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大魔導士と呼ばれた侯爵令嬢 世界が汚いので掃除していただけなんですけど… 【書籍&コミックス1~2巻発売中!】   作者: K1you
消えた大魔導士編

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空気の読めない発言

 熱中症患者が続出していると聞いて、帝国に対して興味が湧かなかった理由に納得してしまう。

 呆れてエノクの方を窺うと目をそっと逸らしたあたり、色々足りていない自覚はあったらしい。こんな有様で、王国は三百年も前の偉業にしがみついているだけだなんて、よく言えたものだよね。部分的であっても、帝国の文明は三百年以上前に止まっている。

 まだ王国滞在が続くエノクを責めるのは酷だろうけど。


 綿、麻、絹など、基本的な布が生産できたからと検討を止めたのでは、そこで発展の可能性が潰えてしまう。糸の太さを変えて用途を広げたり、織り方を工夫したり、工程を見直してコストダウンを実現したり、様々な付加価値を考える。文化を育てるってのはそういう事だと思う。

 市場のニーズに応えるのは特に大事。

 それがないからジョゼット様は不満なのだろうし。

 湿度の高いヴァンデル王国では風通しの良い素材が好まれたように、冬の長いダイポール皇国で保温性が重視されたように、気候や国民性に応じて特色が生まれる。それぞれ好みもあるから流行も生じる。

 スライム絹に魔導線としての用途を期待しているように、場合によっては新しい可能性だって広がる。前世でも、絹のたんぱく質を溶解させた溶液にシリコンゴムを浸漬させると、本来水を弾く筈の性質が親水性へと変わり、医療用素材として利用可能になった……なんて話もあった。元の用途と異なる利用方法が見つかる事なんて珍しくない。

 そして、その違いが人々の関心を集める。

 勿論私も含めて。


 でも、帝国では探求に労力を割かなかった。防弾着は鋼鉄以上の強度を持つアラミド繊維製なのに、ナイロンやレーヨンの服飾利用がないくらいには歪な発展をしていた。

 たかが布、じゃない。

 誰もが当たり前に使う布ですら使いこなせていないって現実がある。


 この有様で、他の分野なら期待できるなんて筈もない。クーロン帝国の料理は美味しくないって定説も、真実だったとこの間確認したばかり。

 ヘケガレット伯爵に招かれて貴族としての歓待を受けた筈なのに、出汁や香辛料による深みがなかった。素材の新鮮さは伝わるのだけれど、そればかりでひと手間足りない感がある。

 私が望む国家間の競合関係はまだまだ遠い。


 おそらく、長く侵略国家であった事情も影響しているのだと思う。

 王国は早い段階で現在に通じる国土基盤を構築し、魔物の脅威を退けることで周辺の国家を傘下に加えていった。そこには私のご先祖様でもあるノースマークの魔導士が貢献したそうだけど、庇護へ入った国に恭順や服従を迫って国土を拡大していった。

 皇国はヴァイシンズ、バリータオールの大港湾を掌握することで他国との交易を牛耳った。サトウキビの生産に適さない周辺領地は輸入品の砂糖を割り増しで購入する他なく、同時に塩も海塩に頼っていた国々は次々と恭順を誓うようになる。ちなみに、レゾナンスは他二港と比べると比較的新しい築港なので、当時は存在していなかった。

 王国も皇国も武力による併合を行わなかったとは言わないけれど、帝国の場合はその傾向がより顕著だった。

 軍事力に特化して国土を拡大し、侵略した国々から労働力や産業を取り入れる。魔物の脅威も軍事力によって撃退できた。逆に言えば、発展は侵略頼りで新しいものを作り出す土壌がない。

 ついでに言うと、百年ちょっと前まで奴隷が存在していた国としても有名だった。


 そして現在の国境線まで国土を広げてしまえば、帝国が隣接する国は王国と皇国しか存在しない。海軍でも充実させて小国家群でも襲えばいいものを、侵略の矛先は王国へ向いてしまった。

 だからと言って、国力が拮抗する相手を簡単に滅ぼせる筈もない。長い間、国境周辺で小競り合いを起こすのがせいぜいだった。

 その結果、更なる発展停滞を引き起こし、遂にはその在り方自体を否定されるに至った訳だね。


「そういった事情なら、お力になれると思います! ただ、最先端に憧れる気持ちは理解できますが、まずは一般的な布製品の生産から始めましょう」


 真っ先に応じたのは、当然ウォズだった。濡れ手に粟も同然だから、ひさしぶりに瞳がお(かね)色に輝いている。


「国民に着心地の良い服を行き渡らせたいのは当然ですわ。けれど、私の分も欲しいと思いますの」

「そちらは別にご用意いたします。ですが、ミラーブ侯爵だけが趣の異なるドレスを着られても周りから浮いてしまうのではありませんか?」

「それは……」

「スカーレット様のドレスはとても素晴らしいものです。華やかな赤に透明感を加えることで、より神秘的な印象を演出できているでしょう? スカーレット様は髪も鮮やかですから、淡い色合いで輝くのです」


