王族の来訪
祝勝会の後、ミラーブ侯爵は服飾関連の施設を散々見学してから帰っていった。
織物工房や生地屋、服飾店舗までは予想できたものの、綿花畑や製糸工場まで回るとは思っていなかった。彼女が望むような布類は他国からの輸入に頼るしかなく、しかもその幅が限られた環境で育った女侯爵の渇望を甘く見ていた。
途中まで同行していた帝国貴族も、彼女の熱意に圧倒されて徐々に脱落していった。
それでも無暗に最先端の技術へ興味を示さなかったあたり、情報の管理は楽だった方かな。
過ぎた望みは国を危うくすると察していたみたいで、探ろうとする気配を見せなかった。それこそが王国滞在の理由だと言わんばかりの、産業スパイじみた帝国貴族よりは好感が持てる。
技術供与に関しては、教師役を各国へ派遣するより習得希望者を招いた方がいいと皇国との一件で学んだので、受け入れ態勢を整えている状況にある。帝国だけ機会を遅らせている訳でもないのだから、待ってもらう他ない。
仕事が溜まっている状況で大変ではあったけれど、将来を見据えた投資と割り切ってジョゼット様に付き合った。
このまま技術の詳細を帝国へ伝授しても、王国の発展をなぞるだけで終わりそうだったから。
文化を独自に成長させる一例さえ示しておけば、侯爵なら他分野にも生かしてくれると思う。
それから、壊滅状態に陥った東部の住居建設にも協力すると決まった。
こちらは皇国でヒントを得た規格住宅即築法を利用する。
何しろかなりの広範囲が更地になってしまったので、規格建材を大量生産して突貫で仕上げる。速度的には建築の魔法陣の方が早いのだけれど、巨樹建材は安くない。コストと工期を両立させて規格住宅即築法に決まった。
しばらくは王国から建材を持ち込むものの、とにかく数が多い。画一生産なら帝国でもできると、工場の建設も計画している。最優先で東側へ人を呼び込まなくては復興にならない。
これには、商売を部下に任せる習慣をウォズに学んでもらうって目的もあった。先日ウォズの行方を把握できていなかったからって訳でもないけれど、結婚後も領地に居つかないようでは困る。
余程の例外を除いて貴族は国外へ出られないのだから、商会の新しい運営方法が求められている。
そんな訳で帝国の支援はまだまだ忙しさが続くけれど、それとは別に重要なイベントが予定されていた。前から話はあったのに、魔物の異常増殖やメドゥ沃龍の出現と大事件が続けて起こって延期を繰り返していた。
このあたりで実現しておかないと年単位で予定を考え直さなくてはいけない。
だからこの日、南ノースマーク領都コキオの上空には金色の飛行列車が停泊していた。ただでさえ目を引く金地に、黒と赤で意匠を加えてあってとんでもなく目立つ。
王族専用車輛ソール。
コキオの住人へは事前に通達してあるから混乱はないものの、最も派手な飛行列車の来訪に大勢が注目していた。
二度目の入領ではあるのだけれど、当時はコキオが建設途中で覚えている人間は少ない。王族車輛でなくても飛行列車自体が真新しく目を惹いた頃で、おまけにキミア巨樹出現とタイミングが重なっているので記憶は薄いのかもしれない。
存在感を示す目的でしばらく停止した後、領主邸の上空へ移動したソールは高度を下げた。
ただし、接地まではしない。
面積的には着地できないこともないけれど、飛行列車を招き入れる状況を想定していない。強引に降りれば庭の草木や石組を潰してしまう。
そこで、謁見車輛の扉を開放すると地上まで階段が伸びる仕様に改造してあった。場合によってはお屋敷の屋上やバルコニーへも繋げられる。今回の場合は領主邸を紹介する目的もあるので、玄関前へ誘導させてもらった。
手摺りもない階段を王族がおっかなびっくり降りる……なんて事はなく、降下用の飛行ボードが用意してあった。階段自体は演出でしかない。風が吹いたところで揺れることもなく、障害物のない中空を狙撃しようとしても魔法障壁に阻まれる。一見無防備な移動手段のようで、目に見えない仕掛けはいろいろと施してあった。
専用車輛を作るって時点で安全には最大限配慮したし、要望があったならいつでもアップグレードに対応している。使ってみて初めて発見できる不足、消費者側だからこそ見つかる改善点もある。
「ようこそおいでくださいました、アドラクシア王太子殿下。多くの研究者達が検討を重ねたコキオの街並みを紹介する機会に恵まれて、大変光栄に思っております」
イローナ様と連れ立って降り立つ王太子殿下に、私は深く頭を下げた。
何か不正の疑いがあって視察に訪れたとか、新技術が独占状態にある私のところへ苦言を呈しに来たとか、不名誉な来訪が目的じゃない。そもそもお説教や警告が必要なら、先日の祝勝会の後にも時間はあった。
今回は殿下が直接足を運ぶことに意味があり、内々に転移鏡で移動するのではなく、大勢の目に触れる王族専用列車を使った。
南ノースマークの象徴でもあるキミア巨樹や、その遊覧の目的で導入した雲上公園や展望エレベーター、外敵に対して即座に展開できる広域防護障壁、事故が起きても搭乗者は決して怪我をしないオリハルコン製トラムの開発、キャシーが研究を続けてきた新型エンジンを用いた高速移動手段など、一般公開しているものから領地の秘匿技術まで幅広く見学してもらう。
