第三王子再び
今更の話ではあるけれど、今日はメドゥ沃龍討伐を祝うために集まっている。両国ともお互いを探る目的があっての参加だとしても、前提は揺るがない。
そして、帝国側からの参加者は討伐に貢献、或いはその後の支援に尽力している人々となる。当然、彼等を貶める発言など許されない。
両国の歴史を考えれば、わだかまりがあっても無理はない。家族を殺されたり、領地を蹂躙されたり、長く続いた対立は個人の好悪にも強く影響している。魔王種によって惨憺たる被害を出した帝国に同情的であったり、魔物の脅威は他人事ではないと支援に乗り出す者がいる一方で、いい気味だと笑っている者もいた。
そう言った考え方の人がいるのは仕方がない。誰も内心までは責められない。
けれど、それを態度に出す事は許されていない。
どれだけ帝国人を憎んでいようと、敗戦国となった帝国を蔑んでいようと、表面上は取り繕わなくてはいけない。王侯貴族として思慮深い行動が求められる。
親の仇であったとしても、お見舞いの言葉を紡がないといけない。
因果応報だと帝国の不幸を喜ぶ本音を隠して、討伐の成功をともに喜ぶ振りをしないといけない。
勿論帝国側も同じで、武器の制限が被害を広げた事実を飲み込んで感謝を述べる。反王国派がこの中にいたとしても、それを表沙汰にする事はきっとない。
そういった態度を心掛けろと招待状に明記されていた訳でなくとも、討伐を祝う空気を壊してはいけない。むしろ、常識といっていい。
無理だと思うなら、欠席する選択肢は与えられていた。それを選んだ貴族も当然いた。出席した以上は、公人としての振る舞いを求められる。できないようなら、当然の流れとして次の機会から締め出されてしまう。
だから、暗黙の了解を破った者への視線は冷たかった。
自覚なく帝国を見下す様子に怒りを覚え、あまりの非常識さに呆れて。
だと言うのに、周囲の様子にまるで気を回さない頓珍漢は言葉を続けた。
「これで帝国は大きく国力を落とし、早期の回復は望めない。他国へ侵略の矛先を向ける余裕も失われただろう。我が国は将来の不安を取り除けたと言っていい。その上で、魔導士の脅威を見せつけられたのだ。もう歯向かおうという気すら起きまい。はっはっは!」
「…………」
「ノースマーク伯爵、こちらは?」
私達が話し込んでいるところへ割って入られて、紹介しない訳にもいかない。
無礼を問い質さなかったあたり、赤い髪や金眼、黒地のコートに金糸で刺繡した様相から誰であるかは察しているのだろうけれど。
「……恥ずかしながら、こちらは我が国の第三王子、アロガント・ハーディー・ヴァンデル殿下にございます」
正直なところ、名前も呼びたくない人物ではある。でも、身分的に下位のウォズに紹介を任せる訳にもいかなかった。
当の三番は紹介の仕方に不満そうだけど、王国の恥となっているのは大ホールにいる全員の共通認識だからね。
残念ながら、態度を改めてって意図が伝わった様子もない。
「それは失礼いたしました。クーロン帝国侯爵、ジョゼット・ミラーブです。王国に第三王子がいるとは存じませんでしたの。ご挨拶が遅れてしまって申し訳ございません」
「ふん。聞けば、メドゥ沃龍事件の折に襲爵したばかりとの話だったからな。暴走しかけた前侯爵を止めた功績に免じて、無知には目をつぶってやろう」
「……ありがとうございますわ」
失礼を働いたのは第三王子が先なので、このくらいの皮肉なら非難される事もない。
ただ、何の功績もないから帝国まで噂が聞こえてきませんって言葉の裏も、彼に伝わった様子はなかった。
どうしてここに第三王子がいるかと言うと、漸く謹慎が明けたから。
最近再教育を終えたらしい。
今日も初めから視界に入っていたし、建国祭にも参加していたので今更驚きはない。私が気に留める事もなかったけれど。
別に、彼は何か罪を犯した訳じゃない。
当然、廃嫡されたなんて事実もない。単に王族としての振る舞いができていないからと、表舞台に出してもらえなかっただけ。学院で学んだ筈の内容を、四年がかりで履修しなおした。
