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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍&コミックス1~2巻発売中!】   作者: K1you
消えた大魔導士編

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ディーデリック王の我儘

 髭を外した人物は、事前通告なしに転移鏡で現れた。

 私がいつも王都行きに使っているルートじゃない。あれはノースマーク侯爵邸とつながっているので、いくら王族であっても勝手に使用できない。お父様もカミンも領地と王都を頻繁に行き来するから、転移用の特別室に置いて活用している。王家から特例使用の打診があったとしても、私へ連絡が来るに違いない。


 だから、移動に使ったのはもう一方の経路となる。

 非常時の避難用にと提出した魔道具。転移が可能なのだと実演した時のもので、任意の場所へ転移先を設定してほしいとお願いしたのに、未だ南ノースマークとつながっていた。

 王都が陥落するような事態ともなれば、安全な場所は南ノースマークくらいしかないと言われて納得する他なかったけれど、私的に使われるとは思っていなかった。


 政務棟の転移部屋に突然外部の人間が現れたと報告を受けて、厳戒態勢を敷いてみれば変装中の国王陛下に遭遇した私の気持ちを察してほしい。

 不審人物どころか、私より生存を優先するべき人物だった。


「本っ当に、申し訳ない……」


 非公式とは言え王太子が頭を下げるって慣例から外れた誠意を見せられたけど、それだけで留飲は下がりそうにない。


「変装中の状態で国王陛下だと扱っていいものか分からず、とにかく口外しないでほしい。今日の事は忘れてほしいと部下にお願いしなくてはいけなかった私の気持ち、分かります?」

「完全にこちらの不手際だ。臣下達に口外禁止を強制する分に加えて、業務を邪魔した分、伯爵の精神的負担も鑑みてそれなりの賠償は支払おう。勿論、父の安全と機密に配慮してもらった分も上乗せする」


 口止め料って訳ではないけれど、異常事態に口を挟まず指示に従ってくれた使用人達には褒章をはずまないといけない。殿下からの申し入れはありがたかった。

 お金のやり取りだと謝意が伝わりにくいだとか面倒な事は言わない。


「話はついたようだな。それでは伯爵、今回はよろしく頼む」

「…………」

「…………」


 まるで空気を読まない様子に、一国の王だという事実も忘れて冷たい視線を向けてしまう。


「……もしや、昨日からあの調子か?」

「ええ。見学が楽しみで良識が行方不明になっているらしく、私からの苦言は受け入れてもらえませんでした」

「つくづく申し訳なかった。私の方からしっかり言い聞かせよう」

「私的に転移鏡を使うような真似が二度とないようお願いします。非常時ならともかく、政務棟へ許可のない侵入は困るのです」


 私のところだけでなく、それぞれの領地が国から独立した政治体制を敷いている。罰するまではできなくても、王族であっても立ち入り禁止には違いなかった。

 普段ならそんなふうに相手の迷惑を顧みないような人ではないのだけれど、陛下にとってはおもちゃ箱同然の南ノースマークを見学できると興奮を抑えられないらしい。


「そもそも、どうして父上がここにいるのでしょう? 国王と王太子が同時に王都を離れられる筈がない。散々説明しましたよね?」

「問題ない。今回もDD-9を身代わりとして置いてきた。あれの変装が易々と見破れるものでない事は、既に実証済みであろう? 執務はノイアが代わってくれている。一、二週間空けたところで、不在が明るみに出る事はない筈だ」

「父上が城を抜け出すために、彼を身代わりとして仕立てた訳ではありません!」


 DD-9、呼称からすると諜報部かな。

 陛下に影武者がいるとは知らなかったよ。

 しかも、頻繁に身代わりにしている様子が窺える。実証したって、もしかして公式行事で入れ替わってない?

 ……と言うか、それって私が知っていい内容?


