ぱぺっ君開発の余波
メドゥ沃龍討伐祝賀会には、大勢の王国貴族が駆けつけていた。慣例として全ての貴族に招待状は送るものの、参加は当人に一任されている。公式行事でもなければ、多くの貴族が見合わせるのが通例だった。想定以上の列席に王城の大ホールを急遽解放したくらいで、これだけの出席率はなかなかなかった。
それだけ、帝国貴族と接触する機会を重要視していた証でもある。
今は属国扱いとは言え、将来的な解放は決定している。その後について国の方針はあるものの、貴族としても帝国との付き合い方を考えておかなければならなかった。
まず、これまでのような仮想敵国状態は続かない。
だとしても、現時点で信用できないのも事実だった。友好国として扱うには積み重ねてきた印象が悪いし、不干渉を貫くと利益を得る機会を失うかもしれない。だから、知る必要がある。
未だ燻ぶる反王国思想がどの程度のものなのか。親交に値するだけのメリットはあるのか。帝国側は王国へ何を望むのか。交通の便に格差がある以上、王国貴族が情報収集に向かうのは現実的ではない。帝国人から生の声を聴く機会なんて、そうあるものでもない。貴族だけでなく軍属からの参加もあるも都合がいい。
様々な角度から帝国を知る一歩だと、多くの貴族が集まった。
それからもう一つ。
今回、私と同等とされる功績をあげた少女の存在も大きい。
フェリリナ・ロイアー。
弱冠六歳でありながら、今後の環境を塗り替える発明を成立させた新たな才女。
ぱぺっ君――冗談みたいな名称ではあるけれど、遠隔での情報収集を可能にし、魔物領域深部や海中、調査範囲は確実に広がる。飛行列車と合わせた長距離運用も可能で、場合によっては爆弾を抱えて一方的な攻撃も可能とする。他にも応用方法がないかと大勢の研究者達が検討を重ねている段階にあった。
そんな彼女を純粋に称え、感謝する一方で、幼いうちから懐柔し、或いは世情に疎い時点で縁を結んでおこうと邪な思惑が透けて見える貴族達が押し寄せていた。
「やはり、こうなってしまいましたね……」
心配して彼女を窺っていた私に気付いたのか、痛ましそうな顔をしたオーレリアが話しかけてきた。
「できるなら、こうなる事態は避けたかったんだけど」
「私達の不在時に起きてしまった話です。残念ですが、仕方がありません」
「うん……。私なら彼女の名前を出さずに量産できた。私の指導によるものだって庇ってあげられた。……なんて、今更言ってもどうにもならないよね」
フェリリナちゃんの功績を奪おうって話じゃない。ロイアー準侯爵やディーデリック陛下には真相を知ってもらった上で、彼女が成長するまで秘匿する方法もあった。
少なくとも、貴族の身勝手に振り回されるには早過ぎる。
公の場に彼女を連れてくれば、こうなるのは分かっていた。元第二王子派の一部に偶像化されて、行き過ぎた信奉から守るために王都から引き離したんだから。
本来なら、未成年がこうした祝宴に呼ばれる事もない。南ノースマークに引き籠っていられる筈だった。
なのに才能を証明してしまったせいで、多くの注目を集めてしまっている。
「今思えば、学院入学まで姉様を派閥貴族の集まりにさえ出さなかったのも、世間から隠すのが目的だったんだろうね」
オーレリアのエスコート役として参加したカミンが言う。聞けば侯爵領で帝国への支援を主導しているそうなので、そうでなくても参加資格がある。
「その上で、貴族に対抗するだけの知識をくれた。大変だった記憶しかないけど、こうして恩恵を自覚した後だと感謝しかないかな」
「ああ、やはりレティは幼い頃から目立っていたのですね」
「うん。姉様は属性の測定前から回復魔法が使えたとか、教えられる前から強化魔法を習得していたとか、広まっていないでしょう?」
ついでに言うなら、“ビー玉”を作ったなんて事実は未だに伏せられている。王家へ実物を提出したせいでディーデリック陛下や王太子殿下は察している節があるけど、詳細を尋ねられた事もない。おそらく、しっかり根回しした後なのだと思う。
「そのおかげで、回復薬の開発までは注目を集めずに済んだ訳ですね」