強いて挙げるなら、早い段階で王位争いから脱落していたくらいかな。
初めから彼に王位が渡る可能性は限りなくゼロに近かったので、情勢に何ら影響を与えていない。公式行事に姿がないからと話題に上ることもなかった。
夫人の犯した罪の責任を負って臣籍降下したアノイアス様とは違う。
前導師やドライア伯爵家は明確に不正を働いて処罰されたけれど、第三王子は彼らにそそのかされて強権を振りかざそうとしただけ。
焚きつけられるまま私を拘束でもしていたら、王子の権限を逸脱したと非難できた。国王の命令と議会の決定以外で貴族の行動を制限できないことは、国法で明確に保証されているから。
本人的にそこへ配慮した訳ではないけれど、ドライア令息達と共に私へ詰め寄った際にはアノイアス様が止めてくれている。あくまで未遂に終わった。
それだけでは王族を処分できない。私を大勢の前で侮辱した件についてはディーデリック陛下からノースマーク侯爵家へ賠償があったし、扇動した連中に関しては罪状を上乗せして処分を終えている。
愚かなだけでは処罰対象にならない。
それでも、王族として不適格な事実は間違いない。だから、行動を制限して再教育を試みた。
行動を制限されないって王侯貴族の特権も、国王陛下の許可があるから適用されない。公然と処分されない代わりに、王子個人として罰を受けた。
陛下の最後の親心とも言える。
多大な功績を上げろだなんて無茶を言っている訳ではない。最低限公務を任せられるだけの能力と品格を身に付ければ、王族としての立場を保障できる。
その陛下、全てを諦めた様子で表情をなくしているけど。
王太子殿下に至っては、ゴミを見る目を隠していない。
「我が国の苦難へ数々の支援をいただき、本当に感謝しております」
「まあ、宗主国として当然の行いだが、その姿勢は悪くない。せいぜい恩に着るがいい」
普通はお見舞いの一つでも口にするものだけど、それを彼に期待できる筈もなかった。
恥の上塗りは今更だから、誰も慌てる様子は見せていない。最初の発言の時点で最低評価だったから、以降は下げようもない。
ちなみに尊大な態度を見せているけれど、彼はこの件に関して何もしていない。支援金を捻出したり物資を調達したりといった業務に携わっている訳でもないし、個人の資産から見舞金を出してもいない。と言うか、個人の資産自体を持っていない。
アドラクシア様はせめて貴族達に出資を促すよう、多くの面会を重ねていたけどね。
「ええ、勿論。王国の助力がなければ、私達は決してメドゥ沃龍を討伐できませんでしたもの。その活躍は、長く帝国で語り継がれるでしょう」
「王国が誇る大魔導士だからな。帝国軍だろうと魔王種だろうと、彼女には決して敵わないと思い知ったことだろう」
「その通りですの。多くの者が王国に畏敬と感謝の念を抱き、交流の機会を得たいと期待に胸を膨らませております。全ての反王国感情が消え去ったとは申せませんが、少数派となったことは間違いありませんわ。これからの帝国は、大恩ある王国との交易を中心とする体制へと変わっていくでしょう」
「分かっているではないか。その調子で、我が国へ尽くすのだな」
「はい。王国からは多くを学ばせていただきたいと思っておりますの」
会話が成立しているように見えるのに、まるで嚙み合っていないやり取りだった。
私を含めた王国貴族の反応から、第三王子の立ち位置を察したのだと思う。知らなかっただなんて言っていたけれど、王国の主要人物の動向を彼女が調査していない筈もない。彼女の語る“王国”は、全て“ノースマーク伯爵”と置き換えられた。
一方で、王子は“王国”に自分を重ねていい気になっている。
「ところで、厚かましいお願いだとは思うのですが、第三王子殿下を寛大な方だと見込んで申し上げたい儀がございますの。聞き入れていただけますでしょうか?」
「条件次第ではあるが……、言ってみるがいい」
「ありがとうございます」