 国家機密など聞いていないと、私以外の全員は全力で顔を背けていた。私もそれに混じりたい。

 一応陛下の件があったので、ここで並んでいるのは絶対に信用できる人物だけを厳選している。それでも、こうも簡単に機密事項が飛び交うとは思っていなかった。


「王位をお前に譲るまでは我慢するつもりであったのだ。譲位後はこの街に別荘を建て、心行くまで植物探求に専念するのだと決めていた。それだけを拠り所に重責ある日々を過ごしてきたのだ」


 何やら、聞いた覚えのない将来設計が飛び出してきた。

 退位後に王都を離れて隠遁生活を送った例は過去にもあった。夫婦での時間を作るためであったり、もう政治に関わるつもりがないと意志を示すためであったり、暗殺から逃れるためであったりと様々な理由が挙げられる。

 とは言え、元国王が暮らすとなればそれに見合った生活環境を整えなければならないし、安全の確保も必須となる。だから王族側からは決して強要できず、滞在場所を治める領主の同意を得るのが前提だった筈だけど……。

 私、聞いてないよ?


「ええ、知っています。それまでの苦労を押し付ける代わりに、退位後の生活については一切口を挟まないとも約束しました」


 殿下からも、決定事項として語られている。

 この件に関しては入念なお話し合いが必要みたいだね。


「だが、現実的に譲位できるようになるには、お前の子が成人を迎えるか、秀でた成果を学院で上げるか、もう数年は待たねばならん。世代を重ねても平穏が続くと証明しなければ、次代でも王位争いをと騒ぎ出す貴族が現れかねんからな」

「ノイアやガントの子を担ぎ出す者が出かねない現状は、不甲斐なく思っております。しかし、その事については父上も納得していたではありませんか」

「納得はしたとも。お前達を競わせて貴族達を後ろ盾にするより他に方法がなかった私の責務だとも思っている。しかし、そのせいで私は何年も王都を離れられないでいたというのに、お前達だけで南ノースマークを堪能しようなどと、ズルいではないか!」


 この国、大丈夫かな……と、白けた空気が漂った。

 童心へ帰るにも程がある。

 帝国や皇国の脅威が払拭されていなければ、本気で国の未来を憂わなくてはいけなかったかもしれない。


「……分かりました。どうあっても引き下がる気はないのですね?」


 アドラクシア殿下は何とかそれだけ言って頭を抱えた。こめかみのあたりがぴくぴくと痙攣している。

 王族として、完全にアウトな反応だから仕方ない。しかも国王本人が。


 けれど一応、同情する面もある。

 二十年前の王太子死亡で、放蕩王子だった陛下のところへ突然王位が転がり込んできた。以来、王族の数が不足していたのもあって城に縛られ続けてきた。王族の象徴である赤髪を受け継がなかったせいで周囲からは期待されず、お忍びの常連、庭園の手入れどころか畑仕事にまで手を出していた型破りな王子は、即位以降外遊にも視察にも出向いていない。

 国を安定させる目的で後継者の指名を遅らせたのもあって、王都を離れる機会に恵まれなかった。


 それでも、要人が予定から外れた行動をとれば大勢が迷惑を被る。陛下を不審者として拘束しかけたと領主邸警護の騎士達は気に病んでいるし、歓待する王族が増えたせいでお屋敷の使用人達は追加の準備にほとんど徹夜で駆け回っていた。

 同情しているからって、我儘を許せる訳じゃない。


「ですが、父上が王都を離れた事実は残せません。王族として遇する訳にはいかなくなりますが、構いませんね」

「おお、無論だ。南ノースマークの見学が叶うなら、多少の不便も受け入れよう」


 だからと本当に一般人扱いはできないけれど、応対の不備は陛下の突発的な行動が原因だと、責任の所在を明らかにしておくのは重要となる。


「それなら、まずは着替えてきてください。城の文官着ではノースマークに馴染めませんし、側近でもない人間をどうして連れてきたのかと噂になります。記録係の制服に空きがあった筈ですので、そちらに」

