惑う協議とウェルキンの未関知行動
新しい魔王種について、“メドゥ沃龍”と呼称が決まった。
魔物の脅威度判定は冒険者ギルド本部で行われるので、追認を待つ事になる。
あれの名前が何だったとしても、驚異的な敵性存在である事実は変わらない。それに、正式な命名権も私達にはない。それなのに名付けを急いだのは、今後の対応について話し合いの場を設けるためだった。
王国軍と帝国軍、ミラーブ侯爵の私兵、更に王国貴族である私と、所属が異なる人間が話し合う場でそれぞれの呼称を用いていたのでは混乱を招く。それを避けるためにも、最優先で協議を行なった。流石に、この論争を長引かせようとする者はいない。
ちなみに、地上へ現出している部分を“竜頭部”、本体を“潜伏主部”と呼ぶ。
協議は参加者を絞って開催された。多角的な意見を競わせている暇はない。
帝国側からはエノクとコーナン城砦長、アンマン少尉。そこへ私とカロネイア将軍が加わる。救出作戦を止めている余裕はないので、私と将軍は通信でのリモート参加となる。協議は移動時限定で、それ以外は中断する。
帝国軍の責任者であるモレキュラー将軍は、戦闘指揮を放り出せないと参加を見合わせた。
本来なら個人で兵を派遣したミラーブ侯爵の出席を願わなければならないところ、代理としてアンマン少尉が立つ。竜頭部が氾濫する帝国内を安全に移動する方法は存在しない。迂回しての移動を待つ時間もないので、彼へは事後報告と決まった。
当然、帝国には通信機もない。
伝え聞く人柄と異なり、どうしていきなり人道に目覚めたのか。隠し持っていた武器を供与してまでの派兵には、隠れた意図があるのではないか。王国軍が介入した事で方針を翻すのではないか。
なにかと懸念の多い人物とお腹の探り合いをするつもりはないので、建前だけ用意して実際には参加を求める文書も送っていない。
他の参加者がそうそうたる顔ぶれなので、恐縮したアンマン少尉は置き物のように静かなままだけど。
『では、潜伏主部の特定について、帝国の専門家は受け入れられないと?』
「はい、残念ながら」
立案の時点から状況が大きく変わったせいで、この事態に対応できる人員を王国から連れてきていない。その代わりとなれる人達を帝国で募ろうって提案は、とても自然な申し出だった。
この危機を脱する事だけを考えた提案なのだとは分かる。この機会に技術を盗もうって悪意も、恩を売るような下心も、エノクにはないだろうと信じられた。
けれど、私はその意見を一蹴する他ない。
「計算には、新しい付与基板を用いた場合の魔力抵抗の変動や、虚属性に関する基礎知識を必要とします。その前提が共有されていない以上、どれだけ人員を集めてもらってもマーシャの助けにはならないのです」
『ぐ……、それは』
不足点を突くと、エノクは悔しそうに黙った。敗戦国として、供与技術の制限はどうにもならない。
『では、王国側から協力者を派遣してもらえるのだろうか?』
「それも難しいでしょうな。竜頭部と相対する軍人ほどでなくとも、現在の帝国東部は危険な状況にあります。それを承知でここへ来られる技術者は多くないでしょう」
続けて城砦長が抱いた期待も、カロネイア将軍が両断した。
都市部に住んでいるなら、スライムのような下等種を除けば一度も魔物の姿を見ないままその生涯を終える人も珍しくない。一般人にとって、魔物は恐怖を連想させるものでしかない。
魔王種ともなれば尚更で、ほとんどの人にとって伝説上の存在でしかない。そんな怪物が猛威を振るう場所へ、恐怖を乗り越えて来られる人間がそういるとは思えなかった。
かと言って、国から出向を命じてもらうのも難しい。
あれだけ高度な計算を手伝えるとなると、規模の大きい研究機関に所属する人間か、余程優秀な人材に限られる。けれど、そういった人物は重大な機密や専任業務を抱えている場合が多い。
情報漏洩や死亡のリスクを考えれば、上長や貴族が出し惜しむのは自然だと思う。
国内で起きた事件なら強制できても、国外への派遣となると反発が大きくなる。王国民にとって今回の事態は対岸の火事と言っていいのだから、ディーデリック陛下の一存では強行も難しい。
実際、墳炎龍に関して王国は何の支援も行っていない。
