責任の行方
爵位の簒奪を暴力中心で考えるミラーブ新侯爵は物騒であるものの、武力に全振りの脳筋だと軽んじることはできなかった。
個人の武力で後継を勝ち取る例は珍しいものの、屋敷や寝室を集団で襲って譲位を迫ることは割とある。当主が権威を持つ以上、武力で脅すか民意に訴えるくらいしか方法がない。ただし、後者の場合は強制力にかける。その程度の説得に応じるくらいなら、強行するほど話が捻じれていない。
それでも、すぐに表沙汰となるのが一般的だった。
集団を率いた以上は人目に触れるし、簒奪した本人としても偉業を知らしめたいって衝動が働く。親族分家からすれば今後の趨勢を決める一大事で、正当性がない理不尽な簒奪なら非難の一つも上がると思う。民からしても、生活が懸かっているのだから誰が首長なのかを知りたいと考える。
そういった動きを一切隠して兵だけ動かしたのだから、政治手腕も疑いようがない。その一点だけでも警戒に値する相手だった。
武勇に全特化したどこかの第五皇子とは違う。
あれはあれで、野性的直感が優れ過ぎているので侮れる相手ではないのだけれど……。
「それで、前侯爵を現政府に差し出して、全てに幕を引くおつもりですか?」
相手を知らなければ対策も立てられない。とりあえず、揺さぶってみる事にした。
言葉通り感謝しているだけなら問題ないけれど、彼女も反王国思想を引き継いでいるなら企みを暴いておかなくてはいけない。
「そんな……、領主としては不適格だと判断せざるを得ませんでしたが、あれで祖父ですもの。そんな非道な真似はできませんわ」
「では、規制された武器がミラーブ領に隠されていた件について、新侯爵はどのようにお考えですか?」
「隠されて……ですか? よく分かりませんけれど、そのような事実はございませんわ」
どんなふうに躱すかと思ってみれば、抜け抜けと言い放たれた。
少し首を傾げて本当に知らないのだと演出するあたり、厚顔なのは間違いない。
「つまり、全ては前侯爵がした事で、貴女の与り知るところではなかったと?」
「いいえ、そうは言っておりません。ノースマーク卿が仰っているのはおそらく、各地へ派遣した冒険者が所持していた各種武装についてでありましょう?」
「ええ。冒険者といいますか、ミラーブ侯爵家の個人的な部隊だと思っていますが」
「それこそ誤解ですわ。彼らは歴とした冒険者、私共は彼等の生存率を上げるために鍛錬の機会を用意したに過ぎません」
物は言いようだね。集団行動を前提として隊列を組み、物量で制圧するための訓練を受けた冒険者だなんて聞いた事がない。けれどだからこそ、竜頭部の猛撃を抑えられた。帝国正規軍の指揮下でも問題なく作戦行動に追随できた。
「それに、彼等の武器を製造したのは確かに私共ですが、あれらは全て冒険者ギルドへ譲渡したものですの」
「はい?」
「長く敵対してきた歴史があったのですから、信用のできない帝国に武力を持たせたくなかった王国側の事情は理解できます。ですが、それで魔物に対する警戒が疎かになってはいけない、祖父はそう考えたのです」
「実際に魔物の被害が起きた訳ですから、その考え自体は責められませんね」
「だからと言って、堂々軍備は整えられません。王国にも暫定政府の意向にも歯向かう行為ですもの。けれど王国は王国、帝国は帝国、魔物事情はそれぞれですから、常に不安があった事実はご理解いただきたく思います」
ここで王国側の判断ミスを責めなかった点は評価できる。
反王国勢力を弱体化させたいのだから、武器を取り上げればいい。王国側が短絡的に考えたのは間違いない。でも、王国としてはその失策を認める訳にはいかなかった。
極論を言えば、メドゥ沃龍に対して帝国軍が反抗力を欠き、被害を拡大させてしまった原因は王国側の失態だと言える。けれどそれを認めてしまうと、反王国の機運が再び高まってしまう。両国間の溝がまた深まってしまう。
王国として、そんな事態は決して許容できない。
将来的な敵対国を残すくらいなら、徹底的に管理し、国民の叛意も厳しく取り締まる必要が生まれる。そこまでの労力を割く価値があるのかは疑問だし、王国側にも帝国側にも得るものがなさ過ぎる。
「そして、国の方針と魔物に対する不安との間で板挟みとなった祖父は決断したのです。ギルドを最大限支援し、万が一に備えようと」
「私的な備えではなかったと仰るのですか……?」
「ええ、確認していただければ分かります。ミラーブ領で製造された武器は全て、完成の時点からギルドが所有権を持つと契約してありますの」
王国に攻め込めるだけの武器、竜頭部の侵攻に耐えられるだけの武器を製造し、その全てを冒険者ギルドへ無償で提供したと言う。支援は、新規登録した冒険者へ集団戦闘の訓練を課す事も含まれる。それらの全経費は侯爵家が身銭を切って。
そんなこと、ある訳ない! ……と、言いたい。
そう突っ込みたいのは私だけでなく、気が付けば大勢の貴族がこちらを窺っていた。王国側だけでなく、帝国貴族からも注目を集めている。
彼女を見極める必要があった。
帝国東部に強い影響力を持つミラーブ新侯爵が反王国派なのか、暫定政府支持派なのか。前侯爵の方針を翻した真意はどこにあったのか。彼女の裏で誰かの意思が働いていないか。なにより、新たに立った大貴族の力量は……?
