星が墜ちた日
書き上げたことに満足して投稿を忘れていたので、こっそりアップしておきます。
ゴメンナサイ……
「メドゥ沃龍の……、メドゥ沃龍の潜伏本体の位置、確定できました!」
マーシャから連絡が届いた時点で、私はぱぺっ君の配置を完了していた。五体で囲んだおおよその見当位置にずれはない。
ただし、予測深度は大きく上回っていた。想定していた場所より随分と潜行している。山岳部に入った事もあって、余計に地表からの距離が遠い。
当初の予定では、攻撃が届くと知られていない隙を突く筈だった。
敵対者の存在すら知らない墳炎龍の油断を突いたのと同様に、戦闘状態となる前に一撃で終わらせたかった。常識外れの不思議生物と正面から立ち会うのは、正直御免被る。
けれど、その想定は叶いそうにない。
地盤に穴を開けるだけならできる。でも一定以上の深度となると、魔法の威力を大きく削がれてしまう。しかも相手は魔王種。物量に頼るだけで本体が脆弱ならいいけれど、魔王種に相応しい頑強さを備えていたなら仕留めきれない。
無数に思えるほどの竜頭部を駆使して大量の魔力を集めているのだから、決して過剰な警戒ではないと思う。むしろ本体が大量の魔力を必要とするからこそ、あれだけの竜頭部を広範囲に広げている可能性が高い。
致命傷を与えるほどでなくても地中へ攻撃する手段があると知られたなら、おそらく本体はもっと深くへ潜行する。それをされると、位置は再捜索できても、攻撃手段がない。
だから、魔力の供給手段を断つ。
「――天罰模倣魔法!」
おびただしい量の天降光線を下方へ向けて放った。取り囲んだぱぺっ君の間を埋めるように。
当然、潜伏本体に直撃はしない。
それでも、本体を中心にして伸びる竜頭部は別だった。本体の周囲には人も魔物も残っていない。メドゥ沃龍が魔力を得ようと思えば、勢力範囲外へ向けて竜頭部を伸ばすしかない。そのため勢力圏の外周部では各所へ竜頭部が散っているものの、本体周辺には導体が密集している。それを絶った。
この作戦はノーラからもたらされたものとなる。
曰く、竜頭部が摂取した魔力は、直ちに潜伏本体へ送られるものではない、と。
言われてみれば当然の話で、竜頭部はそれぞれが魔石を持ち、独立して行動している。個体であると同時に群体なのが、メドゥ沃龍の奇妙な生態でもあった。
竜頭部は個々で生命を維持する必要がある。例えば損傷を再生させる場合、潜伏本体から送られてくる魔力に頼っていたのでは即時の治癒が発揮できない。本体から離れ、激しい戦闘もこなすからこそ、より多くの魔力が必須だった。
そのための魔力貯蔵器官を各個が備えていると、ノーラは見抜いてくれた。
次々と湧き出る竜頭部との戦闘中に討伐個体を解剖している余裕はないし、そもそも絶命後すぐ腐朽してしまう竜頭部の構造を詳しく知ることは叶わない。魔力の動きを目視するノーラがいなければ、決して判明しない事実だったと思う。
その貯蔵魔力と切り離した。
一時的に竜頭部に蓄えられても、最終的には潜伏本体へ送られる筈の魔力だった。広域へ展開しているからこそ勢力外延部へ伸びている個体は多く、メドゥ沃龍にとっても決して少なくない損害だろうと予測できた。
これで、竜頭部以上に魔力を消費しているであろう潜伏本体が地中に潜み続ける余裕はなくなった。
『GAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAGAAAAAAAAAAAAAAA‼』
その証拠に、魔力を急激に失ったメドゥ沃龍は悲鳴を上げた。
……大地が突然裂け、その奥から岩同士を擦り合わせたような轟音が響くのを悲鳴と呼ぶなら、だけど。
「――‼ あっぶな……」
そしてその想定外の攻撃は、私に緊急の防御を必要とさせた。