これで技術者の派遣を押し通そうと思えば、議会に承認させるしかない。けれど、その根回しだけで一月はかかる。
今のところ勢力範囲の拡大を抑えられているからと言っても、これがいつまでも続けられる訳じゃない。
今の状態も装備が整っていればの話。
広範囲に散った兵士の体力も弾薬も、いつかは尽きる。
そして、王国から許可が下りたからとすぐさま兵器の量産を再開させられる訳でもない。ほとんどの工場は動力を落としてあるし、材料の備蓄も止めている。中には、別の魔道具の製造に切り替えた工場だってあるに決まっている。
結局、軍備の供給は大部分を王国に頼るしかない。
けれど王国も、魔物の大量発生が起きたばかりでまだ経過観察中にある。まさかの事態に国を危機に陥れるほどのリスクを負う義理もない。帝国へ送れる武器弾薬には限りもあった。
成り行きで関わっている私達も、状況によっては撤退を命じられる可能性だってゼロじゃない。
今はコーナン城砦周辺に帝国軍が部隊を展開しているためか、戦場が西側へ集中していた。もしも竜頭部が東へ活動範囲を広げる気配を見せたなら、王国への侵入を防ぐために防衛線を構築する必要が生まれる。そうなれば当然、軍の司令官と最高戦力は引き上げるに決まっている。
あくまでも情報を収集する必要があるから、現場判断が許されているに過ぎない。
人命は尊いに決まっているけれど、私達にとって帝国臣民の命は王国兵士のそれより軽い。
依然、制限時間に追われた状況は変わっていなかった。
だからと言って、私もエノク達を簡単に見捨てようとは思っていない。仕方がないのだと自分に言い聞かせて、後味の悪い真似はしたくない。
カロネイア将軍にしても、救いの手が差し伸べられた事に涙を流した避難民達を切り捨てられるほど冷酷にはなれない様子だった。ギリギリまで最善を探し続ける。
「現在、南ノースマークで候補者を選別しています。彼等へなら、私の裁量で命令が下せますから」
二十年前に両親を殺した帝国のために協力はできない。
魔王種なんて存在が近くにいると思うだけで恐ろしすぎて、頭が働きません。
……そんな風に言われてしまえば、私も強要する言葉を持たない。私の最善手でも、集められる人員に限りはあった。
「今、我が軍の開発部の連中に招集をかけている。多少は助けになれる筈だ」
「呪詛ダンジョン化事件で活躍してくれた彼等なら、魔王種に怯む事無く力になってくれると思います。私も、実家の侯爵家に協力を要請してみますね」
『ありがとうございます。両伯爵のご尽力に感謝いたします』
正直、不甲斐ない自覚はある。住む場所を奪われ、家族や友人を亡くし、悲惨な立場に置かれた帝国民が大勢いる状況で、人類の敵に対して一丸となれない有様は情けなくも思う。
エノクからすれば、支援に積極的でない王国に対して憤る気持ちもある筈だった。様々な権利を剥奪しておいて、技術者一人差し出さない王国貴族に不信や不満もあるに違いない。
けれど、彼はそれを態度に出さなかった。
感謝という形で、不服は全て胸の内にしまい込む。
戦争という選択肢を捨てられなかった皇族陣が悪い。私って異常戦力がいる状況で、勝算を読み違えたかつての首脳陣が悪い。貴族の意識を変えられなかった前政権が悪い。墳炎龍の脅威から目を逸らし、王国打倒に活路を見出したほとんどの帝国民が悪い。
エノクに直接の関与はなくとも、それらの責任を背負う立場となった。
未だ意識改革が進んでいない帝国と王国を結ぶために、エノクは学院への滞在を続けている。王国からの要望を帝国で実現するための、帝国側の不満に対して緩衝材になるための教育を、日々受けている。将来的には各領地を自治体として代表による合議体制を目指しているから、調整役としての責務も負っている。
その彼が、王国を非難してしまえば今の協力体制すら崩れてしまう。
帝国の管理体制自体も見直しとなりかねない。
こうして協議の場を取り持っていても、発言のいくつかを制限された状態のエノクが何を望むものかと次の反応を待っていると、外部からの報告に戸惑う様子が伝わってきた。
マイクの精度が高くないので、どんな報告があったのかは分からない。伝達に来たのは軍人さんだろうから、上官の会議を邪魔する真似もしない。けれどエノクには映像付きで話せる高性能通信機を渡してあるので、彼の困った様子は見て取れた。
