異なる文明圏から来た船
「レティ様、この布から風が発生していますよ! 風を受けて航行するのではなく、風を生み出して進む構造のようです。どのくらいまで制御可能なのでしょう? 是非実験してみたいですね!」
鹵獲した軍用船の調査中、不思議な風の流れに気付き、マストに登って確認したキャシーがはしゃいだ声を上げる。
帆船はバーク型と呼ばれる構造で、四本あるマストの船尾側に縦帆が、残りの三本に横帆が貼ってある。その二本目と三本目の帆布が、前方へ風を吹き出しているとの話だった。
「帆の裏から周辺の空気を取り込み、表から放出する。よくできていますわね。しかもこれ、付与した魔法が見えません」
「それって、素材の性質だけで帆を織ったって事?」
「そうとしか考えられませんわ。一体、何でできているのでしょう?」
ノーラはそう言いながら、更なる観察のために大きく帆を切り取る。すると不思議な事に、裏返しても風の発生方向が変わらなかった。
「あれ?」
「ますます興味深い素材ですわね」
先ほどまで表だった面から空気を供給し、改めて表となった反対側から風を放出する。どうやって風が出る方向を制御しているのか、見当もつかない。魔道具の常識に慣れ親しんだ私達としては、受け入れがたい性質だった。ヒエミ大陸には存在しない繊維で織ってあるか、いくつかの性質を組み合わせてあるのかもしれない。
より詳しく観察するために、ノーラは布をほどき始めていた。未知の材質だとしたら、彼女の魔眼をもってしても容易な特定が叶わない。動物性の繊維なのか、植物性なのかを見極め、どういった環境で獲得した性質なのかを推察してゆく。上手くいけば、この性質を模倣した魔法が構築できるかもしれない。
帆の検証はノーラに任せて他を捜索しようとした時、手を離した布が勢いよく床に張り付いた。船を動かせるだけの風を生み出すだけあって、簡単に剥がせる勢いではなかった。スカートが浮き上がったから、上へ向けて風を放出しているのは間違いない。
「なにこれ?」
「もしかして、光が当たった方向に風が出るのでしょうか?」
検証してみれば単純な性質だった。太陽へ向いた部分から風を出す。裏表の差ではないらしい。
影の下に置いてみると、極端に勢いが弱まった。完全に光を遮断してしまえば、動作も止まるのだと思う。布を触媒に光のエネルギーを風に変えるのか、なんとなく性質が植物っぽい。
ちなみに、最前方の帆布にこの仕掛けはなかった。
「光帆船……、光向船とでも呼ぶのでしょうか? 利便性が高いとは言えませんが、上手く利用すれば魔力消費を気にすることなく海へ出られますわ」
「光が魔力の代替と言っていいからね。操船次第で逆走もできるだろうし」
太陽と逆方向へ直進は無理でも、蛇行しながら前進できる。そのために、帆を容易に操作できる造りとなっていた。風を当てる方向も調整しなくてはいけないためか、可動域がかなり広い。これまた謎の素材で、非常に軽いのに、叩くと金属音がする。
しかも内部が空洞みたいなので試しにマストを折ってみると、竹みたいな節状の構造だった。ノーラによると、比較的多くの魔力を含有しているって話なので、植物系の魔物素材なのかもしれない。
「けれどスカーレット様、この性質では夜の航行ができないのではありませんか?」
「うーん……、曇っているだけでも速度が落ちるよね。魔法で風を当てる方法はあるけど、魔力を使わない帆の工夫と矛盾する。遠洋航海用の船としても、相応しくない気がするよ」
「はい。何か別の工夫があるのでしょうか?」
船首側に光源となるような装置は見当たらない。帆の裏から光を発する様子もない。影で覆うとすぐに風力が低下するのだから、光エネルギーを貯めておける筈もなかった。
「ノーラ、レティ様。風力以外の……、風力以外の推進方法も搭載していたみたいです!」
後方に送風機でもあるのかと考えた時、答えをマーシャが担いできてくれた。
船尾に備え付けられていた動力らしい部分を引き剝がしてきたらしい。
普段の様子からは想像が難しいけれど、強化魔法練習着で精度を高めた彼女の強化割合はオーレリアに並ぶ。このくらいの力業では驚かない。
「なに、その水道管みたいなの?」
「大きくは……、大きくは間違っていないと思います。海水を吸い上げ、内部で勢いを高めて後方へ押し出す装置のようですから」
「へえ……」
「こちらも、素材の性質をそのまま応用しているようですわね」
また付与魔法の痕跡がないらしい。
既に試したと言うマーシャがホースっぽい先端を海に浸けてみると、凄い勢いで水を吸い上げ、反対側から吹き出した。その過程で、ポンプのような動作も魔力の消費も発生しない。
「……この管自体が、内部で液体を加速させる性質を備えているようですわ」
「なるほど、それで螺旋状に導管を巻いてある訳だ。水との接触面を増やしてより勢いを高めるために」
「レティ様の……、レティ様の想像通りだと思います。船尾には、複数が束ねて設置してありました。おそらく、推進力とするには一つでは不足したのでしょう」
風力に水流、随分と魔力消費を抑えた船だった。思えば、鉱化スライム片も動作に魔力を必要としない。製造もスライムと金属塩で足りてしまう。
おそらくこれは燃費の削減を考えた訳でなく、そうしなくてはいけない環境があったから。
魔力利用を中心に発展したヒエミ大陸とは異なる文明の産物だった。
