴族達を代表してエルグランデ侯爵が手を上げる。
「質問をお許しください。敵は何者なのでしょう?」
「南ノースマークを襲った船については、全て拿捕し、情報を引き出し中だ。アド、判明した事について報告してくれ」
「はっ! 襲撃時、私は視察のために南ノースマークを訪れており、尋問にも立ち会いました。そして、捕らえた襲撃者およそ百八十人に共通する特徴について確認しております」
「その特徴とは?」
「主に二つ。一方は不自然なほどに白い肌をしており、どの人物も琥珀色の目、色素の薄い髪、そして細くとがった形状の耳をしておりました」
「「「……!」」」
「もう一方は肌の色にこそ不自然さはありませんでしたが、子供でもないのに小さな体躯、骨太で筋肉質で毛深く、やはり耳はとがって見えました」
「つまり、エルフとドワーフだな?」
「はい。所属を問うたところ、アールブウェルグ連合国を名乗りました」
「「「……‼」」」
おそらく、私達以外にも予感はあった。
皇国の内乱に加担していた時点で、警戒するよう通達が成されている。それでも、南荒洋を超えて侵略者が現れた事実は、改めて驚愕とともに受け止められた。
ヴァンデル王国が存在するヒエミ大陸の南に、亜人国家が存在する事実は昔から語られてきた。何しろ、王国より歴史が古い。この大陸で小国同士が衝突を繰り返していた頃から、国としての体裁を保っていたらしい。
アールブウェルグ連合国は、特殊な政治体制を敷くことでも知られている。
何故だか知らないけれど南大陸には亜人が集中して生活しており、エルフとドワーフ以外にも多くの種族が混在している。身の丈三メートルを超える巨人や鱗を持つ竜人、獣人に至ってはイヌ科、ネコ科、ウシ科、果てはゾウ科までと、細分化されているらしい。それらの種族がそれぞれコミュニティを形成しており、様々な形で競い合うことで統治権を手に入れるのだと聞いている。
その中でも最大勢力として君臨するのがエルフ種とドワーフ種で、長命である事から多くの知識を有していると言う。
けれど、王国が交易するのは西と東にある大陸が主で、南へ船を向かわせる事はほぼなかった。海洋王とも呼ばれた第五代国王の発見によって存在自体は知られても、積極的な交流は行われなかった。
その理由は主に二つ。
航行が困難であった点と、連合国の政策が障害となった点が挙げられる。
この世界に人が住む大陸は四つあり、北半球にヒエミ大陸を含む三つが、もう一つが南半球に存在する。南北にまたがる大陸は存在せず、赤道付近には小さな島すら存在しない。
そうなると、海流は星の自転によって生まれるものだから、遮るものの存在しない赤道付近では西から東へ強い流れが発生する。その厳しさは南荒洋と呼ばれるほどで、直角に突破しようと思えば嵐を待たなくても高い波に翻弄される事となる。当然衝撃は人の三半規管どころか、場合によっては船をも破壊する。過去の拙い造船技術では自殺行為に等しかった。
もう一つの政策面については、多くの期間で連合国を牛耳るエルフとドワーフの寿命が関係していた。何しろ、ドワーフは二百年から三百年、エルフに至っては千年を超えて生きる者まで存在する。
しかも、統治権の継続は任期制ではなく、取得時の長が存命の間継続する。その上最大勢力であるエルフとそれに次ぐドワーフが協力関係にあるため、他種族による政権奪取が行われた例は数千年に亘ってないらしい。そして、その体制を崩さないためにも北大陸諸国との国交を断つ事を宣言した。
それが南大陸発見直後の話になるので、以来あの国からの情報はほとんど入ってこない。
「間違いないのだな、アド?」
「はい。記録にある通りの徽章を確認しましたし、彼等の話す言語はあの国のものでした。それに、捕縛されていながら尊大な態度を崩さない様子は、あの国独特のものでしょう」
長く生きるという事は、それだけ時間に余裕ができる事でもあった。その時間を無為にする事を良しとしない風潮は彼等に更なる成長の機会を与え、技術や文化を発展させていく。
向こうでは北人と呼ばれる私達人間を含めて平均寿命が百年を超える種族は他に存在せず、長命種達は自尊心を肥大化させていった。そう言った人間性は、心を折る前の兵士達からも察せられた。
曰く、長い寿命は神に認められた証であり、神様が作ったこの世界を長く生きる権利を得たのだと。
「殿下、質問してもよろしいでしょうか?」
「ノースマーク侯爵家の令息だったか? 構わない、何でも言ってみるといい」
「先方が国交を断った理由は、他国からの干渉や他種族への援助を避ける目的の他に、寿命差による価値観の違いもあったと聞いています。千年近く変化の乏しい社会が続く彼等にとって、技術の進歩や社会情勢、経済状況など様々な要因で趨勢が動く僕達人間を理解できないそうですから」
「そうだな。長くを生き、常に統治者であり続けるからこそ、彼等にとって変化とはどうしても緩やかなものとなる。寿命を待たなくとも世代交代を迎える我々とは別の生き物と言っていい」
「はい。そうして関係を断った連合国が、どうして今になってこちらへ侵攻してきたのでしょう? まさか、優良種である自分達が世界を支配すべきだとでも決断を……?」
「…………」
お父様の代理として貴族達の疑問を代弁するカミンに対して、殿下は言葉に詰まる様子を見せた。カミンの質問は十分に予想できた内容で、答えを用意できていない訳じゃない。
でも、昨日の時点で聞いた私も呆れたくらいだから、どう伝えたものかと躊躇うのも無理はない。
「世界樹を奪取するため、だそうだ」
「は?」
想像の遥か彼方をかっ飛んでいたであろう回答に、カミンは呆気にとられた様子で聞き返すところまで、貴族を代表してしまう。
「かつて人間は天の楽園で暮らしており、更なる自由を求めた我々の祖先は世界樹を伝ってこの大地へ降りてきたと言う。聖典で語られている内容だが、これについては南大陸でも大きく違いはないらしい」
「そう……なのです、か?」
「ああ、同じ神を信仰するためか、教義の内容に差はないそうだ。そして、あの者達は世界樹を殊更に神聖視する。なんでも、最初に人間が降り立った地は南大陸であったのだとか」
「それも聖典に? こちらの神殿では聞かない伝承ですが」
「いや、これについてはエルフの間でそう語り継がれてきたそうだ。長命種のエルフだからこそ言い伝えも正確に伝わるのだと言っていたが、連中の思い込みの類で捏造したものか、ヒエミ大陸では失伝したものか、真実は分からん。はっきりしているのは、世界樹の所有者は自分達だと、エルフどもが認識している事だ」
「その流れからすると、まさか……」
カミンが察したのと同様に、多くの視線が私へ突き刺さる。居心地が悪いったらなかった。
「その通りだ。連中はその威容からキミア巨樹を世界樹だと誤認し、その奪取のために南ノースマークへ侵攻した、と言うのが真相だ」
「「「…………」」」
うん、とても居た堪れない。
だからと言って、この後には連中の兵装について説明する役目が残っている。そのせいで、席を外す訳にもいかなかった。
偶発的にではあるけども、私がキミア巨樹を生み出してしまった事が今回の遠因となる。それでコキオが連合国の第一目標となり、世界樹を独占している王国の主都を第二目標とするっておかしな優先順位も生まれた。
これって、私のせい?
いつもお読みいただきありがとうございます。
ブックマーク、評価をいただけるとやる気が漲ってきます。是非、応援よろしくお願いします。




