反攻作戦開始
遠隔操作人形――ぱぺっ君の導入で、帝国東部の状況は大きく変わった。
ちなみに新魔道具の命名権は開発者にあるので、その点については誰も突っ込まない。どうも、このあたりのセンスについてもキャシーの薫陶を受けたらしい。飛行列車にヒーちゃんと名付けようとしていた問題児を思い出す。
ぱぺっ君は救出作業でも大きな役割を果たした。地上で隠れ潜む人々を探すのだから、上空からの捜索より地上でレーダーを起動させた方が確実性も高い。
竜頭部の獲物は動体ではなく、魔力保有体。
魔王種勢力圏の魔物も襲っている状況で、魔道具程度の魔力含有量では見向きもしない。俊敏に動けない構造上、複数の人形を降下させる必要はあったけど、測定器の調整役も必要なので広範囲を網羅できた。
それでも、救助できたのは三千人余り。
遠隔操作人形による探査でも、もう生存者発見は望めないと捜索の打ち切りも決まった。これ以上は討伐作戦に支障をきたす。
少ない、などと思ってはいけない。
魔王種の分体が蔓延る窮地で助けられただけでも幸運だったのだと思うべきだけれど、ここに数百万人が暮らしていたのだと思うと心が痛かった。
「ノースマーク伯爵に瑕疵はありません。伯爵がこちらに来られた時点で、もう手の施しようのない状況でした。あれだけの人々を助けていただけた事に心の底から感謝しております」
そう言って、エノクには何度も頭を下げられた。
帝国民の生死について私が責任を負う必要はなく、魔王種の発生自体が不運でしかなかった。魔導士と呼ばれるだけの超常的な力を身に付けたからって、誰でも助けられる訳じゃない。
それが分かっていても、打ち壊された人々の生活跡を見ると悲しくなった。理不尽に殺された人々の悲嘆を思えば無力感に苛まれる。
「それでもまだ帝国に手を貸してくださると仰るなら、メドゥ沃龍の討伐をお願いします。報復のためでなく、これ以上の悲劇を止めるために……!」
「分かった。必ず果たすよ」
エノクは潜伏本体の特定状況を確認する目的で捜索作戦本部へ来ただけで、公式な場での発言ではない。でも、私はアモントン公爵からの正式な要請として受け取った。
『コーフックス領六番の数値に変動あり! 上昇幅からして、竜頭部の出現だろう』
「十番……、十番と十七番、それから三十一番の変動はどうです?」
『十番と三十一番の振れ幅は軽微。けれど、十七番は大きな上昇を確認』
「では……、では十五番から二十番の設定変更に向かってください。特に二十番は測定深度百以上に設定、お願いします!」
『『『了解!』』』
ある程度の測定結果から、竜頭部への魔力供給経路は網目状に張り巡らされているのではなく、根のように広がっているのだろうとの結論を得た。
今はその前提で潜伏本体の位置を割り出すように測定値を収集している。
デフォルメちっくな仮面〇イダーっぽい人形が大量にちょこまか動き回る異様な光景にも、いい加減慣れた。可愛い外観からおっさんの声が発せられても、今更違和感は抱かない。
ただ、潜伏本体は一か所に留まっているのではなく、ゆっくりではあるけれど移動している様子で、正確な位置の特定難易度を上げている。
それに対抗するには、測定量を増やすしかない。
捜索作戦本部ではデータを取りまとめるマーシャが次々と指示を飛ばし、ぱぺっ君が慌ただしくそれに応える状況となっていた。設定の調整は地理に詳しい帝国軍の兵士が主に行なっているので、伝達役の兵士が操作所へ走っていく。
ぱぺっ君の操作担当者は視界と聴覚を人形へ預ける必要があるので、何かと賑やかな計算所と操作室は分けてあった。
マーシャは元伯爵令嬢でも、今の身分は庶民。一方で魔塔には貴族籍にある者や下級爵位持ちもいる。本来ならマーシャが指示を出せる立場にはないのだけれど、顔が見えないので誰か分からないって建前で無視している。当然、身分を慮っている余裕なんてない。
研究や試用より立場を気にする人間は、改革の過程で放り出している。
最初は人形ごとに装着していた名札も、いつの間にやら担当測定器の番号表記に変わっていた。これを提案したのは魔塔側だって言うから、効率重視の今の環境は嫌いじゃない。
