魔物災害の裏側
発見は本当に偶然だった。
救助したのはオーレリアの部隊。当然、その時点では身元の確認なんて叶わず、奇跡的な生存者として飛行列車へ収容した。コーフックス領の主都は特に被害が甚大だった場所だから、生きていてくれて良かったとその時点では喜んだ。
どうも、頭を打って仮死状態だったことが幸いしたらしい。生体反応も魔力も微弱で、竜頭部の感知には引っ掛からなかった。魔道具による探査にも反応がなく、周囲を警戒中だったレオーネ従士隊の一人が偶然目視で発見した。
状況が変わったのはメドゥ沃龍の討伐後。
怪我が深刻な患者を集めたテントで、見覚えのある人物がいると言い出した軍人がいた。彼は近隣にある子爵家の四男で、周辺領地との交流があったと言う。そして、コーフックス領で助けた人物も、身なりからそれなりの立場にあったのだろうと推察できた。
そうして判明した事実から、コーフックス領とも付き合いのあったヘケガレット伯爵に確認してもらい、領主一族に仕えていた家令に違いないと確定した。
コーフックス領の家令と言えば、魔力増強剤モドキの密売に関わっていた人物となる。すぐさま王国が身柄を確保した。引き渡しについては、帝国と話がついている。魔王種の厄災があったからと約束が反故になる事はない。
気の毒な被災者から、許しがたい犯罪者へ様変わりした瞬間だった。
しかも、話はそれで終わらない。
「まさか、あの大事件が人災だとは思いませんでした……」
オーレリアが嘆くのも無理はない。
薬物の密売ルートを吐かせようと尋問したところ、私への対抗手段として悪魔の心臓を入手したなんて事実が飛び出した。
そこで、活動停止した巨岩魔王種周辺を捜索してみると、証言通りのものが見つかっている。
あれは理の外にある物体なので、私の魔法でも破壊できない。星墜魔法でメドゥ沃龍の外へ排出されただけで、魔石は消滅しても悪魔の心臓自体に損傷はなかった。
「状況的に、ヘテロコンダが廃棄した悪魔の心臓を取り込んで、メドゥ沃龍へと変容したのでしょうね」
「悪魔の心臓がそういくつも同時に見つかるとも思えないしね」
不可思議な幾何学模様には統一性がないので、特定は難しくない。今のところは暫定ではあるけれど、事件の全容解明のためには入手ルートの確認も必要になる。その過程で、コーフックス伯爵令息が手に入れたものとメドゥ沃龍討伐現場で発見されたものが同一かどうかも確定すると思う。
そのあたりは帝国の仕事なので、あまり興味はないけれど。
「過去には、今回同様に悪魔の心臓を切っ掛けにして誕生した魔王種もいたのでしょうか?」
「ない話じゃないかもね。墳炎龍もメドゥ沃龍も、ついでにキミア巨樹も、他の魔物と比較にならないくらい常軌を逸してる。通常とは違う進化過程があっても、おかしくはないかも」
「昏き蒼窮の深龍と比べてすら、明らかに凶悪でしたからね。強烈な外的要因でもなければ、簡単に辿り着けない境地なのかもしれません」
あれはあれで、もう何百年か成長を続ければ到達しそうな気もするけどね。
「悪魔の心臓は、特にその後押しになりやすいのではないですか?」
「でも、ゼルト粘体の例があるからね。どんな魔物でも魔王種に変容できるとも限らないよ。今回は悪魔の心臓を取り込んだのが竜だったから、あれだけの脅威に至ったとも考えられる」
「……少し疑問なのですけれど、ゼルト粘体もメドゥ沃龍もあれだけ巨大な存在へ成長を遂げました。どちらも、悪魔の心臓による魔力供給の結果ですよね?」
「うん。実例は少ないけど、そう考えて問題ないと思う」
「つまり、常に膨大な魔力供給を受けていた訳ですよね? そうなると、天罰模倣魔法による竜頭部切り離しは効果が薄かったのではありませんか? もしかすると、より地下深くに潜伏して魔力を蓄える事態もあり得たのでは?」