何しろ、音は空気の振動、つまりエネルギーである。前世で市販されていたスピーカーでさえ、近くに置いた物体を揺らし、その位置を移動させる。手を近づければ振動が伝わる。
その規模を果てしなく大きくしたなら、あらゆる物体を砕き、破片を音源の外へと弾き飛ばす衝撃へと姿を変える。
咄嗟に魔法の防壁を張らなければ、近くに待機させているぱぺっ君は粉々に引き裂かれ、それよりは離れている私も脳や内臓をシェイクされて絶命するところだった。轟音を発する前に大地が口を開けるってアクションがあったおかげで、何とか防御も間に合った。
更に、ぱぺっ君を待機させている方向を見れば、山より大きな顔面らしい怪物が隆起していた。
なんと言うか、歴史上の魔王種の中でも最大級に被害領域を拡大しただけあって、いろいろと規模が大きい。あれが竜頭部を持たずに最初から本体で暴れまわっていたなら、今頃帝国は地図になかったに違いない。副災害で王国西部も無事では済まない。きっと、ヒエミ大陸の形も変わっていた。
でも、いくら敵が凶悪だからと言って、逃げる選択肢は存在しない。
だって、私はあれを討伐すると、悲劇を止めたいと願うエノクと約束した。
前世の私は事故を切っ掛けに、自分以外の誰かのために生きた。今の私はスカーレットだけれど、かつての意思も引き継いでいる。
助けてほしいって切なる願いは、絶対に違えない。
「――魔力集束、貫通術式構築……って、うわぁっ!」
都合よく本体が露現してくれたので早速魔法の準備に入った私だったけれど、メドゥ沃龍はそれを許してくれなかった。残った竜頭部を鞭のようにしならせてぱぺっ君を襲う。
魔道具でしかないぱぺっ君の保有分では、魔力感知に引っかかるほどではない筈だった。実際、ある程度とは言え離れた私を補足している様子はない。つまり、感知精度はそれほど高くない。なのにぱぺっ君を狙うのは、周囲に存在する動体があの五体だけだからだと思う。
「上、上、下……こっちも下? こっちは左で、今度は右……じゃなくて左、でもってこっちが右! って、あっぶな。やっぱり防御‼ あ―っ! ややこしい!」
おかげで必死の回避行動を余儀なくされる。撃墜されたところで私にダメージはないけれど、遠隔の視界を失ってしまう。そうなれば、巨岩魔王種へ照準を定められない。
当然予備は用意していると言っても、改めてウェルキンから飛ばすとなると軌道が読まれやすいし、私の位置を予測されてしまう危険があった。それでは、竜頭部の魔力感知を避けるためって天罰模倣魔法のもう一つの目的が果たされない。
でも、頭がこんがらがりそうだよ?
加えて、同時に魔法を新たに構築するだけの余裕もない。
『頑張ってください、レティ様!』
『レティだけが頼りです!』
『お手伝いできないのが心苦しいですけれど、せめて応援していますわ、スカーレット様!』
温かい声をくれるけれど、勿論オーレリア達がウェルキンに乗り込んでいる訳じゃない。声援はぱぺっ君伝いだった。竜頭部討伐や潜伏本体の位置特定に全力だったせいでぱぺっ君の試用どころじゃなかった彼女達が好奇心から参加を望んだので、悪い言い方をするならただの野次馬と言えた。
操縦もクラリックさん人形に任せているくらいだから、ウェルキンには私しか搭乗していない。
そしてノーラの言う通り、ぱぺっ君の操作を代わってもらう訳にもいかなかった。
遠隔操作人形は手も足も短く、素早く動くことを想定していない。いくらオーレリアが操作したとしても、俊敏な動きは期待できなかった。そんな有様では、暴れる竜頭部に容易く粉砕されてしまう。
それに空中にいる私はあまり実感していないけれど、巨岩魔王種が動くだけで大地震が発生して、ぱぺっ君を歩かせることすらできない可能性が高い。