この場の誰もが知りたいと、関心を寄せている。
けれど、彼女の言葉を否定する根拠はなかった。
発言の裏は取るとしても、言い分を覆すだけの証拠が出てくるとは思えない。冒険者ギルドと契約を結んでいるのは紛れもない事実なのだと思う。契約日を捏造し、私的運用の記録を抹消するだけの時間が彼女にはあった。
分家の制圧に時間を要したのも嘘ではないのだろうけれど、そこへ全ての労力を注いだ筈もない。
そして、冒険者ギルド側を尋問してもおそらく関与を否定する。彼等にとっては魔物の脅威を取り除く事が全てで、そこへ貢献したミラーブ領の私兵を差し出す真似はしない。ギルドに籍があるのは確かなのだから、守るための建前も揃っている。
逃げた冒険者もいたので、功績を譲ってもらえるのなら是非もない。記録上はミラーブ侯爵からの要請に応えたものとして残る。
契約が今回までなんて不自然な内容の筈もないから、ジョゼット様の言い分に乗っておけば当面の武器供与も受けられる。どう考えてもギルド側に損はなかった。
多分、おばちゃんに訴えても変わらない。
帝国防衛に貢献した事実がある以上、活躍したミラーブ領の冒険者達を処罰する側に回るとは思えなかった。事実、彼等がいなければコーナン砦は防衛の準備を整える前に落ちていた。
「しかしその言い分ですと、魔王種出現の隙を突いて王国を攻めようとした前侯爵の行動と矛盾しませんか?」
「ええ、悲しい事です。あんなにも国を想っていたお爺様が、少し顔を見ない間に耄碌してしまっていただなんて……」
「あ、そう…………ですか」
結局、責任の一部は前侯爵に擦り付けるつもりらしい。
だからと言って、それで前侯爵を処罰できるかと言えば、これまた難しい。
何しろ、ジョゼット様の言い分を飲むなら、前侯爵は魔物の脅威に備えるために泥を被った英傑となる。それによって命を救われた人物が存在し、メドゥ沃龍討伐を支援してもらった以上、処分を強行すれば現政府や王国を非難する原因を生む。
不確かな疑いで尋問や強制捜査を行なった場合も同じで、調査したところで今更新事実が出てくる可能性も低い。帝国東部を統括する侯爵家を弱体化させて復興を遅らせるメリットも見つからなかった。
とは言え武器の不法製造は確かだから、罰金刑くらいが限界かな。それも、被害地域復興のために巨額を投じているからおそらく相殺となる。
それによって王国侵攻の余力を失うくらいが、ミラーブ侯爵家に課されたデメリットだった。
「ところでノースマーク伯爵、そのドレスの生地はスライムから抽出した成分で光沢を高めたと言う新素材でしょうか?」
「え、ええ、よくご存じですね」
「はい! 私、感動しましたもの。スライムを再利用するばかりか、絹布の製造工程を見直す事で更に美しい素材を生み出してしまうだなんて……!」
彼女の言う通り、私は新しい絹布の製造に成功した。
蚕の繭をそのまま用いたものを生糸、膠質成分を薬品で取り除いて光沢や柔軟性を高めたものを練糸と呼ぶ。この練糸を、魔漿液を蒸留した後に残るスライムのゼラチン質部分に浸してみた。
すると、糸の繊維を上手くコーティングし、従来以上の光沢と透明感のある色合いを生み出した。一般の絹と比べて魔力の伝導率も上がるので有機系の魔導線として注目すると同時に、南ノースマークの新しい産業として試行を重ねている。
……と言っても、私はアイディアを出しただけで試作の段階から服飾業界に丸投げなのだけれど。
「王国に来ると決まった時、是非とも実物を見てみたいと思っていたのです。それを、こんなにも素晴らしいドレスとしてご披露いただけるなんて、感激ですわ!」
「ジョゼット様の装いも素敵だと思いますけれど?」
「ええ、デザインは頑張りましたわ。でも、着心地はまだまだですの! 南ノースマークで暮らす伯爵ならご理解いただけると思いますが、同じくらい南に街が集中した帝国の夏は暑いのです。それだと言うのに、丈夫で着られればいいなんて考え方が未だに主流で、毎年どれだけの熱中症患者が出ると思いますこと? まずは衣食住を整えなければ、飛行列車の製造方法だとかオリハルコンの発見だとか以前のお話ですわ!」
あのロングコートルックを自分でデザインしたって事実にも吃驚だけど、急に上がった熱量に圧倒されてしまう。
あ、この人私と敵対しようなんて欠片も考えてない。
直感でそう伝わったくらい、テンションが違った。
唯一の負債すら、王国への好奇心の前に消し飛んでしまった。反王国思想を持たないなら、多額の軍事費を失っても痛くない。結局、前侯爵が引き起こした王国への敵対行為はジョゼット様に大した損害をもたらさなかった。上手く躱してみせたとも言う。
敵対の意思がないのなら、帝国東部を統括する大貴族が優秀で王国に不都合はないしね。
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