速度特化の魔法障壁
魔法障壁の見学へはオリハルコントラムで移動する。
こちらは試作段階のものでなく、何度も実験を繰り返して既にコキオの防衛機構として組み込んである。展開だけならどこからでも可能なのだけれど、技術的な説明が目的なので魔力供給施設へ向かった。
ちなみに、装置本体はそこにない。安全上トップクラスの機密なので、南ノースマークでも限られた人員以外に明かしていない。ウォズにだってまだ伝えていないのだから、王族と言えどさらけ出す訳がない。
その前に、殿下達はのんびり景色が楽しめる低速列車を気に入っていた。
「しかも、絶対に安全な移動手段か……。王都にも欲しいものだな」
「オリハルコンを南ノースマーク外でも使えるように調整を頑張ってください……と言いたいところですが、今更王都に線路を敷くのは現実的じゃないと思います。王族車両を改造すればいいのでは?」
「其方は、あれを見てもそう言えるのか?」
アドラクシア殿下が示す先には、先頭窓に張り付いて運転席を観察中のジョンおじさんがいた。普段なら王族らしくないと強制的に座らされるところだけれど、ここでのあの人は“記録係”なので、止めようって人が何処にもいない。
比較的簡単そうに見えるので、自分で運転してみたいとでも考えていそうな気がする。
「それでも、譲歩できるのは王城の外周に添わせて走らせるくらいですね。コキオのようにはじめから計画しているのでなければ、道路に線路を追加しても邪魔なだけですよ」
「空中を走らせるとかどうだろう?」
運転席に夢中だったおじさんが会話に交ざってくる。どうあってもトラムに触れる機会を作りたいらしい。
「それはもう、トラムとは別の乗り物ですね。低速の飛行列車として王都で開発されてはいかがです?」
「むう……」
「この列車も主に庶民の足として造ったものですから、需要はあると思います。現在親しまれているバスは、安全に配慮して一定以上の速度が出せません。より安全な交通手段として、頭上を走る低速列車へ移行を考えてみるのはどうでしょう?」
道路に沿って動く点は変わらない。バスに速度制限があるのは歩行者の安全確保のためだから、接触の不安がなくなれば少しは規制を緩められる。眺めもいいだろうし、需要は高まるのではないかと思う。
事故の可能性が減る乗り物を、オリハルコンで作る意味があるのかどうかは知らないけれど。
「なるほど、王都に適した形態か。造らせてみるのもいいかもしれんな」
思い付きで仕事を振られる都市開発の担当者には少し同情する。命令でなかったとしても、国王からの提案を蹴るって選択肢は存在しない。
「オリハルコンについて、これからの発展に欠かせないとは理解できた。もうしばらく待たせるが、王国全体に取り入れる方向で調整しよう」
「ありがとうございます、殿下」
「なに、分解槽の件があるからな。せっかく粘虫を集めても、容れ物がないのでは話になるまい」
「そういえば、粘虫集めは順調なのですか?」
「いや、まったく。視界にすら入れたくない、これは自分達の仕事ではないなどと、文句を言うばかりでまるで集まっていない。そろそろ家から切り捨てられた現実を突きつけて、今の立場を失えば居場所などないのだと追い込むつもりだ。少しはやる気になるだろう」
随分と気の長い話をしていた。
オリハルコンの話がまとまれば、各地の領主が積極的に動くかな。お父様やエルグランデ侯を焚き付けてみてもいい。
「しかし、弾丸列車についてはかなり待たせることになるぞ。どの国と航路を結ぶか、どの段階で技術を開示するか、どのように協定の内容を詰めるか、決めなければならない事が山積みだ。どこから手を付けるべきかも協議する必要がある。周辺国家への根回しも、周知の浸透にも時間が必要だ。おまけにそこへ、オリハルコン製法公表時の国内混乱が加わるのだからな」
「う゛……」
残念そうな顔をするキャシーには悪いけど、そんな気はしていた。相手国の協力が必須の新技術で大陸外へ乗り出すのだから、話が簡単である筈もない。
それに、あんまり強気で交渉に臨むと、兵器化した発射技術で相手国を滅ぼしてから更なる国土拡大に乗り出せばいい! ……なんて言い出す馬鹿が国内から出かねない。先方も初めからそれを警戒するだろうから、技術後進国との交渉は慎重を期す必要があった。
「察するに、伯爵はおおよそ予想していたようだな」
