地味な成果
私達の研究成果が派手であるとは限らない。いつかは生活に欠かせない技術になるとしても、華々しいスタートが切れるとも限らない。
私が最初に案内したのは、そうした試作品が使用されているところだった。政務棟には入れられないので、私的な研究について初期制作をお願いしている職人さん達の詰め所となる。研究内容について王家に秘匿するつもりはないので、ここならついでに他の書類が目に触れても構わない。
分割付与を実用化して以来協力関係が続く職人さん達の中でも、特に設計担当者が集まっている場所だった。
最近試験的に導入し、既に手放せなくなっている発明品が最初に紹介する魔道具となる。
「伯爵、これは?」
「計算機ですね。無駄に大きく、とんでもなく高価な」
「そう……か」
質問したアドラクシアの顔には疑問符が浮かんでいる。素晴らしく有用な魔道具ではあるのだけれど、とても地味だった。
職人さん達の作業場に入れると聞いて興奮していた様子の陛下も、当ての外れた顔が隠せていない。書類仕事といっても、上がってきた報告書を確認して決済するのが主な役目となる陛下達には価値が分かりにくかったかもしれない。
一般的に使われているものより大型だった点も、おそらく反応の鈍さにつながっている。これまでも計算機はあったので、従来品なら大型化させる意味がない。
「ノースマーク伯爵。今、そちらの文字盤を押すと同時に、画面へ計算結果が表示されませんでしたか……?」
「ええ、これは迅速に計算を行うための魔道具ですから」
代わりに反応したのはアドラクシア殿下の側近。
確か、テーグラー伯爵家の次男だったかな。殿下へ届ける書類を精査しているって話なので、内容の不備を確認したり、検算したりが業務となる。当然、新しい計算機の真価を理解できた。
「そんなに、凄いものなのか?」
「決まっています! 我々が計算にどれだけの労力を割いていると思います? 数字を打ち込む度に機械の動作を待たねばならず、しかも数字が大きくなるほど待ち時間は増えるのです! そのため、手計算と並行させざるを得ませんでした。必然、検算の回数は増え、手間も増えます。それが大幅に短縮できるなら、どれだけの時間削減になるのか分かりませんか⁉」
「お、おお……」
テーグラーの令息があんまり興奮しているものだから、殿下がその迫力に押されている。残念ながら、それでも共感が得られた様子はなかった。
この世界、計算機の発達は酷く遅れていた。
理由は明快。
主動力が電気ではなく、魔力だったから。
当然、それぞれ性質が異なる。私が電子回路を再現しようと思っても、その差が壁となって立ち塞がった。何より顕著だったのが伝導性の違いで、金属どころか魔物の体毛、樹脂やグラスウールまでが魔導線として機能するこの世界では、絶縁化が難しかった。世界を構成するあらゆる物質が魔力を含有するのだから、極端な伝導抵抗は望めない。
魔道具自体、基板へ送った魔力で付与効果を発現させるものなので、これまで問題にもならなかった。
それはつまり、通電の有無、二進法で回路を構成できないって事でもある。
それならこの世界の計算機がどういうものかと言うと、歯車の回転で答えを導き出す機械方式が一般的である。
ダイアルを数値に合わせ、計算方式を選択して回転させる。
私の常識からすると電子回路よりよほど難解な歯車の組み合わせで、乗算や除算、累乗計算まで可能にしている。魔法の補助があるから加減乗除を切り替えるスイッチや歯車をレバーで回転させる手間は省けているものの、回転を待つ時間が発生する事に変わりはない。
高速回転に耐えうる強度向上型、数字キーを押すだけで計算式が入力可能な作業短縮型なども作られたけれど、ゼロと削減の間には大きな溝がある。
メドゥ沃龍の潜伏本体の位置特定に何人もの協力者を必要とし、難解な計算を必要とするたびにキャシーの頭が数字で汚染された理由もここにある。
この世界、計算機は正確な数字を導き出すための補助ツールで、計算の主となるのは個人の数学的能力でしかなかった。
そんなもので高層建築物の強度計算や橋の耐荷重限界の割り出しなど、難解で正確な結果が求められる計算ができるのかと問われれば……、勿論可能に決まっている。
そもそも、前世で電卓が登場したのは一九六〇年頃でしかない。それまでは前世でも、機械式が一般的だった。
その僅か数年後、まだまだ未発達だったコンピューター技術で船体の強度計算や軌道計算、航行の誘導までを行い、月まで到達した種族を舐めてはいけない。