 ……自然に惚気られると、どうにも照れる。

 どんな顔をしたものかも分からない。


「けれど、この装いが誰にでも似合う訳ではございませんし、帝国で好まれる方向性とも異なると思います」

「そう……ですわね。我が国では、もっと鮮やかな色合いが求められるでしょう」


 その点は、ジョゼット様の衣装が証明している。


「ええ。だからと言って、この新しい絹が帝国に合わないとも思いません。スカーフとして身に着ける、コートのインナーとして自然に主張する、肌触りも素晴らしいものですからルームドレスとして仕立てるのもいいかもしれません」

「……いいですわね」

「しかし、絶対の正解はまだありません。何故なら、帝国の流行が定まっていないからです」

「帝国の服飾文化を育てるために、一般市民へ新しい布製品を広めろと仰いますの? 随分と気の長いお話ではございません?」

「勿論、それで終わりではございませんよ。侯爵の一番の役割は、新しい生地で仕上げた正装や外出着でお茶会を主宰し、夜会や晩餐会へ積極的に出席してください。大勢が侯爵に注目し、ああなりたい、あんなドレスを自分も仕立ててみたいと女性達を惹き付けるでしょう」


 そうなれば同じ布を取り寄せて真似る者が現れ、中には身近で材料を手に入れようと改革に乗り出す者も出る。もっと良いものをと望めば、独自の改良を加える必要が生まれる。


 ウォズは私の希望を代弁してくれた。

 この世界、魔物領域に阻まれて石油の産出量は多くない。それはつまり、合成繊維の供給には限界があるって事でもある。

 その欠点を補うのが魔物素材。森林蜘蛛の糸は布に弾力性を持たせ、甲殻蜂の巣は保温性を高め、砂穴蛙の体液を練りこむと撥水性を発揮する。魔物領域が広く、未知の個体も多く棲息する帝国なら、更なる付加価値にも期待できるかもしれない。

 要するに現時点で関心が見出せなかったってだけで、可能性はいくらでもあった。私が欲しているものもその先にある。


「ノースマーク伯爵、それからストラタス男爵。私が王都に滞在している間に、是非とも詳しいお話を聞かせてくださいませ!」


 ミラーブ侯爵はすっかりやる気になっていた。

 ファッションリーダーになれってウォズの謳い文句が、心に相当深く刺さったらしい。


 でも、流行の主導役となる彼女のドレスが一着や二着で済む筈がない。一度着た服は二度と着ないとまでは言わないまでも、お披露目を繰り返すならアレンジや着こなしで印象を変える必要が生まれる。つまり、服装に合わせたアクセサリも集めないといけない。

 様々な素材を紹介するのが目的だから、雰囲気の異なる複数のドレスを宣伝することとなる。場合によっては、お茶会の途中で衣装を変える演出も必要かもしれない。個性を強調するのも大事だから、複数人のデザイナーを雇うことも視野に入れなければならない。

 そこへ工場の建設、労働者の雇用もとなれば、一体どれだけの出費を覚悟しないといけないんだろうね。


 同時に、今の帝国にとって必要な事業でもある。

 着心地がよくて涼しい服が、東部でなら安価に手に入るとなれば人々の関心を引く。綿花や麻の栽培に養蚕、更に工場も稼働するのだから多くの雇用が生まれる。当然、魔物素材を集めるためには冒険者も多く呼び込む事となる。

 多くの住人を失った帝国東部では産業の創設は必須の政策と言えた。

 そうした事情が把握できずに逸る侯爵だとは思えないけれど。


 気付けば、興味を抱いた帝国貴族も周囲で聞き耳を立てていた。彼等は壊滅ってほどの悲惨な被害は受けなかったまでも、竜頭部の侵攻によって深刻な痛手を被っている。補填の事業は歓迎だった。

 勿論、コーフックス領をはじめとした南東地域の救済にも賛同する。


 帝国の服飾事情を見直そうって話だから、ミラーブ侯爵がいくら大貴族でも協力者は多い方がいい。けれど今は祝勝会の最中なので、大勢が長く話し込むには向いていない。

 それに王国貴族としても、どこまで手を差し伸べるべきか話し合っておく必要もある。


 ここは一旦仕切り直すべきだと判断した時だった。


「おお、ノースマーク伯爵! 今回はよくやってくれた。山よりも大きい恐るべき魔王種の討伐、これで身の程を知らぬ帝国の者共も国力の差を思い知ったであろう。これで、従属政策も順調に進むに違いない。本当にご苦労であった!」


 まるで場に適さない大音声が大ホールに響き渡ったのだった。

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