「分かった。すぐに行ってこよう」

「最低限しか側近を連れてきていませんので、着替えを手伝える者は出せませんよ?」

「問題ない。この服も自分で着たのだからな」

「…………」


 貴族、それも上位貴族ともなれば衣食住全てを誰かに任せるのが普通となる。私も転生してしばらくは慣れなかったけれど、自分で着替え一つできない貴族は多い。酷い場合になると、お腹が減ったと言うだけで食事が出てくるものだと思っていたり、何処へ行こうと自分用の宿が完備されているものだと思い込んだり、どうしようもなく生活能力のない貴族は多い。

 だと言うのに、国家元首が一人での行動に慣れていると言うのはかなり異常な状態に見えた。

 即位前は本当に自由を満喫してたみたいだね。


 その陛下、凄い勢いで階段を駆け登っていった。落ちない工夫はあっても捕まるところのない高所階段には恐怖を覚えるものだけど、まるで気になっている様子がない。


「飛行ボードを使うなとまで言った覚えはないのだが……な」


 アドラクシア殿下が使用した王族用以外にも側近や護衛用の普及品もある。


「早く着替えて視察に出ることしか頭にないのだろう。我が父ながら偏狭な……」

「それにしても見事な身体強化ですね。陛下が万能型とは知りませんでした」

「いや、元々術師で間違いない。あれは後天的に習得したものだ」

「もしかして、強化魔法練習着ですか? よく習得の時間を確保できましたね」

「万が一の場合の生存率を上げるためにと、王族は強化魔法の習得を義務付けたのだ。……父としては、堂々と新製品を試用するための建前だった気もするが」


 一切の戸惑いを抱かなかったらしい陛下は素早く着替えて戻り、その手には記録用の筆記具も抱えていた。当たり前のように、あてがわれた格好の役割も果たす気らしい。


 殿下の側近ともなれば、爵位こそ持たなくとも全員が貴族籍にある。宰相や大臣、将来的な国の幹部候補で、爵位の代わりに重要役職が与えられる。

 そして記録係は殿下の行動を文書として残す他、今回のような実地調査では殿下と共に見聞きした内容を報告書としてまとめる。後で見直して記憶を掘り起こせるように、資料として不足がないように詳細な情報を必要とする。

 むしろ視察する殿下本人より明確な情報を得なければならない立場で、場合によっては私への質問も許される。つまり、様々な新技術について知り尽くしたい陛下が扮するのに適した役職と言える。


 お忍び中の王族としては、アドラクシア殿下と一緒に見学に専念して、記録は本職に任せるのが正しい姿だと思うんだけどね。


「……偶々制服に余裕があっただけで、雑用を任せるつもりではなかったのだがな」

「雑用を躊躇わないあたり、それだけ好奇心が勝っているという事でもありますからね。私はこれ以上、制止の言葉を持ちません」

「もしかして、父上の書いた報告書が後で上がってくるのか? 前代未聞の視察になるな」

「国王と王太子が同時に城を空けた時点で、今更です」


 殿下も呆れているあたり、意図的に役職を割り振った訳ではないらしい。自分用の資料を作る気満々みたいなので放っておく。

 書類仕事には慣れていても、報告書を読む専門で、誰かに何かを伝える教育も受けていない陛下が満足いく記録を残せるかどうかは疑問だけれど。


 とにかく、いろいろと異例ではあるものの、見学の体制は整った。帰る気のない陛下に再考を強制するだけ無駄なので、責任だけ殿下に押し付けて後は好きにしてもらう。

 城で何か起こったとしても、私は何も知らない。私が陛下をそそのかした訳でもないし。


 久しぶりに“ジョンさん”――立場を公にできない以上、こう呼ぶしかない――と研究談義も悪くない。

いつもお読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
頭を抱えてしまいたいけどできない。 スカーレットちゃんは、過度な精神的負担と胃痛に襲われるのだった(まる)
やっちまったぜい(笑) この際なので、それなりの対価受け取る方で進めるしか無いかな?色々と……
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