正確な回答を導き出す計算機は便利ではあるものの、文明の発展に必須とまでは言えない。円周率の計算や数十桁を超える計算ならともかく、確実性に欠けても手計算で十分代替可能なのである。
当然、この世界でも計算機が不便だからと発展の足を止める事はなかった。
「ノースマーク伯爵! こちらは購入可能なのでしょうか? 高価なのは当然でしょう。必要ならば、国から特別予算を組みます。数台だけでもなんとか導入させていただきたい!」
「おい……」
「開発初期でまだまだ検討を重ねる段階なのは分かりますが、どうかその試験に我々も加えていただけませんか? 使用報告書でも、改善提案書でも、希望された通りに用意します!」
権限を逸脱した事を言ってアドラクシア殿下に止められているけれど、テーグラー令息が怯む様子はなかった。
雑務を増やしてでも、計算の手間を省きたいらしい。
それだけこの発明の有用性を理解して、すぐにでも取り入れたいと望む姿勢は嬉しく思う。私も散々不便さに悩まされてきたから、彼の気持ちは理解できる。
でも、私はその期待を切って捨てなければならなかった。
「すみません、この発明品は当分発売することはできないのです。何しろ、重要回路にオリハルコンを導入していますので」
「え……」
神の金属を計算機に使ったと聞いて、暴走気味だった側近の動きがピタリと止まった。アドラクシア殿下も、呆れた様子で固まっている。
逆に好奇心を抱いたのは陛下くらいかな。
神様の奇跡の一端としてオリハルコンを神聖視するこの世界の常識から考えると、酷く非合理な真似をした自覚はあった。便利ではあっても、必須ではないから尚更に。
でも、私にとって素材は素材でしかない。
「こちらは、オリハルコンの遮断性能を利用しました。熱、衝撃、電気とあらゆる干渉を阻害しますが、合金させる物質によっては魔力もその対象となります。更に樹脂と融和させる事で、特殊な魔力伝導性能を獲得しました」
言ってみれば、オリハルコン製トランジスタ。
本来は高い魔力伝導性を持つオリハルコンで、魔力の流れを制御する。一定条件化でのみ魔力が流れる回路を作れば、様々な条件を加えて複雑化させられる。
まだボタンは十八個だけ。十二桁までの四則計算しかできないけれど、この技術が発展の起爆剤になれる事を転生者は知っている。
「個人的にももう少し早く開発したいところでしたが、これがあるなら計算の難易度は大きく下げられるでしょう」
「……テーグラーの様子を見れば、間違いないのだろうな」
「計算が不得意であっても、他の才能を持つ者は多くいます。そうした人物を会計や研究に引き込む事もできるでしょう。そうすれば、新しい発想が生まれます」
「ただ便利な道具というだけで終わらないと?」
「ええ。勿論、これも更に改良してゆく必要がありますが」
私の話を聞いて、アドラクシア殿下も関心を刺激された様子だった。
今は電卓モドキでしかないけれど、道具の発展は人の可能性を広げる。言った通りに現場の門戸を広げてもいい。計算の時間が短縮できる分、人員を減らして他の分野を充実させてもいい。
でも、やっぱり私が望むのは前者かな。
前世で電子回路が一般化して数十年、計算の利便性だけにとどまらず様々な分野で発展が進んだ。オリハルコンがあるからネットワークで各地を結ぶ下地は整っている。そのせいで、余計に期待を抱いてしまう。
「うーむ、オリハルコンか……」
「そう言えば、神殿との折衝はどうなっています?」
難しい顔をしていた殿下に聞いてみる。
オリハルコンの製法確立から数か月、流石に問題が解決したとまでは期待していない。
「とりあえず、人類にとって非常に有用な金属だからこそ、悪魔がダンジョンに隠したのだと聖典と矛盾しないよう調整しているところだ。信仰を否定してしまっては、反発が大きいからな」
「なかなか面白い落としどころを考えましたね」
「それでも、急な公表は難しい。少しずつ噂を広めて、その反響を探っているところだ」
私としても、公表は急いでいない。
何しろ、私は論理回路にも集積回路にも詳しくない。なんとなくこんな感じだったような……ってくらいの知識しか残っていないので、ここからはどうしても試行錯誤を必要とする。
今回の電卓モドキも、異世界版トランジスタに合わせてフローチャートをああでもない、こうでもないって皆と相談しながら組んだだけだからね。おかげで、メドゥ沃龍の潜伏本体捜索には間に合わなかった。
期待しているテーグラー令息には悪いけど、オリハルコンについて秘匿している間に研究を進めておこうかな。
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