こんな場所で不用意な発言をするべきではないのだけれど、すっかり気を良くした三番目は侯爵の発言を許してしまった。こうして寛容さを見せつける事で、威厳を保てると勘違いしているのかもしれない。
騎士団や学院の人事にもこの調子で口を挟んだかと思うと、頭が痛い。
「東部の脅威は、殿下方のご助力もあって取り除けました。しかし、帝国では西側にも同じく問題を抱えておりますの。できましたら、そちらにもお力添えいただければと願う次第です」
「ふむ……」
請われた第三王子は少し考える素振りを見せた。
考えるも何も、こんな要請に回答できる権限など持っていない。
「申し訳ありません。ご歓談中、失礼いたします」
けれど、そんな分別を弁えた人物じゃない。そして、ここで安請け合いしてしまえば、侯爵の要請を前向きに検討しなければならなくなる。当然、ジョゼット様は分かった上で彼を誘導した。
その目論見が叶う直前、私が口を挟もうとしたのとほぼ同時に、割って入る声があった。
「お前達は……」
「殿下、陛下がお呼びです。どうか我々とご同行ください」
彼等は第三王子の側近だった。そのまま王子を陛下のもとへ……ではなく、会場の外へ連行してゆく。
列席を続けるのは限界だと判断された。今の王子の側近は専属家庭教師とイコールなので、これからお説教が始まるのだと思う。
「あら、残念」
無礼な王子に怒るより、帝国のために利用しようとした侯爵が特に惜しくもない様子で言う。上手くいったら儲けもの、といった程度の悪巧みだったらしい。
「私を西側地方の魔物討伐へ差し向けようとしましたね?」
「だって、あんな王子をこの場へ招くのですもの。意趣返しくらい考えても仕方ありませんこと?」
「それは申し訳なく思っています。ですが、このような場だからこそ、ですよ」
存在そのものが汚点の王子が大人しくしている、などと信じた訳じゃない。
それでも、小規模な催しや建国祭で致命的な失態を犯さなかったって実績はあった。だから、もっと大きな責任が伴う場を用意してみた。
「と言いますと……?」
「今回の事で帝国は返しきれないほどの恩を負った訳ですから、少しでも相殺しておいた方が今後のためでしょう?」
「一理ありますわね。あんな王子の失言を見逃すだけで返礼となるのなら、安いと言っていいかもしれません」
試した結果、見事に失格となった訳だけど。
相手が帝国だった事もよくなかった。敗戦国だからとナチュラルに見下していた。下位者に対して尊大な態度を崩さない第三王子の本質そのものとも言える。
「けれど、面白くはありませんでしたわ」
「すみません。これまで私と距離を置いていた王子が、向こうから接触してくるとは思っていなかったのです」
「つまり、伯爵の想定も甘かったという訳ですのね。その埋め合わせとして、帝国の服飾改革に手を貸していただけると思っていいのかしら?」
「まあ、その程度でしたら……」
十分な貸しがあると拒絶するのは容易いけれど、積極的に壁を作る必要もない。既にウォズはやる気になっているし、試行錯誤の重要性を帝国に植え付けるにはいい機会かもしれないと引き受けた。
「それにしても、王国も色々と大変そうですのね」
「あはは……、本当にお恥ずかしいところをお見せしました」
第三王子と呼ばれているからと言って、第三位の継承権を有している訳じゃない。アドラクシア様が立太子された時点で、ご子息の継承順位が繰り上がった。母親であるイローナ様の立場が弱くとも、第一子の立場が揺らぐことはない。ちなみに彼女は妊娠中だそうだから、第三王子の継承順は更に下がることになる。
フェリリナちゃんが功績をあげた今、もしかすると彼女の方が有望視されているかもしれない。
今日のことで、完全に王族失格の烙印を押された。
再教育も無駄だったと自ら証明した。
それでも、都合よく操れる王族は一部の人間にとって非常に魅力的に見えるらしい。
第三王子の今後の役目は、そういった人物を釣り上げる餌役となる。
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