「レティ様、船底にも面白そうな仕掛けがありましたよ! よく分からない紋様が彫ってあるのですけど、何でしょう?」
あちこちに興味を振りまいていたキャシーが、今度は底板を引っぺがして持ってくる。私達が乗船して調査中の船からではなく、巨樹の根で吊ったままのものだった。
「すみません。素材そのものの性質ならともかく、人が意図して刻んだ機能までは読み取れませんわ。少なくとも悪意や害意といったものは見えませんので、航行に必要な装飾ではないでしょうか」
ノーラの知識も魔道具文明を基礎としているから、概念が大きく異なる技術を推測するのは難しい。当然、そうした対象から読み取れる情報も少ない。
悪意や害意がない。つまり、兵装に通じるものでないってだけでも大きな収穫だけど。
「印象的には……、印象的には魔法陣に近いものでしょうか? 私達が知るものとは大きく違いますが」
「でも、魔力に反応する様子はないよ」
全ての属性を順番に試してみても、結果は変わらない。魔法陣を構成するのは文字や円、直線が多いので、流水紋に近い舟板には当て嵌まらない。
「そもそも、魔力を含ませた特殊なインクで描く魔法陣と、舟板を直接彫っている点も違いますよね?」
「この溝に意味があるって事?」
「そうです、そうです。常に水と接している部分な訳ですから、そこを水が流れた時だけ機能を発揮するとか……」
「――それですわ!」
キャシーの思い付きが魔法感性と合致した様子で、ノーラは船端へ駆けて行った。唯一巨樹の捕獲状態にないこの船なら、接水時の状況を観察できる。
「スカーレット様、ちょっと船を持ち上げてもらえませんか?」
「なかなか無茶を言うね、ノーラ。……と、これでどう?」
マジックハンド魔法で海水から引き離す。私が搭乗した状態で船を浮かせるには、少しコツが必要だった。
「やっぱりでしたわ! 水と模様が触れた時だけ、力場が発生しています!」
「効果は分かる?」
「おそらく、摩擦を軽減するものだと思いますわ。風力や水流による推進力をより効果的に発揮するものではないでしょうか」
多分補助的な役割で、効果はそれほど高くない。何しろ、付与魔法も魔力源も確認できていない。海の含有魔力を抽出しているのだろうから、その量はどうしても限定的になる。
「――ヒッ」
「ば、化け物だ」
「こんな、悪夢に違いない」
「うああああ、ぁぁぁ……」
浮かせたままの状態で観察を続けていると、船の中央から悲鳴が上がった。彼等は帆船の乗組員で、半分凍った状態で捕縛してある。しばらくは大人しくしていたのに、恐怖が失意を上回ったらしい。
先ほどまでは自分達の船が解体されていく様子に、愕然とした様子で見入っていた。精神的に追い詰める意図はないのだけれど、六隻もあるから扱いが雑になっている点は否めない。
一方的に捕縛された上、帰還手段まで奪われるのは暗澹とした気持ちになるのか、悲嘆に暮れる者も多かった。
だからと私が同情することはないけれど。
本当に魔力を利用していないのかあちこち分解しながら魔石を捜索していたところ、上空に待機中だったソールからリフトが降下してきた。飛行ボードでない時点で、アドラクシア殿下だと分かる。
「何か分かった事はあるか?」
「いろいろと興味深くはありますが、船自体におかしな仕掛けはなさそうですね。異常な速度で航行したり、目視での発見を阻害するような機構は見つかっていません」
「あくまでも外航船、水地両用艇アビスマールや諜報部のディサピーアのような特殊艤装はないのだな?」
「ノーラが兵装以外から悪意や敵意といった意思を発見できていませんから、そうだと思います。それで、殿下の方はどうです?」
私は船の調査を、殿下は指揮官の尋問を担当していた。ここに拘留しているのは兵士だけで、指揮官や船長はソールへ連行してあった。
「オーレリア嬢のおかげで、比較的楽に白状させられたぞ」
「飛行ボードへ縛り付けた時点で、茫然自失といった様子でしたからね」
船倉に押し込む事無く兵士を甲板に転がしておけるのと同じ理由で、抵抗する気概は折ってある。
浮き上がってきた全員を縛ってひとまとめにした後、オーレリアが散々脅していた。不審な動きを見せたら斬ると、帆船の一隻を真っ二つにした時点でこちらを罵る意欲すら失った。
そのオーレリアを含めた大勢の兵士に見張られているので、以降は私語すら聞こえてこない。
「とりあえず、急ぎで王城へ戻る必要ができた。どうやら王都も襲撃対象らしい」
「――! まさか、既に⁉」
「いや、その心配は要らぬ。王都は後続部隊の担当だそうだ。二、三日は余裕がある」
「え? でも、普通は首都を優先するものでは?」
「戦略的にはその通りなのだが、今回の場合は当て嵌まらない。何故なら、連中にとって最優先目標はこのコキオだったようだからな」
は?
訳が分からなかった。
皇国の顛末を知って大魔導士を警戒したのだとしても、無差別に領都を攻撃したのでは確実に仕留められない。殊更私を狙っている様子もなかったから、個人の排除を目的にしていた可能性は低い。
船の調査を継続したいところではあるけれど、超速砲撃兵器について報告する必要もある。ここは殿下とともに王城へ向かって、詳細を聞く他なさそうだった。
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