同じくエスコート役兼、聖女基金運用の中心人物として参加したウォズが話を続けた。王家側がどうしても参加を願う招待状は、ディーデリック陛下の名前入りとなる。
分割付与のあたりでは多くの貴族が有用性を理解できなかったのもあって、カロネイア伯爵家やビーゲール商会への繋がりへ警戒が向いていた。
「結局、聖女だなんて呼ばれ始めた頃には有力貴族と民心を味方につけていたものだから、とても子ども扱いなんてできなかっただろうね。当時、とても真似できそうにないやって驚嘆したよ」
「私は普通にオーレリア達と友達になっただけなんだけど?」
「うん、知ってる。姉様からするとそうなんだろうね。交友関係に裏なんかあったりしない。でもその“普通”はほとんどの貴族にとっては叶えられない夢物語だから、ああして幼い才能に群がっているんじゃないの? いつか幸運をもたらしてもらえる事を期待して」
弟に呆れられるのは悲しい。
でも、内容は間違っていなかった。
あんなふうに貴族の悪意に振り回される危険があったからこそ、私は双子を迎え入れる時に約束した。
貴族の都合に、決してあの子達を煩わせないと。
それなのに、私は私で帝国軍人に囲まれて動けないでいた。ひたすら感謝の言葉を捧げられては無下にもできない。ちょっと食事をお腹に入れたいと小休止の時間を確保するのがやっとだった。
フェリリナちゃんの庇護は父親であるアノイアス様に任せる他ない。
「でも、彼女なりに躱している様子は流石ですね。隣に控えたベリル君の入れ知恵かもしれませんけれど」
「よく分かりません、考えてみます、お父さんに相談してみます。その三つで見事に切り抜けているよ。上手いよね、ああして子供の面を押し出されると、あんまり強引な引き込みはできないだろうから」
「嫌われてしまったら意味がありませんもの」
その点、とても扱いにくい人材と言える。子供だからと軽んじて、子供だからこその面倒さを痛感している貴族も多いと思う。
一方で、その様子が更に痛々しい。
彼女はあれを、自衛手段として身につけている。もともと周囲を観察する術に長けていて、相手が望む彼女を演じるところがある。それが通じそうにない場合には、ああして子供の振りをする。
六歳の女の子が子供の振りだなんておかしな話だとは思うものの、シドの留学生達と楽しそうに魔道具について議論している様子を知ると、六歳らしさを押し出した仮面なのだと分かってしまう。
出会った時点で、あれを必須の技能として習得していた事実が悲しい。
そうでなければ、王城で生きていけない環境があった。アノイアス様は王位争いと貴族達の意識改革に精一杯で、とても父親の役目を果たせる状況になかった。代わりに子供達を庇護しなくてはいけない立場にあった母親は、女性貴族から羨望を向けられる事にしか関心が向いていなかった。そのせいで、あの二人は本来なら必要がない筈の処世術を身に付けてしまった。
「レティ。彼女自身は、これからについてなんと?」
今後のフェリリナちゃんに厄介事が降りかかるのは想定できていた。だから帝国から戻った後、当然後見人として彼女の意向も確認してある。
「今は決められないって」
「そう、ですか」
「いつかは貴族に戻るべきかもしれないけれど、今はまだ判断できないそうだよ」
「仕方ありませんね……。あの子の年齢を考えれば当然です」
未定も、今の彼女には選択肢となる。
判断材料も人生経験も、何もかもが足りな過ぎた。
本来ならケーキ屋さんになりたいだとか、お花屋さんになりたいとか言っていてもおかしくない。元王族だって事を考慮しても、幸せな結婚を夢見るくらいだと思う。将来設計について聞く方が無茶だった。
それに貴族として生きる選択肢が残っている以上、フェリリナちゃんを囲む貴族を止められない。信奉の延長や貴族の都合で望む縁だったとしても、爵位を得た後なら利用できる。元王族の彼女が将来得るであろう権威は、あの連中の目論見通り誘導できるほど弱くない。
加えてロイアー侯爵が盾となっている以上、悪縁は跳ね除けられるに決まっている。例えば、彼女達を王族に戻して恩を売ろうなんて企みは、論外だと思うから。