「マーシャ、私もそろそろ配置に付くね」
「ええ! 半日以内……、半日以内に必ず、位置特定の報告を届けて見せます!」
「うん、任せた!」
頼もしい答えを受けて、ぱぺっ君操作用のヘルメットを手にウェルキンへ向かう。
マーシャ達の計算は佳境に入っていた。目標とする特定範囲にまでは絞り込めていないものの、コーフックス領の主都から東の位置を山岳部側へ向けて移動中……とまでは判明している。南には海しかないから、東は帝国、王国合同軍の反抗が激しいから、北の山岳部へ潜もうとしているのだと思う。
そこまでは手伝っていた私も、潜伏本体の位置特定が近づいたなら討伐に備えないといけない。
ちなみに、ぱぺっ君の視界に魔眼は働かなかったのでノーラは計算班と合流し、例によって数字しか口にしなくなったキャシーには強制的に寝てもらっている。オーレリアは、もしかすると竜頭部への攻撃を続ければ本体の移動が鈍るのではないかと、コーフックスの北にあるロトンヌ領で王国軍の有志と一緒に討伐を続けていた。
それぞれが役目を果たしている。
ウェルキンでの移動は、潜伏予想地点への到達じゃない。その地点から十分に離れた場所へ、ぱぺっ君を降下させることだった。
その数五体。
私が一度に操れる限界の数となる。
音声はともかく映像も五種類届き、それぞれ異なる動作の魔力波を五か所へ分散させて送らなければいけない訳で、二体の操作までなら実現して見せたノーラ以外からは人間業じゃないと呆れられた。
五つの映像へ目を向けるのは現実的じゃなかったので、ぱぺっ君からの魔力波は私の脳へ直接届く。それを、“魔力波通信魔法”として処理しないといけない。意識の分散は複数個所への掌握魔法の応用ではあるものの、ちょっと頭がパンクしそうになる。
けれど、これだけの無理をしないといけない理由があった。
どうも潜伏本体は広域への魔力探知器官を備えている様子で、救出活動で私が竜頭部の破壊を続けているうちにウェイルを避けるような動きを見せた。
高位の魔物は、多くの場合で知能も高い。
メドゥ沃龍の強みは広域の掌握と物量による圧倒で、竜頭部個々の戦闘力は高くないと欠点も把握している様子だった。そして、私とは相性が悪いとは理解している。竜頭部がウェイルを避け始めた時点から、潜伏本体が私から距離をとるような動きを見せていた。
メドゥ沃龍の目的は多量の魔力の奪取なので、危険を冒してまで敵性存在と相対する理由がない。本体の位置を悟らせない事もメドゥ沃龍の強みで、距離をとってしまえば追う方法がない。
……本来は。
いくら知能が高いと言っても、魔道具の知識や数学的な知見を持っている訳じゃない。
将来的にそんな魔物が現れる可能性は否定できなくても、メドゥ沃龍は違う。追い詰められているのだと気づけていない。
この優位性を、知られる訳にはいかなかった。
今は緩やかな移動しか見せていないけれど、危機が迫っていると分かれば速度を上げるかもしれない。リアルタイムで再計算ができる訳でもないので、あんまり不規則な挙動を見せられると見失う可能性まである。
更に竜頭部を表出させていない状態で隠れられてしまえば、追跡の手段を本当に失ってしまう。
だから、私は距離を保った状態でぱぺっ君を向かわせる。
私専用とは言え、赤い服とアーリーに似たミニ箒まで持たせているのはどうかと思う。あれ、領主就任以来すっかり着なくなった制服のリサイクルらしい。帽子まで固着させてあった。
間違っても私の趣味じゃないよ?
オーレリアやノーラには何故だか好評だったけど。
大魔導士仕様のぱぺっ君は潜伏予測地点を大きく取り囲むように配置についた。マーシャからの詳細が届き次第、微調整を加える。
私は遠く離れたウェルキンから魔法を放つ。
視界の大幅な外での魔法行使は初になるけれど、ぱぺっ君から届く情報で五体を飛ばせているのだから無理だとは思わない。
私が配置についた時点でオーレリア達にも撤退指示を出して、マーシャからの連絡を待つ。
これで、広大なメドゥ沃龍勢力圏に残る人間は私だけとなった。
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