「……その心配は、その心配はありません、オーレリア様。悪魔の心臓による魔力供給は確かに膨大で、周囲にいた同種を魔力ごと取り込む事で魔王種にまで変容できたと思われます。しかし、ヘテロコンダが強大になったからと、魔力供給量まで増大する訳ではありません。悪魔の心臓は無尽蔵に魔力を生み出すとされていますが、一度に放出する魔力は一定以上とならないのです」
オーレリアの疑問には、私に代わってマーシャが答えてくれた。
彼女の言う通り、魔王種に進化したからって魔力供給量までは増えない。複数のヘテロコンダを取り込んで急激に巨大化し、おまけに魔王種には周囲へ魔素を放出するって生態があるから、巨岩魔王種となったメドゥ沃龍は存在するだけで膨大な魔力を必要とした。
ナイトロン戦士国沖を覆うほどの巨群となったゼルト粘体が加速度的な分裂を繰り返さなかったのも同じ理由で、供給される魔力が増えないせいで増殖の限界を迎えていた。だから、より魔力の多い陸へ移動する気配を見せた。
墳炎龍や過去の魔王種も同様で、一か所にとどまって活発な版図拡大は行なっていない。存在するだけで周囲の環境へ影響を与えて、魔素を放出するから周囲の魔物が活性化するってだけで。
帝国の十分の一もの広域を短期間で蹂躙した脅威には、それだけの魔力を必要としたって事情があった。
「それなのに竜頭部へ溜め込んだ魔力の大半を失ったから、潜伏を続ける余力なんてなくなった。より魔力消費の激しい本体が動いてでも、竜頭部消失の原因と思われるぱぺっ君排除に動くしかなかった訳だよ」
「ダンジョンで……、ダンジョンで強大な魔物の再生に時間がかかるのも、魔力供給が制限されているのが原因ですね。複数の階層へ魔力を流入させている関係上、各魔物の再生に回される魔力量は多くありません」
「悪魔の心臓が無尽蔵に近い魔力を生み出すのに、ダンジョンの規模には違いが生じてる。これも、ダンジョン核によって供給限界値に差があるからだしね」
ちょっと話題が逸れた。
「悪魔の心臓にも限界があるのは分かりました。……けれど、悪魔の心臓が危険な物体である事に変わりないでしょう? その点をしっかり周知して、国の管理下の置いた方がいいのではありませんか?」
「うーん、それは難しいかな。だって、どこにどれだけあるのか分かってないし」
「だからこそ、です! 次に何かあってからでは遅いでしょう? 今回はレティが現地にいたので、あれでも被害を抑えられましたが、同じ奇跡を何度も期待する訳にはいかないではありませんか」
数百万人の死者が出た状況で、被害の抑制に貢献できただなんて考えたくはない。けれど、事実ではあった。
もしも今回の事件が私に情報の届かない遠地で起こったなら、危機を伝えようと駆ける人々まで竜頭部に蹂躙され、取り返しのつかない状況まで被害領域が拡大していた可能性が高い。魔物災害はまず自国の戦力で解決を試みるのが一般的だから、私への救難要請は更に遅くなる。
その分メドゥ沃龍も大量の魔力を蓄えただろうから、討伐できたかどうかも自信がない。
オーレリアが懸念を抱く気持ちも、理解はできる。
「今回の事態に悪魔の心臓が関わっていた。その事実を公表することで、隠匿を考える人間が出るかもしれないよ?」
「で、ですが、あれだけの被害が出たのですよ……?」
理解はできるけれど、そう簡単な話でもないと分かってしまう。
「でも、万が一の場合の武器になる。魔物を超絶強化できるなら、それをけしかけて敵対勢力に深刻な損害を出させることが可能なんだから」
「それは魔物について甘く考え過ぎです! そんなふうに都合よく制御できるなんて……」
「うん、あり得ない。私達は、それを知っている。でも、悪魔の心臓で悪用を考えるような連中は?」
「それ、は……」
「実際、コーフックス伯爵令息はレティ様の撃退用にと悪魔の心臓を用意したみたいですしね。随分と勘違いがあったみたいですけど」
