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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍2巻&コミックス1巻発売中!】   作者: K1you
1年生編

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奇跡の代償

 身体の回復に続いて、意識も取り戻した女の子は、自分の置かれている状況が、よく分かっていないみたいだった。

 小さい子があんな酷い怪我に耐えられたとは思えないから、早い段階で気を失ってたんだと思う。事故に遭った事自体、記憶にあるかも怪しい。


 何故か大勢の大人に囲まれている事に困惑しつつ、キョロキョロと視線を彷徨わせた後、担架で運ぶ準備をしている母親に気が付いた。


「お母さん!? 大丈夫? 痛くない?」


 彼女からすると、気が付くといきなり母が血塗れだったように思えたんだろうね。あっと言う間に瞳が涙でいっぱいになったよ。


 母親は母親で、娘が助かった事で感極まって、会話にならない。

 本来なら、医師や看護師が諫めて落ち着かせるべきなんだろうけど、彼等は彼等で、女の子の回復を受け入れるので一杯一杯みたい。

 さっきまで死にそうだった女の子が、元気に泣いてるから尚更かもね。

 ちょっとカオスな状況になったよ。


「―――奇跡、だ」


 誰かが言った。


「ああ、奇跡だ」

「こんな事があるなんて―――」

「神様―――」

「なんて、素晴らしい―――」

「凄い―――」


 誰かの口からこぼれた言葉が、徐々に伝播していく。

 私達は、実験用のネズミが欠損部分を再生するところを見ているから、驚きは少ないのだけれど、初見の人達には衝撃が強過ぎたかもしれない。


「スカーレット様」


 この状況をどう落ち着かせたものかと思っていると、理事長さんに声を掛けられた。会談に参加していた人達は、まだ沈静化が早いかな。

 カンバー先生を始めとして、会議中は快く思っていなかった筈の人達の険がなくなってるように見えるけど。

 むしろ、熱に浮かされているみたいで、少し不安になる。


「これほどの技術を独占せず、平民(わたしたち)にもその恩恵を分与くださるのでしょうか?」

「え、ええ、一人でも多くを救うものであってほしいと思っています」


 私の返事を聞いた理事長は、その場に跪いた。


 え!?


 その様子を見た院長が、医師達が、遠巻きに見ていた製薬商会の面々が、更には看護師や、野次馬的にこちらを窺っていた患者達までそれに倣う。


 この国で跪くという行為は、忠誠、絶対的な信頼、敬意を示す。

 多くの場合では、神々や国王がその対象。

 神事にまつわる時や、入学式で王様が祝辞を述べに来られた時とか、私も経験はあるけれど、決して一般的な行為じゃない。

 神様や王様への敬意以外となると、個人的に忠誠を誓う場合くらい。滅多にあるものじゃないから、私もフランからの忠誠を受け取った時だけ。


 勿論、今みたいによく知らない相手(わたし)に対して取る行動なんかじゃない。

 それに、一度示した忠誠は取り消せない。

 こういう知識は教育されてる筈だし、貴族と付き合いのある理事長達なら弁えている事だから、雰囲気に流されてって訳もないと思う。

 一時の感情で行うような事じゃないんだけど、見る限りでは迷いもなさそう。


 これは、きっと、あれだよね。

 目の前で起こった奇跡めいた出来事と、その起因となった私を混同して神聖視してしまってるんじゃないかな。

 私達からすると、理論を積み上げての成果だけれど、知らない人達からすると、神聖な何かの一端に見えたのかも。


 で、これを断るのも、無かった事にするのも難しい。


 向けられた忠誠を断る事は、貴方は信用できませんって強い拒絶になるからね。これから共同研究しましょうって人達には、間違っても言えない。

 中には自分も助けてくれるかもって期待もあるだろうけど、それも無下にはできないよね。患者さん達は患者さん達で、貴重な研究データを提供してくれる訳だし、協力者には対価で応えるのが当たり前。上位者(わたし)は下心も汲んで受け止めなきゃいけない。


 これ、どうしたものかな?