その上で、コキオが最先端を結集させた街だってお墨付きをもらえば、名実ともに発展の象徴として認められる。
これまでは旅行者達の個人的な評価だけだったところへ、王族による保証が加わる。魔塔が“国内最高の研究機関”と呼ばれるのと同様に、これからはコキオを“最先端都市”だと堂々紹介できる。
「領地を任せてからおよそ三年。まだ上から見させてもらっただけだが、なかなか素晴らしいものだった。何もなかった場所へこれだけの都市を築いたと思えば、とんでもなく早い成果と言えるだろう」
「そうでしょうか? 私としては、やっとここまで来れたと言う印象なのですけれど」
「何?」
まだ満足していないのかと、殿下の顔が驚愕で歪む。
でも私は、探求をやめない自分に相応しい領地を、全ての貴族が憧れる街を創ると約束した。
「大きな事を言った手前、どれだけのものを作ればいいのか、今の状況で期待に応えられているのか、常に不安と戦う日々でしたよ」
「そう……か。そうだったな」
「おまけに期限が切られていないものですから、抜き打ちの視察がいつ行われても問題ないくらい体面を整えるのでいつもいっぱいいっぱいでした」
「きっと素晴らしい街を作ってくれる。だから、いつか一緒にその街を歩こうと、誘ってくれていた……」
「ええ。殿下と二人で散策を楽しみたいから、それに相応しい街と驚かせてくれるような仕掛けを作れだなんて、本当に無茶を言ってくれたものです」
そう言って楽しみにしていてくれた人は、もういない。
それでも、彼女とその最愛の殿下が目を丸くして、呆れて、笑うしかないってくらい凄い領地にしてみせると、あの日私は間違いなく誓った。
「……ありがとうございます。スカーレットさんは、お姉様との約束を果たしてくださったのですね」
「私からも、感謝する」
「ジローシア様が、私に領地を用意してくれました。おまけに発破も掛けてもらいました。それがなければ、構築の魔法陣作成も、キミア巨樹を用いた促成栽培も、人工ダンジョンの完成もなかったかもしれません。私は、あの人の期待に応えただけです」
死んでしまった人に感想は伺えない。だから、自分で胸を張れる最大限を目指した。きっと言葉を失うくらい驚いて、何より喜んでくれていると思う。
「それを思えば、もっと早く視察を実現してもよかったな。随分とジローシアを待たせてしまった」
「彼女に弱い殿下の事ですから、思い出してしまえばすぐにでも予定を調整されるのではないかと恐々としていたのですよ。約束してしまった以上は下手な街並みを見せられませんから」
「だが、余裕がないのは現実だったからな。少々無理した程度で、時期を縮められはしなかっただろう」
「アドラクシア様は立太子されて以来、本当に忙しくしていらっしゃいましたから」
それもあって、前回の訪問の際にはダンジョンの視察だけで帰った。見せる場所も多いので、一日やそこらの捻出ではとても回り切れない。
その上、反乱を起こす領主がいたり、神殿との折衝を必要としたりと忙しさを加速させる出来事まであったしね。
「だと言うのに、ダンジョンを作るので神殿からの横やりを抑えろだの、オリハルコンを量産できるようになったから情報統制を敷いてほしいだの、次々仕事を積み上げる人物がいたからな」
……どうも同じことを考えていたらしい。
と言うか、主に私が元凶ですか?
「ともかく、視察の時間を割いていただけて嬉しく思っているのは本当です。ノースマーク伯爵領の精一杯を、どうかその目でご確認ください」
「ああ、そうさせてもらおう。ジローシアの件がなくとも、楽しみにしていた機会だからな」
「存分に驚いていただけることは、保証しますよ」
「……空恐ろしく聞こえるのは気のせいか?」
星墜魔法や天罰模倣魔法みたいに、国を滅ぼせそうな新事実はないから大丈夫だと思う。私がそういう存在だってのは今更だし。
けれど各所へ殿下を案内する前に、どうしても確認しなければならない事実があった。流石にこれ以上の現実逃避はできそうにない。
私は、歓待側の列に並んだ一人へ視線を向けた。反対に殿下は目を逸らす。
「どうしてあの人がここにいらっしゃるのでしょう? 来訪は殿下とイローナ様だけの筈でしたよね? 予定が変更になったなんて話は、聞いていませんよ?」
「私もそのつもりだった。自分も行くのだと聞かなかったのは確かだが、どさくさ紛れにソールへ乗らないよう徹底した筈だったのだ。別の方法で、既にノースマーク入りしているとは思わなかったが……」
「昨日の時点で来ていましたよ。既にキミア巨樹は堪能済みです」
「……すまん」
苦り切った様子でアドラクシア殿下も視線を向ける先。そこには目立つ髭を外して、眼鏡で変装した人物が立つ。赤茶色の髪を丁寧に後ろへ撫でつけ、王城で働く役人の黒い制服を身に着けているものの、暗紅色が多い使用人の中へ紛れきれてはいなかった。
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