「ええ、ヒエミ大陸諸国ほど王国の実情が知られている訳ではありませんし、大陸を渡れば常識も異なります。おまけに物流全てを塗り替えられる訳でないなら、様子見に徹する国も多いでしょう。そうした不信をほぐし、信頼関係を構築すると思えば時間が必要なのは当然です」
「すぐに受け入れるような国は、兵器転用を目論んでいたり、王国を後ろ盾に隣国へ攻め込む算段を整えていたり、こちらが信用できない場合が多いだろうからな」
そうした国交は、小国家群を相手に繰り返してきた。今はほとんどが従属か不干渉の状態にあるにせよ、対処方法は王族である殿下達の方が学んでいる筈だった。
「それより私としては、上を目指したいですね」
もっと技術を高めたい……と言う話じゃない。
私は上方を指差した。
「上……、空、か?」
「いいえ、もっと上です。星の外と言っていいかもしれません」
「「「……!」」」
キャシーも含めて、トラムに搭乗していた全員の顔が驚愕で染まった。
この星が太陽を中心に公転しており、大気圏の外には宇宙空間が広がっている事実は、この世界でも広く知られている。固有魔法使いの中には、特殊な方法で星の外を覗ける人間もいたため、宇宙の存在が疑われるような事はない。
前世同様に星や太陽の観測は暦の制定に必須であったり、遠距離航海の指針であったり、占星術で未来が分かると信じられていたりと盛んに行われてきた。
そこへ魔法が上手く噛み合ったこともあり、割と早い段階で世界は球状なのだと知られていたらしい。神様が作った世界とは、この星の事だと聖典にも記されていたくらいで、宗教と対立した歴史もなかった。
けれど、それで人々が宇宙を目指したかと言えば、ノーである。
理由は、文明の基礎に魔法があったから。
魔法は人が引き起こす現象なので、神様の奇跡に並べるとは想像できなかった。風属性魔法で多少空を飛べる者がいても、それで宇宙を目指すにはあまりに遠い。何人もの風属性魔導士が生まれてなお、結論は同じだった。蠟の翼を太陽の熱で溶かされるまでもなく、魔力が尽きて地面へ叩きつけられる未来しか見えない。魔道具が開発されて以降も、その認識は変わらなかった。
だから、この世界の人々にとって宇宙は知識上の存在でしかない。殿下達の反応が一般的で、宇宙を目指したいと望んだ皇国のバルト老達はかなり特殊な例と言える。
――今日までは。
「う、宇宙だと⁉ そんな事が可能なのか?」
「先ほど見た通りです。射出角度の調整次第では、大気圏も越えられます。キャシーはそれだけの高出力機関を作ってくれました」
実現を急がない弾丸列車の開発を止めなかった理由も、ここにある。
「し、しかし、スカーレットさん。宇宙に進出して、何ができるのでしょう? 星の外には空気も魔素もないのですよね? 目指す意味がないのではありませんか?」
「私が行きたい、と言っているのではありません。測定器を宇宙に送り、そこから得られるこの星の観測結果が欲しいのです」
有人飛行の実現や月への到達、私は浪漫を求めている訳じゃない。
そんな形のないものより、人工衛星が欲しかった。
「え……? 宇宙からわざわざこの星を? その湾曲的な方法にどんな意味が?」
「いろいろと考えられますよ。例えば、雲の動きや風向き、各地の気圧などが調べられれば、精度の高い天気予報が可能になるかもしれません」
「な、なるほど……」
「魔素の濃度や魔力強度が測定できれば、個体数が増えすぎて空腹に耐えかねた群れの前兆が掴めるかもしれません。そうなれば、人里を襲う前に対策が立てられます。勿論先日のような異常発生も、強力な個体の発生も察知できます。飛行列車程度の高度なら有翼種に襲われて損壊する危険があっても、宇宙からなら邪魔となるような物体は存在しません」
「……それができるなら、魔物領域近くの安全が確実なものになるな。開拓の指針にできる。もしかして、他国を探るようなことも可能か?」
「情報は限定的かもしれませんが、可能でしょう。大型の魔導兵器を開発する兆候、召集した兵士の規模、戦時中に展開している場所なども探れれば、優位性を得られます」
驚きながらも、アドラクシア殿下は有用性を探っている様子だった。夢物語みたいな構想を聞かされても、可能性を探る姿勢は頼もしい。
「それに、フェリリナちゃんがぱぺっ君を開発してくれましたから、宇宙からの眺めも体感できるでしょう。興行的な収益も見込めますね」
「そうか! それは楽しみだな」
こうして陛下が前向きになった時点で、国を巻き込んで宇宙開発を推し進める未来が確実になった気もする。人の技術では無理と諦められていただけで、宇宙へ憧れる気持ちがなかった訳ではない。