結局、機動力を補う目的で五体を飛行魔法で浮かせている私が操るしかなかった。
将来的には、ぱぺっ君用の飛行ボードも作っておきたいところだね。
『もしも……、もしもメドゥ沃龍が動体を追っているだけなら、操作を止めてしまえばよいのではありませんか?』
「え?」
『こちらから……、こちらから見る限り、あの空洞のような眼識部分で目視できているとは思えません。そうなると、魔力を感知する器官の他に、周囲の動体を察知する器官があるのではないかと』
「あ」
マーシャ人形は優秀だった。
彼女と比べると、魔力ブレードでメドゥ沃龍が禿になるまで“髪の毛”部分を刈ってやろうかと考えていた私がバカみたいに思える。
大魔導士仕様のぱぺっ君五体はあくまでも私にとっての“目”で、あれらが魔法を使う訳じゃない。人形の視界を通して魔法を発生させるだけだから、ぱぺっ君は動力以上の魔力を含有しない。
一体だけ残せば囮として注意を引けるから、極大魔法を構築する余裕も生まれる。視界は他のぱぺっ君を活用すればいい。
試しに魔法障壁で守りつつ、一体に竜頭部の攻撃を受けさせて落下させてみると、そのぱぺっ君には見向きもしなくなった。追撃を加える気配すらない。
『本当に……見えないみたいですわね』
『マーシャの機転のおかげです』
『いえ、本当に……、本当に思い付きを言っただけですから』
『そこで謙遜されると、あたし達が暢気に応援してただけみたいじゃないですか!』
会話に混じる余裕はないけれど、これで勝機が開けた。
ちなみに、私的にも暢気に聞こえた点は否定しない。
「――集束位置固定、貫通術式追加、虚属性強度設定……」
残りの三体も地上へ落とすと、私は魔法の構築を再開させた。
空が見えるように調整して落とした一体を除いて、地上待機させたぱぺっ君との接続は切る。再接続は魔力波を飛ばせば容易なので、予備として防護魔法で覆って放置する。竜頭部は、変わらず空中のぱぺっ君だけを脅威として追っていた。
「収縮率上昇、魔素吸引力強化、狙撃位置設定……」
竜頭部に邪魔されないよう、魔法の発生位置は遥か上空。
そして、今回使うのは臨界魔法ではなかった。
何しろ、メドゥ沃龍が想定に反して大き過ぎる。いくら臨界魔法でも、あれを完全消滅させる威力はない。それに常識外れの巨体を誇る分、見合った頑強さを備えている危険も考えられた。
竜頭部の物量すらかわいく思える巨怪相手に、用心を重ね過ぎるって事態があるとも思えない。
だから、貫通力を最大限に高めて一点突破を狙う。
幸いな事に、全ての魔物に共通する弱点は目視できていた。あれでも竜種、魔石の一部が露出している。額のそれを砕けばいい。
「集束率限界突破、魔素吸引継続……」
極大魔力を察知したメドゥ沃龍が竜頭部を上空へ伸ばすけれど、魔法の形成位置はそれで届く高度にない。遥か遠い空で星のように輝く。
魔王種は魔素を放出する生態を持つので、魔力の補給に困る事はない。そうでなくても竜頭部が散々暴れたせいで、周囲はモヤモヤさんが嫌ってくらいに充満している。極大魔法を構築する場合は魔力の集束速度がどうしても懸念材料になるのだけれど、地属性特化のメドゥ沃龍は一定以上の高度への攻撃手段を持たないようなので、存分に破壊力を高めさせてもらう。
「星墜魔法――!」
解放した魔法は、虚実属性反転による衝撃を推進力に変えて、目標へ向かって真っすぐに墜ちる。光弾へ向けて伸ばしていた竜頭部束も容易く突破して、メドゥ沃龍の額を正確に貫いた。
威力を高め過ぎた極大魔法は額どころか頭部に大きな穴を穿ち、巨大魔王種は完全に動きを止めたのだった。
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