ただ、貴族に戻りたい……ではなく、戻るべきだと言ったのは気にかかる。
既に特大の成果を上げた彼女だから、貴族として生きなくても生活に困る事はない。ぱぺっ君の応用範囲は広いので、今後様々な形で運用される未来が見えた。改良型も次々開発されるに違いない。飛行列車運転専用ユニットも開発したし、小動物型とか、ドローン型とか、ひょっとするとガスタービンエンジンを改良中のキャシーと協力して人工衛星にも転用できるかもしれない。
その利益の一部は基礎設計を担当したフェリリナちゃんへと入る。ついでに言うなら、鉱化スライム片の製法を握る私にも。
なんなら、生活水準を下げないままベリル君を養ってもお釣りがくる。
と言うか、改良型を嬉々として売り捌くベリル君まで想像できた。開発、販売まで行う商会を立ち上げる選択だってある。
生活面に問題がないなら、貴族として生きる目的は権威、特権くらいしか思いつかない。それが、南ノースマークで楽しそうにキャシーから教えを乞う彼女と矛盾して思えた。
「うーん、僕は少し分かる気がするかな」
で、カミン達に相談してみた答えがこれだった。
私の優秀な弟は、フェリリナちゃんの心理が分かると言う。多分、比較的歳が近いからって話じゃない。
「あの子達、シドからの留学生と普段接しているでしょう?」
「うん、刺激し合っているみたいだったからね」
「それだよ」
どれ?
「僕も、彼等と何度か議論を交わす機会があったから分かるんだけど、彼等は愛国意識が強いんだ。国を出た以上、何か有用な知識を持って帰らないといけない。国の代表として恥じない行動を心掛けないといけない。送り出してもらった恩を返したい……って」
「あ~、分かる気がする」
今の留学生は全員、グランダイン養護院の出身となる。親や財産を失った彼等は院長に守られ、家族となり、才能を伸ばす機会をもらった。その甲斐あって、彼等の兄姉は恩に応えて革命を成功させている。だから後に続く子供達も、国への貢献を使命と考えているのかもしれない。より良い国を作り上げる事こそが、亡き院長への最高の返礼だと信じて。
「そんな留学生の影響を受けたんじゃないかな。城から離れたのは逃げた訳じゃない。元王族である事実は忘れちゃいけない……ってね」
「なるほど、それなら理解できるよ」
その使命感の発露がいいか悪いかは別として。
少なくとも留学生の平均年齢は双子ちゃん達よりずっと高い。同じモチベーションを持つのは早い気もした。
とは言え、本人に直接確認できない状況であれこれ考えるのもこれ以上は無駄だと思う。それは、言葉尻を気にしている点も同じ。
私がフェリリナちゃんと強固な信頼関係を築けている訳でもないのだから、当たり障りのない受け答えをしたって可能性も否定できない。推測で話を続けるのは限界だった。
「スカーレット様、できましたら最近の魔道具について、私共にご教示いただけませんか?」
「私も、今の帝国をどう変えていくべきかご相談いたしたく思います」
「聞けば、シドから留学生を迎えられているとのお話。よろしければ私の息子達にも王国で学ぶ機会を検討していただきたいのですが……」
私が気持ちを切り替えたところへ、少し離れた場所からタイミングを窺っていた帝国貴族が話しかけてきた。オーレリアとの個人的な話だと彼等も待ってくれていたのだろうから、これ以上の雑談は続けられない。
それに、私の脅威と王国の発展を目の当たりにして損得勘定で立場を翻しただけとは言え、王国との関係を考え直したいと語る彼等を軽くあしらう訳にはいかなかった。
見れば、オーレリアとカミンも煌剣での活躍を称えたい軍人や支援への感謝を伝えたい貴族に捕まっている。
王国貴族が帝国の情報を求めているのと同様に、帝国側にとっても私達と接触する機会は他にない。彼等の気持ちも理解はできる。だから、この宴席では帝国人の歓待を優先すべきとオーレリアと視線を交わして、それぞれの輪へ戻る事にした。
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