『……申し訳ありません、ノースマーク伯爵。こちらに来てもらう事は可能でしょうか?』
「は⁉ この状況で、ですか?」
『はい、伯爵が国民救出の中核戦力である事は理解しています。ですが、どうにも我々では判断できないのです』
「……一体、何があったのです? それほど緊急の要件なのですか?」
『そう……ですね。状況を好転できるかもしれないと考えれば、急ぐべき事態だと思います。ただ、自分には正確な判断が下せません。今後の指示を間違えないためにも、こちらへ来て意見をいただきたいと思います』
どうにも要領を得ない。
私はカロネイア将軍と顔を見合わせて、どうしたものかと意見を伺う。
「伯爵抜きには安全確保に問題が出るのは確かだ。しかし、降下部隊を増やして竜頭部撃退を優先すれば、作戦継続が不可能とまでは言えないな」
「でも、当然効率は落ちますよね?」
『それは……仕方がありません。ですが、上手くいくなら今の人員不足を解決できるかもしれないそうです。根本の原因を断てる可能性があるなら、臣民救出より優先する価値はあるかと……』
「? そんな事を誰が?」
『その、フラン……? さんが』
「は?」
『つい先ほど、ウェルキンで到着されました……』
「はぁ⁉」
訳が分からない。
軍の作戦行動に部外者は同行させられないので、彼女は領地に置いてきている。ここまでの移動も軍用車両のウェイルだった。
「そんな話が、あったのか?」
「いいえ、私も初耳です」
再び将軍と顔を見合わせるけれど、残念ながらどちらも答えを持ち合わせていない。
「フランは軍用回線に通信できる権限を持っていませんから、連絡の手段がなかったとは考えられますね」
「オーレリアにエッケンシュタイン子爵にウォルフ子爵、侍女殿の伝手が皆帝国入りしていたのだとすれば、直接来ても不思議はない……のか? ウェイル他軍用車両は定在していないから、何らかの解決手段を持って城砦へ向かった点は頷ける。だが、非常時だからと無断で国境を超えるのはどうだ?」
「そこは、飛行列車なら可能ですね。ウォズが商売のために通過する事もありますから、攻撃と着陸を禁じる条件で空は国土ではないと曖昧にしてあります」
許可制にすれば解決する問題ではあるけれど、通信手段が未発達なので伝達の手間を省いてある。空を行くのに書面を事前に陸路で運ばなければいけないとか矛盾しているのにもほどがある。
「つまり、侍女殿は法整備の隙を突いてここまで来たと?」
「着陸の許可を得る場合は事前連絡が原則ですから、そうなりますね」
飛行列車が上空を通過したからと止める手段はないので、降下前に現地へ書面を降ろせば着陸前の許可を取ったと言えなくもない。今が非常時でなければ間違いなく国際問題になりかねない逸脱だけども。
このあたり、通信機の前にFAXを実用化させれば手続きを簡略化できるかもしれないね。魔道具の原理なら、魔力波通信機を簡略化させるだけだから難しくない。
「エノクは混乱している様子でそのあたりに気付いている様子はないですけれど、後で問題にしないためにも私が行って調整する必要がありそうですね」
「うむ、よろしく頼む。アモントン公爵が言うように、事態を好転させる何かがあるなら期待したい」
それと、エノクがフランを疑問形で呼んだのも気にかかる。
カロネイア将軍が侍女殿と呼ぶように、フランは私の知人ほとんどと面識がある。今更本人確認に疑いが生じる余地はない筈だった。
「では、急いで状況確認へ行くためにも、オーレリアを呼びましょう」
「うん?」
「ウェルキンがこちらへ来ているなら、移動は鏡面転移が早いです」
「できるのか⁉」
「勿論可能ですよ。魔道具で起こせる現象は、魔法でも再現可能ですから」
このあたり、魔道具に詳しくないと驚かれてしまうのは仕方がない。順番としては逆で、鏡面転移の魔法が可能になったから、それを解析して魔道具が開発できた。聖女クリスティナ様の固有魔法と違って理論立てて構築してあるから、奇跡に見えて汎用性のある魔法となる。
私みたいに、属性関係なく使いこなす術師が他にいないってだけで。
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