「とは言え、実現は宇宙船を完成させて、各種測定器を改良して、制御方法も確立してからになります。現時点で実験に移せる段階にはないですね」
そう話を締めた事で、驚愕に彩られた空気が元に戻った。陛下と殿下以外は考えるのを先延ばしにしたらしい。そのくらい、この世界の人達にとって宇宙は遥か遠い存在として認識されている。
可能性を受け入れるだけで時間を必要とするのも仕方ない。
完成した技術を視察する機会なのに、構想について話すのはズルい気がするけども。
とりあえずは所信表明という事にして、ちょうど到着したキミア巨樹の前でトラムを降りる。
障壁の魔力供給は巨樹から直接行うので、見学予定の施設は反重力エレベーターで昇った先にあった。樹洞を削って機器類を運び入れてある。
「この魔法障壁の特徴は、その展開速度です。防壁魔法を個人で使う分には実用に足るものですが、広域展開となると数分を要するのが欠点でした」
「ああ、それを補うために常時展開としている場合も多いが、出入りの多い門や公道には設置できなかった」
物理的な攻撃を防ぐのが目的だから、展開していると行き来も阻んでしまう。勿論、展開中は内側から攻撃もできない。
「ですから、薄く張り巡らせることにしました。非常時に魔力圧を上げると、膜状の障壁は膨張し、硬化します」
ヒントにしたのは私の強化外骨格魔法。
魔力障壁と言っても、決して破れない訳じゃない。障壁を支える魔力量以上の衝撃を与えれば、簡単に突破できてしまう。障壁全体が壊れるのではなく、強引に突き破った場所にだけ穴が開き、魔力を供給すれば時間経過とともに修復されてゆく。
私の場合、その性質のせいで無自覚に素通りしてしまったことが何度かあった。
ラバースーツ魔法の薄い皮膜状態ではモヤモヤさん漏れを防ぐのが精一杯で、普通にものに触れられるのがその証拠。
常時展開中の私が日常で困った例はない。
そして、魔力の供給量を増やせば頼もしい鎧に変わる。これを貫かれた覚えも、一度もなかった。
「魔法をゼロから構築するより、発動済みの魔法を強化する方がずっと早く威力を高められる。それによって速度を大幅に上げた訳だな」
「ええ、その性質を利用して、コキオ全体の防護まで十秒ちょっとに縮めました」
これを最初に広めたのはお父様だったらしい。個人的に活用している例はあっても、知識として共有されていなかった。
今では軍でも採用されているくらいにありふれた技術らしいけど、子供でも通り抜けられるくらいに薄く張り巡らせるのが難しかった。理論はあっても、個人で使う分にはそこまで弱める必要がない。
だから、魔道具の出力を下げると安定して維持できない。ラバースーツ魔法を常用する私の経験と、ノーラの解析あっての実用化だった。
「あれ……は、何でしょう?」
説明を簡単に終わらせて実演に入ろうとした時だった。
安全が保障されたコキオであっても警護を続けていた殿下の護衛騎士が、異常を見つけた。
その声に導かれて視線を向けると、西の海に帆船が見えた。距離はかなりあるけれど、六隻が編隊を組んでこちらへ向かってくる。
普通に考えれば交易船。
けれど、外観に違和感があった。
三百年前の魔導変換炉の発明で、高出力のエンジン開発が可能になった。そのおかげで帆船は建造されなくなったとは言わないまでも、数を大きく減らしている。少なくとも、近海の遊覧が一般的で、外洋の航行は現実的じゃない。
なのに、王国のものとは思えない大型の帆船が六隻、しかも入念な訓練を積んだみたいに乱れのない隊列を組んでいる。
「……あんな来航予定があったのか?」
「いいえ、聞いていません。なんとなく、嫌な予感がしますね。念のため障壁の強化を……」
私がそこまで言った時だった。
被膜状の障壁へ私の魔力を流すと、硬化の指示を出したものと魔道具本体を伝わる。その動作に入ったと同時に、先頭の帆船の一部が光ったのが分かった。
――ドンッ‼
その直後、障壁が強度を増すより早く爆発音が響いた。港の端に設置した物見塔が崩れるのが見える。
「――‼」
物見塔の倒壊音を聞くまで砲弾を目視できていない。着弾までが異常に速い。
私の知る限り、そんな兵器は存在しない。
展開速度について特化させた筈の改良を、容易く上回られてしまった。
いつもお読みいただきありがとうございます。
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