冒険者でもなければ、積極的に魔物と関わることもない。魔物の性質について詳しく知ろうとするのは、研究者でも一部しかいない。
つまり、多くの人々は実態をよく分からないまま魔物を恐れている。
そしてその状況は、魔物の脅威を軽んじる原因にもなり得た。
墳炎龍やメドゥ沃龍の討伐現場に直接出向かなければ、あの危険度を正しく認識することはない。実際に魔王種と対峙した経験でもなければ、あの現実離れした脅威を想像できるとも思わない。
結局ほとんどの人間は、自分に都合のいい理解に収めてしまう。
悪魔の心臓から無尽蔵の魔力を得ようとしたらしいコーフックス令息に対して、キャシーは呆れた様子で茶化したけれど、案外一般人の魔物に対する理解はそんなものなのかもしれない。生物と魔物の違いだなんて、分からなくても生活できてしまう。
無駄な知識……とまでは言わないまでも、少なくとも生きるのに必須じゃない。
それに、ここまでの悲劇が人災だったと公表するのは帝国へのダメージが大き過ぎる。貴族による支配体制が崩壊しかねない。現暫定政府も信用を失う。
それで新体制が構築できるならいいけれど、無政府状態で混乱に陥る未来しか見えなかった。魔王種による脅威とは別の意味で帝国が消滅してしまう。勿論、そんな事態となってしまえば王国や皇国へも影響が大きい。
「事実を公表するより、今回の場合は信仰を利用した方がいいと思う。悪魔の異物、所持するだけで災禍を呼ぶ……そんな煽り文句で」
「危険を……、危険を周知するのではなく、不吉な風評を浸透させる訳ですか」
悪魔の心臓を敵対相手へ送りつけるって嫌がらせが横行するかもしれないけれど、悪魔祓いの目的で神殿へ持ち込む人が増えれば、異物の回収が進む。
「……確かにレティの言う通り、悪魔の心臓の回収と封印は神殿の役割ですからね。国が保有して悪用を疑われるよりは、反発も少ないかもしれません」
「これまでは腐敗が過ぎて、役割どころか悪魔の心臓が何かも失伝していた訳だけど」
「そこは折角正常化したのですから、きちんと働いてもらいましょう。ついでに所有者が災難に巻き込まれた話を噂として流しておけば、不吉を覚えて情報が集まるかもしれません」
「実際、アーント統括官は趣味に関する散財に奥様が激怒して、しばらく購入を禁じられたばかりか冷たい視線に晒される生活を長く続けたそうだから、間違ってはないね」
「ふふふ。危険性を周知して不安を煽るより、平和に回収が進められそうです」
ただ、ここから先は国同士の話し合いとなる。
ディーデリック陛下は勿論、エノクもフェリックス皇王もダンジョン核の危険性と有用性を理解しているから、在野に放置しておくつもりはない。そしてもうすぐ教皇に就任するオットーさんも悪魔の心臓について正しく理解しているから、神殿が役割を放棄する事態はもうあり得ない。
それでも小国家群や各国の貴族が余計な野望を抱かないよう、徹底した体制を作り上げる必要があった。
「それより問題は、悪魔の心臓でダンジョンが作れるなんて話がどこから漏れたか、かな」
「あ」
「「――!」」
その一言で緊張が走った。
人工ダンジョンの基幹となる情報については、厳重に秘匿してある。
冒険者が出入りしているのだから噂の拡散は止められない。人工ダンジョンの存在自体は、それなりに広く知られている。安全に高位の魔物討伐が経験できるダンジョンとして遠方から訪れる冒険者も増えた。
まだ試用段階だから、利用する冒険者の身元確認は厳しく行われるけど。
当然、技術を盗もうとする疑いがあるなら審査の時点で弾く。そもそも下層への入り口は閉じてあるから、冒険者が観察した程度では技術の解明なんて無理な筈だった。
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