 いたたまれなさが凄い。

 キラキラした(きたい)が重い。

 できる事なら、こんなつもりじゃなかったんですって謝ってしまいたい。


 キャシー達もポカンとしてるけど、視線が集中してないだけマシだと思う。

 私がオロオロしてるのに、誇らしげに見守るフランにイラっとするよ。


 ちなみに、なんでウォズは一緒に跪いてるんだろうね。貴方、奇跡を演出した側でしょうが。

 後でゆっくり、お話が要るみたいね。


「レティが何か言ってあげないと、収まりそうにありませんよ」


 だよね。


「オーレリアは意外と落ち着いてるけど、こういう経験、あるの?」


 あたふたしているキャシーとマーシャよりはいくらか余裕が見える。


「……先日、強化魔法を家で披露したら、こんな反応でしたから」

「あー、次世代の主に内定したんだ」


 カロネイアは強さが当主の条件、みたいなところがあるらしいから。

 後継はお兄様の予定なのですけどって、困り顔のオーレリア、現在進行形でその気持ちはよく分かるよ。


 これも私の招いた結果。

 回復薬普及の為と思えば、方向性は違ってしまったけど、展開は悪くない。


 それなら、人々の願いを受け止めるのも、貴族の務めと、スイッチを切り替える。


 まず、フランに指示して、母親にも上級回復薬を飲んでもらう。

 後遺症が出そうな酷い怪我だし、娘さんと一緒に経過観察をさせてもらおう。それに、ここでのもう一押しに丁度良いしね。


 女性は恐縮していたけれど、薬自体は躊躇わずに飲んでくれた。


 少し間をおいて、彼女が立ち上がったものだから、再び周囲は騒めく。

 動けるようになった母親は、周りと同じように、迷わず膝をつく。女の子の方も、真似して後に続いたよ。

 よく分からないままする事じゃないんだけど、誰も止める気配がないね。


「皆さん、御覧の通りです! 奇跡のように見えたかもしれませんが、再現性のある、理論に基いた新しい薬です」


 声を張り上げて訴える。

 もう秘匿できる状況じゃないから、大々的に協力してもらうよ。


「回復魔法を基本としていますが、効果が怪我のみに及ぶのか、病にも効くのか、古傷の場合はどうなのか、多くの事が分かっていません。それにも関わらず、使用を決断してくださった勇気あるお母様に、まずは感謝致します。おかげで、こうして誰の目にも効果が明らかなものになりました」

「……い、いえ、私と娘を救っていただいた事、か、感謝しか、ありません」

「ありがとう。私はこの薬が、大きな可能性を秘めていると信じています」


 誰もが、一心に耳を傾けてくれている。


「この薬を完成させ、世に出す為には、皆さんの協力が必要です。私達に力を貸していただけますか?」

「「「「はい!」」」」


 返事は大合唱となって届いた。

 頼もしいと喜んでいいのか、期待が重いと引いていいのか、微妙だけども。


「お姉ちゃん!」


 元気になった女の子が駆け寄って来る。

 私が貴族と分かってなさそうなので、周りは慌てて止めようとしたけれど、私は身振りでそれを退けた。


「体に痛いところは無い?」


 膝をついて、視線を女の子に合わせてから問いかける。

 折角の被験者1号なんだから、生の意見を訊いておきたい。


 女の子は不思議そうに首を傾げてから、うん! と勢い良く頷いた。

 もしかしたら、未だに事故に遭った自覚がないのかもね。それはそれで、薬の効果が高かったって事だから、悪くない。嫌な記憶なんて、無い方が良いしね。


「お姉ちゃん、お母さんを助けてくれて、ありがとうございます!」


 奇跡を演出した代償に、重めの責任を背負う事になったかもだけど、この笑顔が報酬なら、少なくとも、後悔はせずに済みそうかな。




お読みいただきありがとうございます。

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― 新着の感想 ―
[良い点] なるほど、怪我も病気もお掃除するんですね [気になる点] 医者はともかく、一般人はこの奇跡の重大さがわかるでしょうか。 こう、専門知識がないと、怪我がどれだけひどいか、治すにはどれだけ難し…
[良い点] 医学への転換とそれに関連するすべての問題は、素晴らしい新しい方向性です。 ああ、破壊車が壊すことができる、そして今、医療聖人の誕生。 この薬はカルトの守護聖人からの聖なる贈り物として崇めら…
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